ステーキにしてもいいようないい肉をドンドンと串に刺していく。
飯盒の方は楢崎と暁生に任せ、後のメンバーは早速野菜や肉を切ってバーベキューの支度をし始めた。
 「・・・・・あの、見たくないならあっちに行っててもいいですよ?」
 気遣わしそうな静の言葉が耳に入った倉橋が振り向くと、そこには釣った魚の下ごしらえをしている静と、若干斜め後ろに座って
いる江坂の姿を見つけた。
 「・・・・・大丈夫ですよ。それより、すみません、手伝うことが出来なくて」
 「いいえ。返って嬉しいです」
 「嬉しい?」
 「江坂さんにも苦手なことがあるんだなと思って、なんか、嬉しいです」
 「・・・・・そうですか?」
 「そうです」
 江坂が苦笑を零すと、静は楽しそうに笑って頷いた。
そんな静の気持ちは倉橋にも分かるような気がする。全てが完璧だと思える相手のちょっとした弱点を垣間見れるのは嬉しいの
だろう。
それが愛しい人なら尚更。
(特に江坂理事なんて弱点なんかなさそうな人だしな)
 倉橋はそこまで考えると、ふと綾辻の事を思った。
江坂とタイプは違うが、彼もまた弱点など有りそうもない・・・・・あっても見せることはなさそうな男だ。
(・・・・・あるのか?苦手なことなんて)



 串を作る担当になっている上杉と太朗は、小田切が少し大き過ぎるのではと思うほどの大きさの肉と野菜を刺している。
 「・・・・・ちょっと大き過ぎませんか?」
さすがに見かねた小田切が口を挟んだ。
 「そんな大きさじゃ、ステーキにした方が早いじゃないですか」
 「でも、おっきい方が食べごたえあるし」
変かなと首を傾げながら言う太朗に、小田切は苦笑した。
 「確かにそうかもしれませんが、食べにくくありませんか?」
 「ん〜・・・・・ジローさんはどう?」
 「・・・・・」
(太朗君、その人に聞いても・・・・・)
 「いや、男なら齧り付くってのが本当だろ」
 「だよね〜」
 「・・・・・」
(常識ってものがないんですから)
仕事に関しても細かなことは小田切に任せ、最終的な決断をばしっとする上杉。
大らかで男らしいといえば聞こえはいいが、小田切にすれば大雑把でいい加減と言葉を変換したくなる。
その上、上杉が太朗に同調するのはいつものことなので、小田切は溜め息をつきながら言った。
 「分かりました。ご自由にされてもいいですけど、責任もって食べてくださいよ」
 「はーい!!」
 手を上げて張り切ったように返事をする太朗から視線を移せば、こちらは意外に器用な手付きでジャガイモの皮を剥いているア
レッシオがいる。
小さなナイフを自在に扱っている様は、小田切の守備範囲ではないが一般的にはカッコいいといえる様だった。
(マフィアの首領という立場だが・・・・・結構し慣れてるのか?)
まるっきり料理をしたことが無いとは言えない手付きに感心したのは、側にいる友春も同様のようだった。
 「ケイ、器用・・・・・」
 「そうか?」
 「僕なんて、こんなに中身が小さくなっちゃうのに・・・・・」
 友春が皮を剥いた野菜は、ジャガイモもニンジンもかなり身まで削ってしまい、少し歪で小さくなってしまっている。
しかし、アレッシオはナイフを持っていない手で友春の頭を抱き寄せると、その髪にちゅっと唇を寄せて優しく笑い掛けた。
 「お互い、出来ないことを補えるのがいい。トモは着物が上手に着れるだろう?」
 「そ、それは、実家がそうだから・・・・・」
 「それもトモの美点だ。まあ、トモに褒められるのは光栄だがな」
 「ケ、ケイ」
 「・・・・・」
(はいはい)
小田切はそれ以上聞くのもバカらしいと、さっさと場所を移動した。



