太朗と上杉の一連の騒ぎを肩を震わせて見ていた綾辻は、その笑みを顔に残したまま真琴達の方へと視線を移した。
太朗や楓よりも僅かながら年長になる真琴はそれなりに大人で、まだ慣れない子犬のような暁生の面倒をよく見ていた。
 「日野君、何か食べたいものない?」
 「俺、腹いっぱいだし」
 「そうだよね〜。あんなに食欲あるのは太朗君くらいかなあ」
楽しそうに笑う真琴の雰囲気に暁生もつられたのか笑っている。
綾辻はそんな2人の背後にそっと忍び寄り、いきなりガバッと肩を掴んだ。
 「!」
 「びっくりしたっ」
 真琴も暁生も驚いたように振り返ったが、真琴は相手が綾辻だと分かると直ぐに緊張を解く。
真琴ほどには直ぐには緊張を解いていないらしい暁生に笑い掛けると、綾辻は視線を前方に向けながら言った。
 「ね、金魚すくいやらない?私、昔は金魚すくいの鬼と言われたくらいなのよ?勝負して勝ったら、綿アメ奢ってあげる」
 「金魚すくいなんて何年ぶりだろ。ね、日野君もするよね?」
 「あ、はい」
 「太朗君!楓君!金魚すくいの勝負だって!やらないっ?」
 「やるやる!!」
 「え〜、子供っぽいじゃん」
膨れっ面のままだった太朗は直ぐに走ってきて、楓もブツブツ言いながらも後に続く。その後ろには静と友春もいて、一同は金魚つ
りの場所を陣取ってしまった。
 「ほら、勝負よっ!」



 「うおっ!俺、5匹目!!」
 一見、一番がさつそうに見える太朗だが、意外に繊細にポイを操り、破れないまま5匹目をすくった。
 「お、タロ、やるじゃねえか」
その後ろには、先程逆ナンでデレデレしていた所(どうせ太朗に妬きもちをやかせたくてワザとしていたのだろうが)を怒鳴られた上
杉がちゃっかりと陣取って声援を送っていた。
 「だろっ?俺、得意なんだ!ジローさんの分も取ってやるからな!」
 「おお、頼むぞ」
そして、太朗も先程まで起こっていたことを全て忘れて金魚すくいに没頭している。全く遺恨を後に残さないのはいっそ清々しいほ
どで、こういうところも上杉が気に入っているのだなと綾辻は思った。
 「・・・・・あっ」
 一方、意外に不器用な真琴は、ようやく1匹をすくったかと思うとポイが破れてしまった。
残念そうに眉を下げながら、たった1匹の金魚を見つめる。
 「1匹だけなんて可哀想だけど・・・・・」
 「俺が代わろう」
真琴の呟きを聞いていたのか、海藤は新しいポイを受け取ると、直ぐに器用に何匹かをすくい上げた。
何をやっても器用な人だなと綾辻は感心する。
海藤は自信有りげな顔をしているわけでもなく、表面上は何時もと変わらず・・・・・しかし海藤をよく知っている者には分かるほど
に穏やかな表情をして、次々と金魚をすくい続けた。
 「凄い!」
 「海藤さん、神の手だ!!」
 歓声を上げる真琴と、その手元を覗き込んでいた太朗も凄い凄いと海藤を褒める。
子供(?)にとっては神業としか思えないそれに2人の顔は輝いていた。
しかし、一方ではそれが面白くなかったのか、上杉が太朗の背後から手を伸ばしてくる。
 「タロ、こんなんはコツがありゃ誰でも出来るんだって・・・・・ほら」
海藤だけではないと自信満々でポイの上に金魚をのせた上杉だが、あまりに元気が良過ぎたのか、金魚はポイを破って水槽に
戻ってしまった。
 「・・・・・」
あっという顔をして、上杉は眉を顰めてしまった。
自信があると言っただけに、こんな結果になったのが信じたくないのだろう。
 「最悪」
 その上杉の気持ちを逆なでするように、ボソッと楓が呟いた。
返す言葉がない・・・・・しかし、太朗は直ぐに上杉の袖を引っ張って慰め始めた。
 「俺の分けるから、落ち込まないでよ?」
 「・・・・・落ち込むか、このくらいで」
言い捨てた上杉の言葉が強がりを含んでいたことに、年少者達以外は皆気が付いていた。



