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約3時間の電車の旅。
年少者は腹も膨れて、色々な話で盛り上がり、かなり満足した時間を過ごしたらしかった。
「俺、寝台車に乗ったことないんだよな〜。今度乗りたいって思わない?」
電車から降りる時、太朗がワクワクしながら上杉の腕を掴んで言っていた。
「・・・・・」
(太朗君・・・・・そんなことしたら喜ぶだけですよ・・・・・)
案の定、小田切が思った通り、上杉はにやっと口元を緩めて太朗の耳元に囁いた。
「寝台車でのセックスも面白そうだな」
「!バ、バカ!!」
「・・・・・」
(聞こえてますって)
直ぐ後ろを歩いていた小田切は当然のこと、ホームに立って太朗が降りてくるのを待っていた真琴の耳にも上杉の言葉は聞こえ
たらしく、可哀想なほど真っ赤になって俯いている。
普段の太朗からは上杉とセックスしているという生々しい想像が出来ないだけに、返って恥ずかしくなってしまったのだろう。
(可哀想に・・・・・)
真琴を気の毒に思いながら、小田切は少しだけ嫌な予感がする。そう間をおくこと無く、寝台車の切符の手配を頼まれそうな気
がした。
(セックスしたいなら、探せば都内でも電車仕様のホテルがあるんじゃないか・・・・・?)
実際にそう言われたらそれで誤魔化そうかと、小田切は真剣に考えていた。
駅の外に待っていたのは・・・・・。
「バ、バスかよ?」
楓の言葉に、綾辻はにっこり笑った。
「車も考えたんだけど、こっちのほうが皆顔が見れていいと思って。豪華サロンバス、カラオケもテレビも冷蔵庫も、おまけにトイレ
も完備してま〜す!」
一堂の驚いた気配に綾辻は会心の笑みを浮かべた。
本当はジープやランドクルーザーなどの4駆の車を考えたのだが、そうするとどうしても助手席に座るカップルが離れてしまうことにな
る。
どのカップルもラブラブなので、出来れば片時でも離れていたくないだろうし、世話をする側としても1台に皆集まってくれれば楽な
のだ。
バスの前後には、4台の普通車がつく。総勢20人ほどにもなるガード達はそれに分乗してついてくることになるのだが。
(どうやら手配は間に合ったみたいね)
アレッシオの10人のガードの為に、急遽外車を手配した。少し仰々しい感じもするが、これでも最小限なのだ、仕方ない。
「はいはい、皆さん席について」
電車の中では離れて座っていた恋人達は、バスではちゃんと隣同士で座った。
年少者はそれでも電車やこのバスの話で盛り上がって話していたが、年長者はそんな自分の恋人を愛おしそうな目で見つめて
いる。
(あ〜あ、羨ましい)
綾辻はチラッと倉橋を振り返る。
お茶を配っている倉橋の頭の中には、今は綾辻のことなど欠片も無いに違いない。
(私達のラブラブは・・・・・いつ頃なのかしら)
はあ〜と、綾辻は深い溜め息をついた。
「どうぞ」
「Thank you」
差し出したカップを受け取ったアレッシオに、倉橋は内心ホッとした。
イタリアマフィア、カッサーノ家の首領である彼と言葉を交わすなど、本当ならばとても信じられないような話だった。
それが、仕事面ではなくプライベートの宴会で偶然彼が・・・・・と、いうより、彼の恋人である友春が先ず仲間の輪に入り、そこに
強引に割り込んできたのがアレッシオ・・・・・倉橋の印象ではそんなものだ。
(若くして首領になったぐらい、冷酷無比な男と聞いていたが・・・・・)
少なくとも倉橋の目に映るアレッシオは、多少・・・・・多々傲慢で尊大だが、友春に対してはこちらの頬が緩みかけてしまうくらい
尽くしていた。
男同士とはいえ、アレッシオの友春に対する思いはかなり深いのだろう。
「トモ」
アレッシオがもう一つジュースが入ったカップが欲しいと言うので渡すと、それを自分の手で友春に渡している。
「あ、ありがとう」
「楽しそうだ」