 「わ〜・・・・・凄い、本当にピザだっ」
 「社長、チーズはさっき買った物を使います?」
 「そうだな、たっぷり使った方が美味いだろう」
 綾辻は上手に生地を広げ、その上に特性のピザソースを塗っている海藤の手元を見つめながら頷いた。
バーベキューだけでは寂しいだろうと、海藤は前もってピザの生地とソースを準備して持ってこさせていた。
オーブンはもちろん釜も無いが、何とか焼くことは出来るだろう。多少焦げてしまったとしても、それもキャンプならではの醍醐味とい
えるもののはずだ。
 「真琴はシーフードが好きだったな」
 「あ、でも、トマトとチーズだけでも十分ですよ?」
 材料が揃うはずがないと思っているらしい真琴の言葉に、綾辻はジャーンと効果音付きで保冷ボックスを取り出した。
 「新鮮な魚介類満載よ〜。蟹も海老もイカも、好きなだけ使って!」
 「・・・・・こ、これ、わざわざ用意してくれたんですか?」
 「ふふ」
真琴を最大限楽しませたいと言っていた海藤を、ほんのちょっと手伝うだけのことだ。
料理の腕は海藤任せだし、綾辻も美味しいものを食べられて満足出来る。自分にとっても美味しいことだった。
 「美味しいものを頼みますよ、社長」
 「今まで不味いものを食わせたことがあるか?」
軽い口調の綾辻の言葉に、珍しく軽口で答える海藤。彼にとってもこの旅はいい息抜きになっているようだ。
 「期待しています」
 ここは心配ないなと、綾辻は笑い、この中で一番問題がありそうなカップルを振り返った。
 「恭祐、もう焼いていいの?」
 「あ、私がします。火傷したら危ない」
 「・・・・・あのねえ、さっきから刃物は危ない、串は指に刺さるとか、いったい俺は何をしたらいいわけ?」
 「・・・・・」
(あ〜あ、こちらはまた過保護なこと。まあ、分からないではないけど)
綾辻も結構人間を見てきた方だが、それでも楓ほどの美貌の主は今まで見たことが無い。
眉も、目も、鼻も、口も。造作だけでなく配置も完璧で、その身体も男とも女とも見えない中性的な・・・・・例えるならば天使の
ような美しさだ。
そんな楓に掠り傷一つ、小さな火傷一つ、負わせたくないのは判る気がする。
(これで性格がマコちゃんみたいだったらまた違ってるんだけど)
 見掛けとは裏腹に、楓はかなり男っぽいというか・・・・・もしかしたらこの中で一番気が強いといってもいいかもしれない。
見た目と性格にギャップがあるのも魅力的だし、長い間楓の側にいた伊崎はその辺りのコントロールは心得ているはずなのだが。
 「・・・・・もうっ、俺、タロのとこ行ってる!」
 「楓さんっ」
 「恭祐なんか、1人で煙にまみれてろ!」
 「・・・・・」
(痴話喧嘩か・・・・・)
喧嘩するほど仲がいいとはいうが、あの楓を宥めるのは相当大変だろうなと、綾辻は伊崎を気の毒に思った。



