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「うっわーーーーー!!俺達だけなんだ!!」
「凄いね~、電車の貸切に乗るなんて初めてだよ」
「俺も。なんか凄い贅沢な感じ」
「本当にそうだよね」
「俺までいいのかな」
「こんなに目立つ奴等引き連れてたら目立って仕方ないじゃん。遠慮なく楽しませてもらえばいいんだよ」
(なんだか、キャラクター通り)
年少者達の反応を笑いながら見つめた綾辻は、最後に言った楓の言葉をしみじみ考えた。
とにかく、この一行は目立つ。
いや、初めからそうは思っていたが、何時ものメンバーに加えて江坂と、なぜかイタリアマフィアの首領、アレッシオまで同行するこの
一行は、いくら電車を貸切にしたとしてもそこまで行く構内でかなり目を引いた。
早朝だからまだ良かったかもしれないが、これが通勤時間帯や日中だったら間違いなく通報されかねない状態だった。
(全く、いくら日本通だといっても、育ちはイタリアのお坊ちゃまなのよね~)
あらかじめ手配していたからということもあるが、海藤や上杉、そして伊崎も江坂も、同行する部下は最小限(2、3人)に抑え
ていたが、アレッシオの連れて来た威圧感のあるボディーガードは何と10人もいるのだ。
確かにアレッシオは地位のある立場だが、日本でこの外国人の集団は目立って仕方が無い。
今はボディーガード達も含めた同行者は前後の車両に分かれて乗っているので姿は見えず、この車両の中はごく普通の旅の
風景が・・・・・。
(ごく・・・・・普通?)
でも、無いかもしれない。
行き先は元開成会会長で海藤の伯父でもある菱沼が顔が利く軽井沢のとあるキャンプ地を2日間借り切ったらしい。
山も川も近くにあり、今夜結構大きな夏祭りが近くで行われるという、なんとも素晴らしい条件の場所だった。
(よくもこの短期間でそんなところを見付けたものだな・・・・・)
とても自分には出来ないことだと溜め息を漏らしそうになる倉橋だが、そう落ち込んでもいられなかった。
早めの集合の為に多分腹を空かしているであろう一向に駅弁の配布をしなければならない。
「皆さん、何種類か駅弁を用意していますが・・・・・」
「俺、肉!!」
一番最初に太朗が手を上げた。
倉橋は思わず笑って頷く。
「ええ、苑江君はきっとそう言うだろうと思ってましたよ」
車両はグリーン車ではなくごく一般的な車両で、2人掛けの椅子を反転させて4人が向かい合えるようにしていた。
席は、年少者達は真琴と、太朗、楓、暁生が四人掛けに、通路を挟んで隣に静と友春が向かい合って座っている。
年長者達は隣合わせ・・・・・ということもなく、2人掛けの椅子に1人が悠々と座っていた。誰もが平均以上の身長なので(おま
けに足も長いので)4人が一緒に座るのは物理的に無理だった。
「では、苑江君には、仙台の牛たん弁当でいいですか?」
「牛たんっ?すっごい!初めて食べる!」
素直な太朗の反応に自分も嬉しくなった倉橋は、今度は真琴を振り返る。
「真琴さんは峠の釜飯を食べてみたいとおっしゃったので」
「え・・・・・わざわざ?ありがとうございますっ」
「楓君は甲州のカツサンドでよろしいんですね?」
「これ、結構好きなんだよな」
「小早川君は蟹がお好きだと聞きましたので、越前の蟹飯を」
「わ・・・・・美味しそうっ」
「高塚君はパンがよろしいかと思いまして、大船軒のサンドウイッチをどうぞ」
「すみません」
「日野君は新津駅の雪だるま弁当です。黒色は貴重らしいんですよ」
「お、俺にまで、すみません!」
皆、倉橋の心遣いに感謝し、早速蓋を開いては歓声をあげている。
ここだけ見ればまさに旅・・・・・という感じだが、倉橋は素直に賞賛を受けるのが心苦しくて仕方が無かった。それは、これらの駅
弁を手配したのは自分ではなく小田切だからだ。
今朝駅に着いてから、倉橋は小田切に説明を受けただけで、これらを集める為に動いたわけではない。
それに・・・・・。
(想像するだけで・・・・・怖いな)
東京近辺だけではないこれだけの駅弁を、こんな時間になぜ揃えることが出来たのか。口では聞かなかったが、その表情が不