 笑いながら金魚すくいを見ていた友春が、ふと視線を隣の屋台に向けて思わずといったように呟いた。
 「あ、綺麗・・・・・」
つられるように倉橋も視線を向けると、そこはどうやら射的の屋台で、離れた場所にある棚に置かれた商品を撃ち落すともらえると
いう方式らしい。
 「されますか?」
そう言いながらも倉橋は直ぐにそこの主人に金を渡して、手のひらよりも少し大きいくらいの銃を受け取った。
ここのものは祭りや温泉場でよく見るコルクの玉が出る空気銃ではなく、銀色の小さな玉を撃つ銀玉鉄砲らしい。スピードはある
が軽いので、とても棚にあるものを撃ち落せるようには見えないが・・・・・。
(まあ、商売だからな)
こういった夜店には自分達の仲間や、それに近いテキヤと呼ばれる商売人がいる。彼らは主にこういった祭りや縁日などで稼ぐの
で、それなりにうま味がある商売をするだろう。
 「・・・・・あっ」
 どうやら友春は棚の上段にある綺麗な簪が入った箱を撃ち落したいらしいが、そう簡単にはいかないようだ。5百円で20発の玉
はたちまち無くなってしまった。
 「あ〜あ・・・・・」
残念そうに溜め息をつく友春に慰めの言葉を言おうとした時、その手から銃を受け取った者がいた。
 「トモはどれが欲しいんだ?」
 アレッシオは慣れた手付きで新しい銀玉を入れると、銃を構えている。
 「え、えっと、あの一番上の・・・・・左から2番目の、です」
 「・・・・・」
アレッシオは軽く頷いて引き金を引いた。
玉は見事に狙ったものに当たったが、もちろんそれなりの重さがあるので簡単には落ちることはない。
 「・・・・・おい、これは落ちないようになってるのか」
 店主はいきなり現れた長身の外国人の威圧に押されたように腰が引けていたが、それでもこれは商売なのだからと何とか言い
返した。
倉橋も、アレッシオに言い返すことが出来る(多分に怯えていたが)店主に、なかなか骨があるなと思ったくらいだ。
アレッシオはそれから数発、無言のまま銃を撃ったが、やがて・・・・・。
 「あ・・・・・」
 急に、銀玉は次々とそこに並んである商品を撃ち落し始めた。
それも、その商品の急所というか、ちょうどいい場所を正確に狙っているらしく、ほとんど1発か2発で落ちていく。
やがて玉が無くなると、アレッシオは倉橋を振り向いた。
 「次を」
 「・・・・・何時までされるんですか?」
 「全て撃ち落すまでだ。商売なのだから構わないだろう」
 「・・・・・」
 大人気ない・・・・・倉橋の脳裏にはそんな言葉が浮かんだが、ここで抵抗しても側に潜んでいるはずのアレッシオの護衛が出て
きて同じような行動を取るだろう。
 「・・・・・もう20発、お願いします」
倉橋は青ざめた表情の店主に向かって静かに言った。



 「綺麗ですね」
 透明な袋に入れてもらった金魚を目線にまで上げて見つめながら静が江坂を振り返って言った。
 「上手でしたね」
 「海藤さんや太朗君の方が上手だったし」
 「何事も程々が一番です。静さんは一番楽しめる腕ですよ」
 「そうかな」
ふふと笑う静は、人形のように整った顔が柔らかく解けて見惚れるような容貌だった。
綾辻は眼福眼福と内心思っていたが、チラッとこちらを見た江坂の視線は凍るように冷たい感じがする。
(見るくらいいいのにね〜・・・・・ケチ)
どうも江坂は静には妬きもちをやいているというのを知られたくはない様なのだが、その表情を見れば誰でも気付くはずだろう。
少しおっとりした性格の静には分からないのかもしれないが。
 「他に、欲しいものはないんですか?」
 「ん〜・・・・・お腹はそんなに空いてないし、江坂さんとブラブラ歩いてるだけで楽しいし・・・・・あ、でも、ちょっとだけ嫌かな」
 「え?」
 「女の人、みんな江坂さんを見てるんですよ?江坂さんがカッコいいから仕方ないかもしれないけど・・・・・なんだか少し、面白く
ない気もするし・・・・・」
 「静さん」
 どうやら自分を見ている女に対して妬きもちを焼いているらしいと分かった江坂は、その頬に甘い笑みを浮かべて静の耳元に唇
を寄せている。
 「・・・・・」
何を話したのか・・・・・離れている綾辻には聞き取れなかったが、赤く染まった静の頬を見て、綾辻は江坂も意外と臆面もない人
だなと呆れてしまった。
 とても口に出して言えないので、綾辻は苦笑しながら視線を逸らした。
そこには暁生が楢崎の腕をしっかりと掴んで歩いていた。
 「お前は何か遊びたいものとか・・・・・食べたいものはないのか?」
 「ううん、こうしてナラさんと歩いてる方が嬉しいし」
 「そうか?」
 厳つい楢崎の顔が柔和に緩む。ああ、大事にしてるんだなと、その顔を見るだけでも分かるので、綾辻は自分の心の中まで暖
かくなった。
(本当に羨ましい・・・・・)
この2人はどこまで進んでいるのかなと下世話なことも考えてしまうが、一方でもしも肉体関係がなくてもこんな空気をかもし出せ
るのならば凄いとも思う。
綾辻は1人歩く自分が急に寂しくなってしまった。



