大型車が駐車出来る広い駐車場にバスを置き、そこからさらに歩いて20分。
一行はようやく本日の目的地であるキャンプ場に着いた。
 「すっげーーー!!」
分かりやすい太朗の反応に、綾辻も顔を綻ばせた。
 「気に入った?太朗君」
 「うんっ、あ、はい!こんな、いかにもキャンプ!って感じのとこ、俺初めてです!」
 「喜んでもらって良かったわ〜、私も探した甲斐があった」
実際にこの場所を探してくれたのはやはり菱沼だったが、綾辻は一応それを自分の手柄とすることに決めた。こんな風に100%
の賞賛を浴びるのはやはり気持ちがいい。
 「凄いっ、コテージもあるんだ」
 真琴が周りを見ながら驚いたように呟いている。
多分、キャンプと聞いて、テントを張って・・・・・などと考えていたのだろうが、ここは小さめの小奇麗なコテージが点在していて、その
中にはベッド、冷蔵庫、シャワー、トイレが完備されている。
昨今のアウトドアブームに乗って、若い女性をターゲットにした造りにしているようだった。
少し離れたところには小さいながら綺麗な川が流れており、まさに初心者のキャンプには最適といってもいいだろう。
 「ええ、好きな場所を選んでいいわよ。もちろん、テントがいい人はテントも準備してるけど」
 「俺テント!」
 「え〜、俺はちゃんとベッドで寝たい」
 張り切る太朗を横目で見ながら、楓は当然というようにコテージに視線を向けている。
 「俺はどうしようかなあ・・・・・せっかく来たんだし、テントもいいけど・・・・・」
 「虫がいたら怖い、かな」
真琴の言葉に友春が続くと、静は首を傾げた。
 「俺は全然平気。ミミズも掴めるし」
 「え・・・・・」
 「兄さ・・・・・兄と、よく釣りに行ってたから。餌を付けないと駄目だし、そういうところ兄は甘えさせてくれなかったから自分でしてた
んだ」
 「・・・・・小早川君って、意外とアウトドア派?」
 「嫌いじゃないよ」
笑いながら言う静の顔は、やはり人形のように整っている。
しかし、その内面は結構アクティブなようだ。
 「・・・・・」
綾辻はチラッと視線をその後ろに移す。
静の後ろに立っていた江坂が珍しく渋い顔をしているのを見て思わずもれそうになる笑みを何とか噛み殺すと、綾辻は一同に視
線を向けて言った。
 「先ずはお昼ご飯にしましょう!」



 多分、昼間は料理を作る時間もないだろうと、小田切はあらかじめ簡単な昼食を手配していた。
タイミングよく運ばれてきたそれらは、握り飯というごくシンプルなものだ。
 「・・・・・」
両手にそれを持ったものの、おかずはないのだろうかとキョロキョロ視線を彷徨わせる太朗に、小田切はくすくす笑いながら言った。
 「昼食はそれだけですよ」
 「・・・・・」
 「今夜はお祭りがあるっていいましたよね?その為にも夕飯は早めにするつもりですから、昼食は軽い方がいいと思いまして」
 「あ、そっか」
 太朗は直ぐに今夜の予定を思い出したらしい。
バーベキューも楽しみだが、それ以上に夏祭りは楽しみだったようで、途端に笑みを浮かべるとパクパクと握り飯を食べ始めた。
 「あ!中、明太子だ!楓は?」
 「俺は・・・・・梅干」
 「僕は牛そぼろだ」
ただの握り飯かと思っていたようだったが、中身はかなりバラエティーに富んでいたらしい。口で注文はしたものの、細かい指定は一
切していなかった小田切にとっても、なかなか分からない中身ばかりだ。
それなりに楽しんでくれているらしい年少者を見た後、小田切は江坂とアレッシオに視線を向けた。
(・・・・・あそこは異空間だな)
 上杉は豪快なその性格で食べ物の好き嫌いもなく、太朗の食べかけの握り飯を横からパクついて怒鳴られながらも楽しそうだ。
海藤は食材に関しては厳しい目を持っているらしく、まるでこの米がどこのものかを吟味するような顔でゆっくりと握り飯を口に運ん
でいる。
伊崎は楓の世話を甲斐甲斐しくやいており、自分の食事もままならないようで、楢崎は・・・・・。
(薪割りはまだ早いと思うんだが)
 少し離れて薪を割り始めた楢崎を、暁生が憧れの目で見つめていた。
見た目は親子のようだが、これはこれで2人にとっては楽しいのだろう。
 「・・・・・」
 このまま江坂とアレッシオを放っておくことも出来ないので、小田切は何か別のものを出そうかと考えていたが、その時2人に近づ
く人影があった。
 「・・・・・ケイ、食べられますか?」
アレッシオのことを気にしていたらしい友春が、まるで小動物のようにオドオドとアレッシオの側に近づいていった。
日本人とのハーフということだが、イタリア人の父親の血もほどよく混じったアレッシオの容貌は、少し彫りが深いが濃過ぎず、生ま
れ持ったものか、それとも家のせいか、こちらが威圧されるほどの王者の風格を持っている。
そんなアレッシオと、整った容姿ながら大人し過ぎる友春は、一見チグハグな組合せに見えるのだが。
 「ああ、大丈夫だ」
 「・・・・・あ、中、梅干・・・・・えっと。他の物に変えましょうか?」
幾ら日本通だといっても梅干は苦手かもしれないと思ったのだろう、そう言って別の握り飯に視線を移そうとした友春の手をアレッ
シオは不意に掴んだ。
 「ケ、ケイ?」
 「トモのものでいい」
 「え?あ、でも、僕の食べ掛けだけど・・・・・」
 「トモのがいい」
 「・・・・・じゃあ、交換、しましょうか」
 「そうしよう」
 「・・・・・」
(出る幕はないか)
小田切はやれやれと、自分も食事を始めた。



