倉橋はバーベキューの串を何個も大きな皿にのせて運び始めた真琴に気付いた。
とても真琴が食べられる量ではないと思ったので、どこかに運ぶのだろうとは思ったのだが。
 「真琴さん、どちらに?」
 「あ、倉橋さん、手伝ってもらえますか?」
真琴は側にあった握り飯を眼差しで指す。倉橋はわけが分からないままその後ろに続きながら再度訊ねた。
 「これを、どこに?」
 「見張ってくれている人達に」
 「・・・・・護衛に?」
思い掛けない返答に、倉橋の足が止まった。
 「みんな気にしてるみたいだけど、静や高塚君はなかなか動けないし、タロ君と暁生君は焼き係だし、楓君は伊崎さんがそんな
事をさせないでしょう?一番動きやすい俺がするのがいいかなって」
 「そんなこと、私がしますよ」
 「倉橋さんだって色々忙しいでしょう?今手伝ってもらってるけど、出来ればゆっくりしてもらいたいです」
 「真琴さん・・・・・」
 「こんなに楽しいこと、みんなにおすそ分けしないと」
 「・・・・・」
 いい子だなと、倉橋は改めて思った。
わざわざ自分達をガードしている人間の食事の心配までする人間がいるとは思わなかった。
真琴は開成会の会長の恋人で、尽くされて当然の立場の人間だ。その真琴がこうして自ら動く・・・・・。
(だからこそ、命を懸けて守りたくなるんだな)
 「倉橋さん、あの、余計なことでしょうか?」
 黙ってしまった倉橋に心配そうに聞く真琴に、倉橋はにっこりと笑って首を振った。
 「いえ、皆喜ぶと思いますよ。お気遣い、ありがとうございます」
皆に代わっていち早く礼を言うと、真琴は照れたように笑ってみせた。



 本当にこれが全て消化出来るのか・・・・・そう思ってしまうほどの量だった肉も野菜も、たちまちのうちに皆の胃袋の中に消えてし
まった。
やはり男15人ともなるとそれなりの食欲があるだろうし、プラス護衛達の胃袋も満たすのに十分だった。
 「小田切さん!スイカ!スイカ食べていいっ?」
 一通り肉も食べ、おなかも程よくいっぱいになった太朗の次の目的はどうやらスイカに移ったらしい。
 「食べてもいいですよ。でも、普通に食べますか?」
 「え?普通って・・・・・どんな食べ方がある?」
 「ここが浜辺ならスイカ割りでもしたいところですけどねえ・・・・・」
 「あ!早食いはっ?俺自信ある!」
 「・・・・・太朗君以外挑戦者がいないでしょう」
子供っぽい太朗の発想に笑った小田切は、チラリと周りを見回した。
(とても健全に楽しくゲームを・・・・・という面子ではないな)
上杉はそういう遊びを楽しみそうだが、他の面々はスイカ自体食べそうに無い雰囲気だ。
 「・・・・・」
時計を見ると、そろそろ午後6時も過ぎ、空も薄暗くなっている。
(あまり遊んでもいられないか)
 「太朗君、じゃあ、君が切ってもらえますか?」
 「りょーかい!!」
 「おい、タロ大丈夫か?」
 嬉々として川からスイカを運んできた太朗に、早速というように上杉が声を掛けている。
 「大丈夫だって!スイカを切って何年だと思ってんの!」
せいぜい4、5年といったところだろうが、太朗はなぜか自信満々に言い放っている。
そんな太朗の周りには何時しか年少者達が集まってきた。
 「タロ、お前ちゃんと平等に切れるのか?」
疑わしそうに楓が言うと、太朗は口を尖らせて反論する。
 「子供じゃないんだから大丈夫だって!あ、でもリクエストには答えるよ?みんなどの位の大きさのスイカがいい?」
 「俺は普通でいいよ」
 「俺も」
 「僕も」
 「あ、俺も普通で」
 「美少年の俺が大口で齧りつけるわけないだろ?一口サイズで上手に切れよ?」
 「なんだよ〜、みんな、スイカは3つあるんだよ?半分に切ったら丁度6個になるのにさあ」