 準備は整った。
時刻はそろそろ午後4時になろうとしている。
日はまだ高いが今夜の予定もあるので、早速お待ちかねのバーベキューが始まった。
 「ジローさんっ、肉どんどん焼いて!」
 「分かってるって、慌てて食べるな、量はあるんだからな」
 「これ、静が釣った魚だよね?身がプリプリしてる!」
 「そう?海藤さんが作ったピザもすっごく美味しいよっ。ソースが絶妙って感じ、ね、高塚君」
 「うん、野外なのにこんなに上手に焼けるなんて凄いなあ」
 「いっそヤクザを辞めてピザ屋でも開業すればいいのに。そう思うだろ?暁生」
 「お、俺は何とも・・・・・」
 「楓!アッキーを苛めるなよ!」
 賑やかに飛び交う会話。
しかし、そのどれもが弾んで楽しい様子で、小田切は何とかここまでは上手くいっているなと思った。
どうせ男達は、自分の愛しい相手の楽しそうな顔を見れれば嬉しいのだ、放っておいても害は無いだろう。
(・・・・・あ、この2人には酌でもしておくか)
 一応立場的には上のアレッシオと江坂を接待しなければと、小田切は簡易椅子に腰掛けている2人の側に歩み寄った。
 「何を飲まれますか?」
 「私か?」
長い足を組み、ゆったりと腰掛けているアレッシオの椅子がアルミパイプだとはとても見えない。
(いい男はゴミを持っても絵になるんだろうな)
それは極端な例だろうが。
 「ワインを頼む」
 「チーズも?」
 「トモが私にと選んでくれたものがある」
 まるで自慢するようにアレッシオは笑ったが、生憎そこで羨ましがるような素直な性格ではない小田切は、内心はいはいといい
加減な相槌を打ちながら友春を振り返った。
 「高塚君、ミスターカッサーノのお好きなチーズを教えてもらえますか?」
 「あ、僕が取りに行きます」
 食べ掛けの串を置いて直ぐに友春が立ち上がると、アレッシオも当然というように椅子から立ち上がる。
 「私も一緒に行こう。トモの好きなチーズも出したいし」
 「1人でも大丈夫ですけど・・・・・」
 「お前と少しでも離れたくないんだ」
 「・・・・・っ」
全員の前でそう言われた友春は顔を真っ赤にして慌てて自分が泊まる予定のコテージへと走っていったが、アレッシオは顔に笑み
を浮かべたまま悠然とその後を追っている。
 「ベタ惚れだな、あれは」
 呆れたように言った上杉は、ふと太朗の皿を見て丁度焼けた大きな串を乗せてやった。
 「ほら、これが丁度美味いはずだ」
 「で、でも、まだピーマンが・・・・・」
野菜が苦手というわけでもないのだろうが、肉を優先に食べている太朗の皿にはピーマンやニンジンなどの野菜が残っている。
上杉はそれに視線を向けると、当然のように自分の皿に移した。
 「今日だけ特別だ。ほら、肉」
 「うん!」
 「・・・・・」
(ベタ惚れって・・・・・人のこと言えないでしょう)
 太朗に関しては相当に甘い上杉を心中でけなすものの、小田切自身太朗のことは気に入っているので嫌味は口に出さないよ
うにする。
まあ、可愛い子供が美味しそうにものを食べているのを見るのは、ペットが餌を食べているのを見るような感じで微笑ましい感じが
した。



 「倉橋、それを配ってくれないか」
 とても頼み事をしているとは思えないような江坂の言葉に、飲み物の準備をしていた倉橋は振り向いた。
江坂の視線の先を追えば、そこには美味しそうに香ばしく焼けているアユがある。
 「・・・・・あの魚ですか?」
 「静さんがわざわざ全員分を釣ったんだ。最高の状態の時に食べないでどうする」
 「・・・・・はい」
 その中には海藤が釣ったものもあるはずだが、倉橋は賢明にもそれは言わない方がいいだろうと思った。
それに、全て下準備をしてこうして焼き上げたのは確かに静の功績だ。
(江坂理事は、確か見ているだけだったな)
 「ありがとうございます、頂きます」
 倉橋は江坂の隣にいる静に丁寧に頭を下げて言う。
すると、静は少し恥ずかしそうに笑った。
 「ものが新鮮だからきっと美味しいと思いますよ。もっとたくさん釣れたら良かったんですけど」
 「いいえ、十分ですよ」
 「倉橋」
倉橋と静の会話に、江坂が強引に入り込んだ。
 「早くしないと焦げるぞ」
 「あ、はい、そうですね、すみません」
どうやらあまり静とは会話させたくないのだと悟った倉橋は、もう一度静に礼を言ってから早速焼けた魚を配り始めた。
自分は全くその気が無いのに、勘違いの嫉妬を向けられても困るからだ。
 「ご苦労様です」
 その足で、倉橋はずっと火の番をしてくれている楢崎の元に行った。
年上の実直そうな楢崎には作った笑みではない笑顔を向けることが出来る気がする。
 「これ、どうぞ」
 「ああ、ありがとう。暁生」
 「ありがとうございます」
これだけの面子の中でずっと緊張していたような暁生も、ずっと楢崎と2人でいてだいぶリラックスしたのか素直な笑顔を見せて頭
を下げている。
 「すみません、裏方の仕事ばかりお願いして・・・・・」
 「こっちの方が気楽でいい。お前も・・・・・ご苦労様」
色々な意味が込められた楢崎の労いの言葉に、倉橋はいいえと笑いながら首を横に振った。





                                    





余暇、第六話です。

バーベキュー始まりました。次まで続くと思います。スイカを食べさせなくちゃいけないし(笑)。