 簡単な昼食を済ませると、早速今夜のバーベキューの用意をすることになった。
倉橋は大量の肉と野菜、そして3個もの大きなスイカを目の前にして途方にくれる。
(これを・・・・・どうするんだ?)
こういったアウトドアの遊びが苦手な倉橋は、ここ2、3日で慌てて本やネットで知識を詰め込んだものの、いざとなると手が一向に
動かなかった。
(飯盒で米を炊く・・・・・水の分量は手をつけて・・・・・)
 頭の中では分かっているつもりでも、食べるのは自分ではないのだ、失敗したらと思うと躊躇が先にたってしまう。
 「・・・・・スイカ3個なんて、食べれるのか?」
 「あ!倉橋さんっ、スイカは川で冷やすから!」
どうやらこの3個のスイカの責任者らしい太朗が慌てたように駆け寄ってくると、かなり大きいスイカを一つ抱えた。
 「ほらっ、ジローさんも持って!」
 「はいはい」
 「・・・・・」
(あの上杉会長に命令している・・・・・)
まだ子供だといえる太朗に指図されているというのに、上杉は鷹揚に笑いながら軽々と2つのスイカを持ってその後をついていく。
呆気に取られてその後ろ姿を見送っていた倉橋は、別の方から聞こえてきた声にふと我に返った。
 「俺達は魚釣り班だってっ。大丈夫?」
 「・・・・・ええ、大丈夫ですよ」
 「餌、俺が付けましょうか?」
 「・・・・・」
 抜かりない綾辻は釣り道具もきちんと用意していたらしく、魚釣りを楽しみにしていた真琴と海藤、そして、経験者の静と、一
緒にいることが当然の江坂が担当になったらしい。
静は楽しそうに餌の入った小さな箱を持っていたが、微妙に視線を逸らしている江坂の気持ちは・・・・・きっと倉橋も同調出来る
と思う。
(あんな顔をして、よく触れるな)
虫が平気なことに顔の美醜は関係ないのだろうが、倉橋はそう思わずにはいられない。そして、静の手前嫌だとい言えないであろ
う江坂の気持ちを思って、倉橋は同情の視線を向けてしまった。