「え?ぼ、僕?」
「トモの嬉しそうな顔が見れて良かった。前に会った時以上に可愛らしい」
「ケ、ケイ」
「愛してる、可愛いトモ」
「・・・・・っ」
さすがにイタリア人というべきか、アレッシオの言葉は日本人の倉橋には赤面しそうなものだったが、言った当人は平然として熱い
視線で友春の横顔を見つめている。
どうやら大人しい性格の友春はいたたまれない様に俯いてしまい、倉橋は気の毒に思ってそのままその場から離れた。
しばらく走ったバスは、とあるスーパーに着いた。
「ツルヤ?」
見上げた真琴が呟くと、そうよと綾辻が頷いた。
「地元の食材もあって、結構品揃えも豊富なのよ。社長、食材の吟味お願いしま〜す」
「あ、スイカ!俺、スイカリクエスト!」
カゴを持ち上げた太朗が、直ぐに果物売り場に走っていった。
「タロ!お前持てるのか?」
「へーキ!」
「1個じゃ足りね〜ぞ?景気良く10個くらい買え」
「そ、それって贅沢過ぎ!」
あくまでも一般高校生の金銭感覚の太朗にとっては、上杉の大まかな意見はとても聞き入れられないらしい。
綾辻としても、10個も誰が食べるんだと内心突っ込んでしまうぐらいだ。しかし・・・・・。
「贅沢でもなんでもないって。せいぜい1個5千円くらいだろ」
「でも!10個も食べたら5万円じゃん!」
「・・・・・」
(太朗君・・・・・食べる気なんだ)
あくまでも太朗にとっては金額が問題で数ではないのだと思い知り、綾辻は今から腹が痛くなるような気がした。
「あ、リンゴジュースとかジャムとかもあるんだ」
「買って行きましょうか?」
別の場所では、果物好きな静が信州りんごのジュースのビンを見ていた。確かにここでは名物なのだ。
それに視線を向けた江坂は、側のカートに無造作にジュースやジャムのビンを入れていく。こちらも全く金額のことを考えていないよ
うで、実家がそれなりに裕福だった静の方が申し訳なさそうにビンを棚に戻し始めた。
「い、いいですよ、こんなに買わなくっても」
「全種類あった方が味比べが出来るんじゃないですか?」
「そ、それはそうだけど・・・・・」
「朝、美味しそうにパンを食べる静さんを見たいんです。これくらいで遠慮しないで」
確かに、ジュースの10本や100本、江坂にとってはなんでもないものだろう。
(しかし、あんなにジャム買って・・・・・食べれるのかしら)
人事ではあるが、ここのジャムの品揃えは半端ではないのだ。少しは選んだ方がいいのではとも思ったが、無表情に全種類を入
れていく江坂を綾辻は止めることは出来なかった。
「ああ、チーズも揃ってるな」
乳製品の棚の前にはアレッシオと友春がいた。
サングラスにジーパン姿のアレッシオはとてもマフィアの首領には見えず、腰が高く顔が小さいその素晴らしいスタイルはスーパーモデ
ルといってもいいくらいだった。
黙って立っていても目立つアレッシオの側にいる友春は大人し過ぎるほど大人しいが、不思議と2人のいる空間は空気がぶつ
かってはおらず、しっくりとくる。
「トモは何を食べる?」
「僕は、匂いがきついのはあまり・・・・・」
小さな声で話す友春の言葉を、アレッシオは一言も聞き逃さないように身を屈めるようにして聞いている。
「そうか?匂いが芳醇なほど熟成されていい味なんだが・・・・・トモはまだ子供だな。青くて若くて・・・・・でも、チーズなんか比べ
物にならないほどいい味だが」
「・・・・・」
(芳醇とか熟成とか・・・・・どこで覚えてんのかしら)
視線を精肉売り場に移せば・・・・・。
「え〜、これがここで一番高い肉?」
不満そうに黒毛和牛肉のパックを持ち上げているのは楓だ。
「こんなちょっとで何千円も取るなんて・・・・・どうせタロとかはオージービーフと味の違いなんて分かんないって」
「楓さん、他の方もいるんですから」
「・・・・・そっか。あいつら金持ちだもんな、これくらい何でもないか」
