「・・・・・なんか、俺だけ子供っぽい気がするんだけど・・・・・」
 少し口を尖らせて言った太朗の浴衣は、深緑の地に赤い金魚の模様だ。
 「ねえ、そう思わない?」
太朗は上杉の浴衣の裾を引っ張って訊ねるが、上杉は口元ににんまりとした笑みを浮かべているだけだ。
 「太朗君、それは上杉会長のリクエストなのよ?太朗君には可愛い柄がいいって。でも、色合いが大人っぽいからよく似合っる
と思うわ」
 「・・・・・そうかな」
上杉のリクエストでは、白地に大きな金魚という、幼稚園児が着そうな柄だったのだ。それをここまで大人っぽく(?)アレンジした
自分を綾辻は褒めたかった。
 「太朗君、ホントによく似合ってるよ」
 笑いながら言う真琴の浴衣は、琥珀色の地に銀杏の柄だ。柔らかな真琴の面差しによく似合っていた。
 「そうそう、お前には金魚がお似合い」
 「なんだとー!!自分がちょっと大人っぽいの着てるからって!」
キャンキャン吠える太朗をフンと見ている楓は黒地に白い大柄の菊の模様だ。花火のように広がった菊の花びらは意外に派手で
目立ち、圧倒的な楓の美貌にも負けないように華やかだった。
 「子供っぽくないよ、結構渋い」
 「ほんと〜ですか〜?」
 宥めるように頷いた静は、臙脂に、裾の部分に大きな牡丹の花柄だ。
(さすが自分で選んだだけあって、似合ってるのをチョイスしてるわね〜)
傍で目を細めて静を見ている江坂という姿を物珍しげに見ていた綾辻は、ふとその後ろで動いた人影に視線を移した。
紫紺地に更紗模様の浴衣を着ている友春は、実家が呉服店というだけに着慣れている感じがよく分かる。
多分、これらが女物に多い柄というのも友春には分かっただろうが、賢明な彼はそれを口にすることはないようだ。
そして、
 「俺まで、ありがとうございます」
そう言って丁寧に頭を下げた暁生は、藍色の絞りの浴衣だ。ごくシンプルなものだが、あまり目立たない方がいいかなと思い、それ
でも楢崎と色違いにしたのだが、すっきりとした伸びやかな暁生にはよく似合ってるようだった。
 「さてと、これで準備は万端ね」
 まだぶつぶつ言っている太朗は上杉に任せようと、綾辻は一同を振り返った。
 「おい、ここからバスの場所まで歩くのか?」
 「い〜え、ほら、あそこ」
上杉の言葉を笑って否定した綾辻は、くるりと振り返って指差した。
そこにはあのサロンバスがある。
 「なんだ?ここまで入れるのか?」
 「別ルートがちゃんとあるんですよ。でも、歩いて来た方がキャンプらしいでしょ?」



 バスに揺られて40分あまり。
ようやく一行は夏祭りがある場所に到着した。
 「着きましたよ」
 「俺一番!!」
真っ先に太朗がバスから駆け下りた。
到着前から次第に見えてくる提灯の明かりや浴衣を着た人々の波、そして太鼓や歌声に、ずっとウズウズしていたのが爆発した
ようだった。
 「俺達も行こっ」
 真琴が誘うと、楓や静、そして友春も次々と続き、暁生も一瞬楢崎を見てからその後に続いた。
 「小田切、ここは勝手に動いていいのか?」
 「ええ。祭りは午後9時までだそうですから、それまでご自由に。ああ、一応側に護衛が付くとは思いますが」
さすがに地位のある人間を単身で野放しには出来ないので、それぞれの護衛が側に付くようにした。
この辺りを仕切っている組にはあらかじめ連絡を取り、危険がないことを確認はしているが、今は一般人にも問題があるものはい
るだろうし、何があるか分からないからだ。
 「よし、降りるか」
 上杉を先頭に、ぞろぞろと男達も降りていく。
小田切はその最後尾に付いた。