思議そうな顔になっていたのだろう、小田切はにっこりと笑って言った。
「放し飼いの犬が結構いるんですよ。皆、主人に喜んでもらおうと一生懸命尾を振ってる・・・・・可愛いと思いませんか?」
その言葉に、倉橋は何と言っていいのか分からなかった。
ヤクザ家業に身を置いているとはいえ、倉橋の性格は基本真面目なのだ。
(あの人の相手は綾辻さんに任せよう・・・・・)
出来るだけ側に行かないようにと決意をするものの、それは到底無理な話だった。
(楽しそうだな)
キャンプの話をした時、暁生はどうして自分なんかがとかなり途惑っていた。
「お、俺、行かなきゃ駄目?」
一度宴席を共にしたとはいえ、醜態を晒してしまったとかなり後悔していた暁生は、再びあのメンバーと顔を合わせることを出来
れば避けたいと思っていたくらいだ。
ただ、楢崎としては、暁生が同じ歳位の相手と遊ぶのはむしろいいことだと思っていたし、それが太朗ならばこちらがお願いしま
すと言うほどに良い相手だ。
暁生も、何度か会ったことがある太朗が一緒だからとなんとか納得して付いて来たが、他のメンバーも穏やかな気質の青年が
多いので(楓は別格だが)思ったよりもリラックス出来ているようだ。
(まあ、彼らとかかわらなければ普通の友人との旅行のようなものだしな)
楢崎はそう思いながら視線を移した。
それぞれがヤクザの組の中でトップやそのクラスの人間達で、その上普通ならば滅多に会うことも出来ない母体組織の大東組の
理事とイタリアマフィアの首領もいる。
彼らがこんな普通の座席に大人しく座っていることさえ恐れ多いことなのだが、それぞれの眼差しは驚くほど穏やかなのも珍しい。
キャンプだからか、自分を含め、海藤、上杉、伊崎、綾辻はジーパン姿で、江坂と倉橋、小田切は綿のパンツにシャツ姿だ。
そして、なぜだかここにいるアレッシオも、スーツではなくジーパンにシャツ、そしてサングラスを掛けている。
皆それぞれに個性がある美形でスタイルもいいので、一瞬モデルの控え室に迷い込んだ気分だった。
(とにかく、明日無事に帰ることが第一だな)
予定は全く聞かされていないだけに不安だが、これでも上杉と小田切の下にいるのだ、多少の度胸はついている。
それに、今目の前で楽しそうに笑っている暁生を見るのはやはり嬉しいので、楢崎はこの先の旅がいいものであるように努力しよう
と思った。
「どうぞ」
小田切はアレッシオの目の前にチーズとワインを差し出した。
もちろんどちらも最高級のもので、こんな普通の電車の中で口にするのももったいないと思えるようなものだ。
「・・・・・No」
「お口に合われると思いますが」
「トモが嫌がる」
日も高いうちから酒を口にすると友春が嫌がると言っているのだと分かった小田切は無理強いすることは無かった。
アレッシオが来ると聞いてわざわざ手配した高級・・・・・と考えればキリが無いのだが、実際に動いたのが小田切本人ではない。
食べないのならばそれはそれで仕方が無いかと、あっさりとそれを下げてコーヒーを準備した。
「こちらでよろしいですか」
「・・・・・」
差し出したものは紙コップではなくお洒落なマグカップだ。
アレッシオはようやく視線を上げて小田切を見つめた。
「お前はエサカとは違うファミリーだったな」
「はい」
「・・・・・日本のマフィアは使える人間が多い」
「ありがとうございます」
アレッシオはかなり江坂を買っているようだが、どうやらその中に自分も入れてくれたようだ。
ただ、小田切は自分のこの動きを当たり前だと思っている。出来る人間が動くのは当然で、だからこそ小田切は馬鹿な人間が嫌
いだった。
今回も、小田切の魅力に傾倒している何人かが電話一本で素早く動いた。
滅多に餌を与えなくても、飼い主の望むように動く・・・・・自分が選んだ犬に間違いはないと小田切は思っていた。
「・・・・・」
「・・・・・」
アレッシオの視線は、ずっと友春に向けられていた。
それは上杉が太朗を見つめるのと同じような意味だろうが、アレッシオの視線はそれよりもはるかに熱い気がする。
多分・・・・・これは小田切の見解だが、アレッシオと友春はまだ出来上がった恋人というわけではないのだろう。だから、一時でも