 「ちょっと、こんなんで千円も取るなんてボッてんじゃない?」
 「・・・・・」
(こらこら、また何をしたのよ〜)
 ほんわかした気持ちに一瞬で冷却を浴びせたような声に、綾辻は溜め息を押し殺して振り向いた。
 「楓さん」
 「伊崎は黙ってろ。俺はこのおっさんに聞いてるんだよ」
楓は綿アメの屋台の前に立っていた。
割り箸にくるくると巻きつけられたフワフワの綿アメ。確かに少し小さい気もするが、こうして堂々と文句を言う人間など今までいな
かったのだろう、可愛らしい食べ物に似合わず髭を蓄えた大男が楓の前に立ちふさがった。
 「なんだ、姉ちゃん、文句あるのか?」
 「・・・・・なんだって?」
 容姿を揶揄されることは楓にとって禁句だろう。
楓自身自分の美貌には絶対の自信を持っているだろうが、それを女呼ばわりされることには面白いと思っているはずがない。
容貌はともかく、楓の性格はかなり男らしいのだ。
(止めた方がいいかも・・・・・)
 こういった場所で騒ぎを起こすことは得策ではないので、綾辻はその場所へと向かい始める。
しかし、綾辻が動く前に、有能な保護者である男が2人の間に割って入った。
 「楓さん、こちらも商売ですから」
 「ショバ代幾ら払ってるのかは知らないけど、位置と区画とこの原材料を見ても、せいぜい5,6百円が相場だ。自分でも分かっ
てんじゃないの?客が少ないって」
 「楓さん」
 「祭りはまだ30分ある。ここらで割り切って値段を下げた方が残りも捌けると思うけど・・・・・おっさん、どう思ってる?」
 「・・・・・」
 店主はあまりに詳しく話す楓が、どうやらこういった仕事の内情に詳しいと気が付いたらしい。
楓の顔をまじまじと見ると、やがて頭に巻いていたタオルを取って顔を拭った。
 「・・・・・姉ちゃんの言う通りだな。ちょっと欲を出しちまったばかりに、そのままじゃ赤字間違いない」
 「・・・・・素直じゃん。じゃあ、綿アメ追加で5つくれる?」
 「おお、助言してくれた礼だ、持ってけ」
 「ただでもらうのは割が合わないって・・・・・じゃあ、10分だけ手伝ってやるよ」
そう言うが早いか、楓はくるりと人混みの方を振り向くと、にっこりと笑いながら叫んだ。
 「美味しい綿アメですよ〜!今なら特別5百円!あ、そこのお兄さん、どう?」
 先程から楓の美貌に見惚れて立ち止まっていたらしい大学生の2人組は、いきなり声を掛けられてびっくりしたように目を見張っ
た。
しかし、次の瞬間にはいそいそと側によってきて千円札を渡してきた。
 「ふ、2つ、いいかな」
 「は〜い」
楓は既に作り置きされていた袋に入った綿アメを2つ取ると、更ににっこり笑いながら差し出した。
 「ありがとうございます」
その様子を見ていた周りの人間が、次々と側に寄って来た。それが主に男だというのには笑えるが、商売と割り切った楓の笑顔は
揺ぎ無い。中には握手のお礼にと3袋も買う男もいて、ちょっとしたアイドルの出店といった感じになっていた。
 「・・・・・」
 そんな楓の姿に諦めたのか、伊崎も無言のまま手伝っている。
そんな伊崎目当ての女の客も寄ってきて・・・・・どうやら綿アメはかなりの売り上げになるだろう。
(さすが姫・・・・・侮れないわねえ)
遥か昔、日向組はテキヤのような仕事もしていたと聞いたことがある。
その血は確実に楓に受け継がれているようだと、綾辻は感心したように見つめていた。





                                    





余暇、第九話です。

夏祭り、それぞれ楽しんでいますよ。次もまだ続きます、タロにいっぱい食べさせてやりたいんです(笑)。