 「うわっ、凄い!出店も結構ある!」
 裾が捲くれるのも構わずにはしゃぎまわる太朗を見ていると、倉橋の気分まで楽しいものになってきた。
しかし、護衛も兼ねているという自覚のある倉橋は、気を引き締めて回りに視線を向けた。
(それにしても・・・・・目立つな)
自由行動とはいえ、年少者達が固まっているので自然と年長者達もバラけることなく歩くことになる。
皆、180センチを超える身長に、タイプに違ったいい男が揃い、それぞれが見事に浴衣を着こなしてゆっくりと歩いている・・・・・そ
んな一団が目立たないはずはない。
 女同士でいる者も、カップルや家族で来ている女達も、まるで引き寄せられる様に一団を見つめている。
 「・・・・・」
(大丈夫なのか?)
ある程度予想はしていたものの、この悪目立ちを続けていても良いものか・・・・・そう思っていた矢先、かなり勇気と自分に自信が
あるような2組の女が、前を歩く海藤と上杉の腕を大胆にも掴んだ。
 「あの、一緒に回りませんか?」
 「・・・・・」
 海藤は僅かに眉を潜めたまま無言だが、上杉は笑いながら女の顔を見下ろした。
 「悪いが、連れがいるんだ」
 「男ばっかりなんでしょう?女がいる方が華やかじゃない?」
女達は2人の後ろにいる男達にも熱い視線を向けている。いったい誰が狙いなのか、それともいい男ならば誰でもいいのか、引き
止められている上杉以上に倉橋は難しい顔になった。
 「あ、マミ!なに、その人達!」
 女達に引き止められた形で立ち止まっていると、そこに新たな3人組の女が現れた。
どうやら顔見知りらしく途端に騒がしく会話を始めたが、そこにいる飛びぬけて目立つ男達を見て更に歓声を上げた。
 「この人達っ、私達もチェックしてたんだよ!凄いじゃん、捕まえたなんて!」
 「やっぱ、女子高生が嫌な男なんていないって!」
 「・・・・・」
(勘違いも甚だしいな)
 倉橋は溜め息を漏らした。
どうやらこの目立つ一団を狙っていた女達はかなりいるらしく、一番初めに声を掛けた自分達が誇らしいようだ。連れ歩いて十分
自慢が出来るという理由からかもしれないが、倉橋はこの女達をどう引き離そうかと考えた。
 「こっち、外人じゃないっ?私、外人好き!」
 「この人も頭よさそーでかっこいいしー、ねえ、このままどっか行かない?」
 止めなければどんどんエスカレートしていく女達の行動に、倉橋が思わず声を掛けようとしたが・・・・・。
 「Non lo tocchi」
 「え?何?何語?」
馴れ馴れしく腕に触れてくる女の手を振り払い、アレッシオは少し前を行っていた友春の名を呼んだ。
 「トモ!」
 「・・・・・ケイ?」
振り向いた友春はアレッシオの直ぐ側にいる女の姿に一瞬途惑ったようだったが、直ぐに近づいてくると小さな声で言った。
 「どうしたんですか?」
 「トモがいないと虫が近づいてくる」
 「え?」
 「なに、酷い!!」
 さすがに虫呼ばわりされた女達は憤慨したように怒鳴り、自分達がものにしようとしていた男の側に来た友春を睨んだが、幼い
顔に化粧を塗りたくった顔よりも遥かに、清楚な容貌の友春の方が美しく、それがまた面白くないようだった。
 「男同士で何ひっ付いてんのよ!!」
 「え、あ、あの・・・・・」
その迫力に思わずたじろいだ友春を庇うように前に出たアレッシオは、その綺麗な碧色の瞳に怒りを滲ませながら言い放った。
 「醜い人間に用はない、去れ」



(言うわね〜)
 確かに大事な友春を睨み付けられて面白くはなかっただろうが、まだ少女といえる女達にあれほどきつい言葉を言えるアレッシオ
はなかなかだ。
綾辻はその側にいる江坂は何と言うのかとじっと見つめた。
 「君は自分に自信があるのか?」
 「あ、あるわよっ」
 友人と外人の男のやり取りにいささか腰が引けたようだったが、それでも女はそう言い返してきた。
 「その程度の容姿で?」
 「そ、その程度って、何よ!」
 「綺麗な人間というのは彼みたいな人を言うんですよ・・・・・静さん」
友春と一緒にいた静も立ち止まってこの様子を見ていたらしい。困ったなというような表情だったが、それでも名前を呼ばれて江坂
の下に行った。
 「彼、綺麗でしょう?君達のどこが彼に勝ってますか?」
 「・・・・・っ」
 「江坂さんっ、女の子に失礼ですよ」
 「見ず知らずの男を簡単に誘うような相手を、女の子とは言わないものですよ」
 優しい静の言葉に江坂は苦笑しながら言う。
愛しいという想いが込められたその眼差しに、女達は言葉も出ないらしい。
(まあ・・・・・負けっちゃ、負けだものね〜)
どんなに華やかに着飾っていても、もともと人形のように整った静の容貌に普通は勝てないだろう。
言い返すことも出来ない女達に、江坂は傲慢に言い放った。
 「これからは人を選びなさい。分不相応な相手を選んでも、自分が惨めになるだけだ」
 「・・・・・」
(さすが江坂理事。言うことえぐくて痺れちゃうわ)