 「「「「「え?」」」」」

皆、太朗の言葉を聞き違えたのかというように聞き返した。
代表するように、真琴が恐る恐る訊ねる。
 「太朗君、それって・・・・・もしかして1人半分って・・・・・こと?」
 「え?それって男の夢じゃん?」
 「・・・・・」
(それは太朗君だけの夢だと思いますよ)
直ぐ側で聞いていた小田切が、心中で冷静に突っ込んでしまった。
 「ほ、他にも人がいるけど・・・・・」
 「え〜、おじさん達ってスイカ好きかなあ?」
 「お、おじさん・・・・・」
 「おじさん達・・・・・」
 太朗が誰を指して言っているのか、そこにいた全員は分かっているものの、更に重ねて訊ねる者はいなかった。
(さすが太朗君、江坂理事やミスターカッサーノまでおじさん呼ばわりするとは・・・・・まあ、彼の歳からすれば仕方ないのかもしれ
ませんがね)
小田切は後のフォローは上杉に任せたというように、肩を震わせながら飲みかけのワインを口にした。



 一部、太朗の不適切な言葉があったにせよ、スイカは無事太朗の大雑把な切り方で全員に配られることが出来た。
そして・・・・・。
 「そろそろ浴衣に着替えましょうか」
午後6時半を過ぎ、綾辻はパンパンと手を叩いてそう言った。
今から着替えて夏祭りの場所まで行くのに、シャワーを浴びる時間も考えれば1時間は見ておいた方がいいだろう。
 「これからお祭りに行くんだから、皆さん、コテージに戻られてもいけないお遊びはしないよーに!」
 「綾辻っ」
 何を言い出すのかと倉橋がきつく名を呼んだが、綾辻はここにいる人間達にはこうやって念押しをしておくくらいで丁度いいのだと
思っている。
夏祭りを楽しみにしている年少者達は別にして、その恋人達には十分可能性があるからだ。
 「浴衣はそれぞれのコテージに運ばせてますから・・・・・今から30分後にここに集合。あ、着付けが出来ない人は、ここにいるトモ
君が本職ですからお願いしてくださ〜い」
 「そ、そんな、本職なんて・・・・・」
 友春は顔を赤くして言ったが、彼の実家が呉服店を営んでいるのは事実で、友春自身も幼い頃から着物を着慣れているのだ
からその言葉に間違いはないはずだった。
ただ、そんな友春の後ろであまり面白く無さそうな表情をしているアレッシオを見ると、友春が他の男の着付けを手伝ってやるのは
難しそうだ。
(妬きもちやきのダーリンを持つと大変ね)



 それぞれがコテージに向かうと、そこに残された綾辻、小田切、倉橋はほっと溜め息を付いた。
取り合えずここまでは順調のようで、皆それなりに楽しんでいる様子が分かる。
 「でも、やっぱり野外で一泊って言うのは大変」
 「そうですね。まあ、天気で良かったですが」
 「相変わらずタロ君は笑わせてくれるし。あの江坂理事をおじさんなんて言ったつわものは今までいないんじゃないかしら」
 「ええ、あれはなかなか楽しかった」
綾辻と小田切は笑い合ってそんな話をしていたが、倉橋はまだ気を緩めるという気にはならなかった。
今から行く場所は不特定多数の人間が多く、何時何が起こるかもしれないのだ。
(幾らここが都心ではないと言っても、狙われてもおかしくは無い人間ばかり揃っているんだし・・・・・)
日本のヤクザと、イタリアマフィア。
そんな人間達が普通の祭りに行くこと自体、倉橋自身は賛成ではないのだが・・・・・。
 「克己、あなたの浴衣も用意してあるから」
 「・・・・・は?」
 不意ににこにこ笑いながら告げられ、倉橋はまじまじと綾辻を見つめた。
 「せっかくですが、浴衣だと警護がしにくいので」
 「何言ってんのよ!克己の浴衣見たさにこんなところまで来たのに〜」
 「・・・・・ちょっと、綾辻さん、今の・・・・・」
困惑のせいで、思わず綾辻を《さん》付けしてしまった倉橋に、小田切がにこやかに笑いかけた。
 「まあまあ、倉橋さん、男心というものですよ」
 「小田切さん?」
 「太朗君も言っていたでしょう、男の夢って。綾辻さんの場合、あなたに浴衣を着てもらうのがそうなんじゃありませんか?」
 「やだあ、それだけじゃないけど〜」
 「・・・・・」
 「我々も着替えましょうか、遅れてはいけませんし」
 「そうしましょう。克己、着せてあげましょうか?」
 「・・・・・1人で着れますので」
とにかく混乱した頭の中を整理する為にも、倉橋はしばらくの間でも1人になりたかった。