あまり裕福とはいえない(貧乏でもないだろうが)自分達の台所事情を考えていたらしい楓だが、ここには金額など糸目をつけない
スポンサーがワンサといることを思い出したらしい。
急ににやっと笑うと、目の前で楓の美貌に見惚れている店員に更ににっこり笑って見せた。
「あの、その塊全部」
「・・・・・へ?」
「他に、お勧めの豚と鳥も見せてくれますか?」
「こ、この塊、全部ですか?」
100グラム、ン千円の肉の塊・・・・・少なくとも10キロはあるように見える。
さすがに止めようとした伊崎を抑え、楓は更に天使の笑顔を浮かべた。
「お兄さん、マケなくていいから♪」
美味しい肉は自分も食べたい綾辻は、伊崎の困ったような顔を見ても苦笑を浮かべることしかしなかった。
野菜売り場にいるのは楢崎と暁生だ。
新鮮な野菜に一々歓声を上げている暁生を、強面の顔に笑みを浮かべながら見ている楢崎はまるで父親のようだが・・・・・。
(あれで恋人同士なんてね〜)
小田切からも聞いたが、今だに信じかねるところもある。
(どう見たって、子犬を足元に纏わりつかせている土佐犬って感じ)
「あっ」
楢崎がカゴにナスを入れたのを見て、暁生が思わずといったように叫んだ。その表情から見ると、どうやら暁生はナスが苦手のよ
うだ。
「ナ、ナラさん〜」
「外で食ったら結構美味いぞ」
叱られた子犬のように情けない顔をする暁生に、楢崎はその髪をクシャッと撫でながら言う。
「・・・・・本当に?」
「ああ、頑張って食え」
「・・・・・が、頑張る」
暁生にとって、楢崎の言葉は絶対らしい。
それでも嫌々だというのは丸分かりなので、綾辻は絶対に食べさせようと決意した。
そして・・・・・。
「魚も新鮮ですね〜」
海藤と真琴は鮮魚の前で話していた。
カートを引く海藤の腕にごく自然に真琴が手を置いている。
(ああいうとこはもう夫婦みたいなもんよね〜)
「綾辻が川があると言ってたな。・・・・・どうせなら川で釣るか?」
「えっ、俺、魚釣りなんて久しぶり!」
途端に弾んだ声で言う真琴を、海藤は穏やかに見つめる。
最初にキャンプの話をした時にはやれやれといった感じであったのに、いざとなれば真琴を楽しませようと最大限動く海藤を見てい
ると、本当に真琴のことが大切なんだなと感じる。
「あ、でも、竿とかあるのかな」
「抜かりは無いだろ」
そう言った海藤がこちらに視線を向けてきたので、綾辻はしっかりと頷いて見せた。
「大丈夫みたいだぞ」
「じゃあ、一緒に釣りましょうねっ?」
「ああ」
「・・・・・」
(いいわ〜・・・・・私も早く克己と・・・・・)
一時間弱の買い物を、一同は結構満喫したようだ。
ただ、この中でどれだけの人間が、自分達以外の客が1人もいなかったことを疑問に思った者がいるだろうか。
(まあ、彼らにしては当たり前のことだろうからな)
この辺りではかなり顔が利く菱沼の力を借りて、午前中いっぱいを借り切っていたのだ。
「なあ、ここってすっごく美味しそうなの揃ってたのにさ、客が全然いないなんて、もしかして不味いとこだったりして?」
「・・・・・」
さっそく上杉に買ってもらったソフトクリームで口元を汚しながら太朗が言う。
それに、そういえばと他の年少者達もバスの中から店を振り返っている。
「たまたま、ですよ」
それらの疑問に小田切はその一言で全てを収め、最強の笑顔で笑ってみせた。
ちなみに店での支払いは小田切が全て済ましたが、食材、飲料、その他諸々を含めた桁違いのその金額が誰からの出資か
は・・・・・取り合えす小田切しか分からないことだった。
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余暇、第四話です。
買出しです。一応全カップルの様子をちょっと見・・・・・。
ちなみに、文中に出る店や場所他は、現実と想像をごちゃ混ぜにしてます。ちょっと違う・・・・・とかは無しでお願いしますね。