 そこからまた少し離れた場所で、いまだ女に捕まっている上杉と海藤。
小田切の目からすれば上杉はそれほど困った様子もなく、むしろ楽しそうに女達を見下ろしている。
(・・・・・まあ、聖人君子という過去ではないんですが、せめて海藤会長の10分の1でも・・・・・)
 「ジローさんーーーーー!!お金ちょうだい!!」
 その時、その場の空気を少しも感じていないような太朗の叫び声が響いたかと思うと、駆け寄ってきた太朗がドスンと上杉の身
体に飛びついた。
 「あっち、トーモロコシがあるんだ!400円だって!早くしないと、次に焼きあがるまで待たなくちゃ駄目なんだよ!」
 「お前さっきまで食ってたのに、もう腹に入るのか?」
 「祭りの屋台の食べ物は別腹!」
 「トウモロコシだけなのか?」
 「う・・・・・金魚すくいもしたい、けど・・・・・」
年少者達はお金を持っていないので、何をするにしてもこうして報告をしに来なければならない。
実際、上杉も財布を持っているわけではなく、金は小田切か綾辻、そして倉橋が持っていた。
それでも、まるで自分が財布の紐を握っているかのように、上杉はどうするかなと意地悪な目で太朗を見下ろしている。
一気に変わった上杉の雰囲気に、置いてきぼりを食わされた女が怪訝そうに口を開いた。
 「この子・・・・・何?」
 「この子?」
 子供呼ばわりされた太朗は、ムッとして女を振り向いた。
 「そっちこそ何なんだよ」
 「私は彼を誘ってるだけよっ」
 「彼って・・・・・ジローさん?」
まさか上杉が逆ナンをされているとは思わなかったのだろう、太朗は目を丸くして・・・・・続いて慌てて上杉を振り返った。
 「ジローさん・・・・・本当?」
 「ん?」
 「・・・・・」
(あんまり意地悪していると嫌われますよ)
この2人に関しては絶対的に太朗の味方なだけに、小田切は自分のことは置いておいて上杉の行動を非難する。
多分、泣きそうな顔も可愛いと馬鹿なことを考えているのだろうが、そんな上杉の計算を覆してしまう人物が現れた。
 「その子、そいつの子供だよ」
 「えっ?」
 いきなり掛かった声に女が驚いたような声を上げ、その声がした方を振り向いて・・・・・更に大きく目を見張った。
 「分かった?子持ちの親父なんかよせば?」
腕を組んで言い放ったのは楓だった。
男とか、女とか、そういった性別を超越した圧倒的な美貌の楓は、提灯のほの暗い明かりに照らされて更に神秘的な雰囲気を
増している。
その美しさに、女も声が出ないようで、周りの通り過ぎる人々もじっとこちらを見ていた。
 「ちょっと、聞こえてる?」
 「え、ええ」
 「まあ、そんなおっさんでもいいならもってけよ。タロ、トウモロコシ食べるんだろ?」
 「う、うん」
 「こいつが財布なんか持ってるはずないじゃん。あ、小田切、あんたお金持ってる?」
 「ええ、はい」
 小田切は財布から数枚の千円札を取り出して楓に渡した。
楓は軽く顎を引くと、そのまま太朗の腕を引っ張る。
 「ほら、行くぞ」
 「・・・・うん!」
太朗は楓に向かって頷くと、意外なことの成り行きに僅かに慌てたような上杉に向かってベーっと舌を出した。
 「ジローさんのでべそ!!」
 「タ、タロ?」
その爽快な捨て台詞に、小田切は思わず声を出して笑ってしまった。





                                    





余暇、第八話です。

夏祭りです。お楽しみの前に、カッコいい旦那様方に誘惑の手が・・・・・。対処を間違えるとジローさんのような目にあっちゃいますよ(笑)。