 「手伝いますよ」
 薪割りを続けていた楢崎に声を掛けてきたのは伊崎だった。
 「いいえ、ここは私が」
幾ら羽生会よりも格下とはいえ、一つの組の若頭である伊崎には礼をつくす。実直な楢崎に、伊崎は少し困ったような笑みを浮
かべた。
 「私の方が年少者なんですから使ってください」
 「はは、それはなかなか」
 穏やかに話している2人の側で、イライラしたような別の声が聞こえた。
 「あのなあ、俺は別に苛めてるわけじゃないんだから」
 「う、うん、ごめんなさい」
 「・・・・・そっちの方が俺よりも年上なんだろ?米を洗って来いとか、野菜を持って来いとか、堂々と命令すればいいと思うんだけ
ど」
 「・・・・・」
(これは、相手が悪いな)
楢崎は眉を顰めて暁生を見た。
そうでなくても慣れない面子での集まりに萎縮している暁生だが、相手がこの楓になると更にどうしていいのか分からなくなってしま
うのだろう。
楓が意地悪を言っているわけではないというのは楢崎にも分かっている。ただ、意志が強く、堂々として、更にあの美貌となれば、
暁生が勝てる見込みなど全くないはずだ。
 楢崎は硬直してしまっている暁生に声を掛けようとしたが、その前に腕組をしてずっと暁生を見ていた楓の方が動いた。
 「ほら、一緒に行くぞ」
 「う、うん」
綺麗な楓の綺麗な手に腕を掴まれ、無意識なのだろう、暁生の顔は赤くなっている。
 「子供は子供同士ですね」
側で、伊崎が苦笑混じりに言う。
楢崎も過保護過ぎる自分の考えに照れてしまい、強面の顔に僅かな笑みを浮かべた。



 「すっごい!海藤さん!」
 釣りを始めて15分。餌がいいのか、場所がいいのか、海藤はすでに5匹目のアユを釣り上げていた。
一応、護衛目的で一緒に来ていた綾辻は、何でもそつなくこなす自分のボスに笑みを浮かべる。
(このペースだったら、1人一匹は大丈夫かも)
 「あ!釣れた!」
それは、もう1人、たった今3匹目のアユを釣り上げた人物がいるからだ。
 「凄いね、小早川君、慣れてるんだ?」
 「きっと場所がいいと思うよ。普通、こんな短時間でなかなか釣れないし」
 「俺なんかまだ1匹なのに・・・・・」
 「西原君は慣れてないからじゃない?」
 「あー、あの、言うの忘れてたけど、俺のことは真琴でいいよ?同級生なんだし、みんな呼び捨てだし」
 「じゃあ、俺のことも静って呼んでくれる?その方が嬉しい」
 「うん」
 真琴と静が親睦を深めている様子を見ると微笑ましいが、直ぐ側には緊迫した空気を背負っている人物が1人いる。
(・・・・・あれ、どうしたらいいのかしら)
機械のように正確で緻密で、冷酷と噂される大東組の若き理事、江坂。
その、敵などいないような江坂が、今じっと見下ろしているのは・・・・・餌の入った小さな箱だ。
多分・・・・・それはきっと事実だろうが、江坂はその小さくグロテスクなものに触ることが嫌というか・・・・・苦手なのだろう。
分からなくもないが、こんな所で江坂の弱みを見つけても、どう利用していいのかが全く分からない。
 「海藤さんは上手ですよね、したことあるんですか?」
 そんな江坂の胸中を知らないだろう静が、海藤の側にあるバケツを覗き込みながら聞いた。
 「昔、何回かしたことがある」
 「何回か?それでこれなんだ・・・・・凄い」
 「凄いでしょう?」
まるで自分が褒められたかのように嬉しそうに笑う真琴に、海藤も柔らかな笑みを返している。
この2人は大丈夫だろうと綾辻は思ったが、もう一方の人物をどう扱っていいものやらと溜め息が出そうになった。
しかし。
 「俺達も、負けないように頑張りましょう!」
 静は江坂の隣に腰を下ろしながら言う。
 「餌は俺がつけるから、頑張って釣り上げてください。ここの魚、結構元気で力強いから」
 「・・・・・分かりました。引き上げるのは任せてください」
江坂にとってはあまり知られたくないであろう弱点を、上手に避けて会話を続けることが出来る静。それは気遣っての上の言葉な
のか、それとも本当に天然での言葉なのかはさすがの綾辻にも分からなかった。
しかし、静のその一言で、江坂のまとっていた空気が変わったのは確かだ。
(さすがは恋人同士ってとこかしらね〜)
 綾辻は時計を見下ろした。そろそろ2時半を過ぎる頃だ。
祭りはここから車で30分ほど行ったところで、開始は午後7時から。浴衣を着る時間や移動の時間を考えても、そろそろ本格的
にバーベキューの準備をしなければならないだろう。
 「社長、料理の方、お願いします。静ちゃん、人数分の魚の確保、お願いね」
 「分かりました」
まだまだやることはたくさんある。
それでも綾辻は自分でも十分楽しんでいるので、足取りも軽くバーベキューの段取りをしている場所へと向かっていった。





                                    





余暇、第五話です。

江坂さんの苦手は私の苦手でもあります(笑)。

次は、バーベキューの始まりです。