 そして、30分後ー



 「まあ〜、壮観ね!!」
 ずらりと並んだ面々を見て、綾辻は思わず叫んでしまった。
 「写真撮っておきたい気分よ!」
 先ず、浴衣など着たことが無いだろうアレッシオだが、白地に、腰から下に一匹の龍が書かれている浴衣を見事に着こなしてい
た。
腰の位置が高いので、本当にモデルのようだ。
 海藤と上杉は、墨で荒く模様が書かれている柄を、海藤が鶯茶、上杉がボルドーという色違いで着ている。
柔らかな面差しの伊崎は、萌黄色に笹の模様というものだ。
強面の楢崎も最初は警護の関係上浴衣を着るのに難色を示していたが、暁生が着て欲しいというような目で見つめると結局
折れてしまったらしく、褐色の絞り浴衣を着ていた。
 「みんなイメージピッタリ」
 それぞれの個性を考えながら選んだ浴衣はなかなか似合っている。
その中で、唯一自分で浴衣を用意した江坂は・・・・・。
 「渋いですね」
 「・・・・・お前が言うと嘘くさい」
褒めた小田切の言葉を眉を顰めて受け止めた江坂は、黒地のかすり縞という、ごくシンプルなものだ。
だが、生地から仕立てから見るだけで上等だとわかる代物で、よく今日用意出来たと感心する。
(もしかして静ちゃんとどこか行くつもりだったのかしら)
 「みんな素敵ね〜、克己も似合ってるし」
 「・・・・・ありがとうございます」
 倉橋の浴衣は当然綾辻が用意した。
太さの違う白い縞がランダムにあるというオシャレなもので、地色は色白の倉橋によく映える茜色で、こっそりと自分は黄金色とい
う色違いを着ている。
これがペアルックだとは、他の人間が気付いても倉橋は分からないだろう。
 「小田切さんは・・・・・意外」
 「そうですか?」
ベージュに無地の皴加工しているその浴衣は、小田切にしては地味に見えたが、
 「私は浴衣を目立たせるつもりはありませんから」
 「・・・・・なるほど」
(それも有りかもね)
 綾辻はそう頷いたが、続いて現れた年少者達の姿を見て、更に目を細めて歓声を上げた。
 「みんな可愛い〜!!」
 「ああ、本当に良く似合ってますね」
 「こういうことに関しては、この人センスがありますから」
 「経験でご存知なんですか?」
 「まあ・・・・・それなりに」
後ろで小田切と倉橋がぼそぼそと言い合っていたが、綾辻はその言葉が一切耳に入らないというように笑いながら6人のお子様
達を順に見つめた。
 「選んでいる時も想像してたけど、実際に着るとやっぱり違うわね〜。でも、みんな良く似合ってるわ」





                                    





余暇、第七話です。

バーベキューは終わり、次は夏祭りですね。旦那様方の浴衣を考えるだけで疲れたので(苦笑)、お子様達の浴衣姿は次回に。

可愛い方がいいのかな・・・・・。