視線が離れてしまうのが不安なのだ。
(天下のイタリアマフィアの首領が・・・・・な)
「可愛らしい浴衣をご用意しています。浴衣、分かりますか?」
「ああ、夏の着物だな。トモのか?」
「彼とあなたのイメージで。急遽でしたので、多少サイズが心許ないのですが、多分大丈夫だと思いますよ」
「ユカタ・・・・・」
アレッシオが少し考えるように呟く。
きっと浴衣を着た友春の姿を想像しているのだろう。
(そういえば・・・・・あれも見たいって言ってたか)
浴衣の手配をした時、後ろで纏わり付いていた犬が、
「俺も、裕さんの浴衣姿見たいな」
などと、生意気なことを言っていた。
基本的に自分は何でも似合うのだが、和装は動きにくいのであまりした覚えが無い。
(帰ったら見せてやるか)
今回役に立った犬達にも何かを考えてやろうか・・・・・そう思うのは、自分も浮かれているせいなのだろうか。
今マンションで大人しく留守番をしている犬への褒美を考えながら、小田切は口元に笑みを浮かべた。
「は~い、お食事ですよ」
綾辻は年長者に弁当を配って回る。
年少者とは違ってバラエティーに富んでいるわけではないが、一つ五千円はする高級な幕の内弁当だ。
「お前、好きだなあ、こういうの」
海藤の斜め前に座っていた上杉が笑いながら言った。
ジーパン姿だからか、何時も以上に若く見える上杉は、こちらも休日仕様の海藤に視線を戻す。
「お前の部下は腰が軽くていい」
「上杉さんのところも、でしょう?」
「俺んとこはなあ、タダじゃ動かないんだ」
「小田切が?」
「必ず条件をつけてきやがる。ま、言った以上のことをちゃんとするから文句も言えないがな」
口では文句にも似たことを言いながらも、上杉が小田切をちゃんと認めているのは言葉の端々で分かった。
確かにあの小田切はなかなか御するのは難しい人物だろうが、その小田切が仕えている上杉は更にその上にいるのではないだろ
うか。
(ホント、よく分からない人だものね、小田切さんて)
弁当も、そして浴衣も、この短期間できちんと手配を整えていた(静の分は江坂が自分で用意したらしいが)。
その人脈は自分のそれを遥かに凌ぐような気がする。いや、人数的には綾辻も負けてはいないかもしれないが、多分小田切の
持っているカードはかなり地位も名誉も、そして・・・・・財力もあるような気がした。
「で、あっちに着いたらどうするんだ?」
少しぼんやりとしていた綾辻は、上杉の言葉に直ぐに我に返った。
「駅には車を用意してます。そこから現地までは車で。あ、途中買出しに行きますけど」
「買出し?」
「ええ、やっぱりバーベキューの用意はそこからしないとつまらないでしょう?飲み物とかお菓子なんかもマコちゃん達が選ぶだろう
し」
「ああ、そうだな。食欲魔人のタロには重要なことだ」
くっと笑みを漏らすと、上杉は視線を前方に向けた。
そこには、色とりどりの皆の弁当からおすそ分けをしてもらった太朗がパクパクと旺盛な食欲を見せている。
楽しそうなその顔は、本当に小学生の遠足のようだ。
「やっぱ、可愛いな」
「太朗君?」
「あいつ以外のいるか?」
「・・・・・真琴も、ですよ」
「お、海藤が惚気るなんて滅多に無いぞ?これも旅の効果か?」
普段は夜の料亭や酒の場、それか、組関係の会合でしかなかなか会わない面子だ。それが、こうして明るい日差しの中で健
康的にキャンプをしようとしているのだ。
綾辻は自分達の発想からしたことだが、なんだか妙に可笑しくなってしまった。
「お祭りも、屋台いっぱい出るそうですよ」
「そりゃ、放し飼いにするとあぶねーな」
「お腹壊さないようにちゃんと見張ってないといけませんね」
「腹が狸になるのもかわいーけどな」
どう転んでも愛しいとしか思えないらしい上杉に、綾辻はこれ以上あてられないようにと退散することにした。
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余暇、第三話です。
お弁当はそれぞれのイメージで考えました。
次は買出しですね。スーパーに行くヤクザ・・・・・(笑)。