磨く牙










 後ろを付いてくる2人の組員を全く無視したまま街を歩いていた楓は、急に肩を掴まれて立ち止まった。
 「どうした、楓。夜遊びなんて珍しいな」
 「なんだ、徹か」
いきなり楓に接近した男を見て組員達は思わず駈け寄ろうとしたが、楓の反応を見て近付くのを止めた。
そんな男達の気配に気付いたのか、同じクラスの牧村徹(まきむら とおる)は、楓の背の向こうに視線を向けた。
 「何時もの番犬はどうしたんだ?」
 「恭祐を番犬いうなっ」
 「ごめんごめん、それで?」
 「・・・・・今日は付いてない」
 「へえ、珍しい」
 何時も影のように楓の傍にいた男は、徹が楓の身体に触れるたび、その場で射殺しそうな冷たい視線を向けてきた。
それがどういう意味でなのか、世慣れている徹には簡単に分かったが、この歳にして、そしてヤクザの家に育っている者とし
てはかなり珍しいくらいウブな楓は、自分がどういう目で見られているのか全く気付いていなかった。
 「で、お前今からどこ行くんだ?」
 「・・・・・決めてない」
 「お前みたいなのがウロウロしてたら、一発で悪い男に捕まっちまうぜ。よし、俺の行きつけの店に行こう」
 「店って?」
 「ジャズバーだよ。知り合いが出ててさ。大人の店だぞ」
 「うん」
子供だと言われるのが大嫌いな楓は、大人の店という徹の言葉に直ぐに頷いた。



 「・・・・・ああ、分かった。そのまま付いてろ」
 携帯を切った伊崎は眉間に皺を寄せたまま何かを考え込んでいる。
そんな伊崎に、雅行が苦笑しながら言った。
 「楓か?」
 「・・・・・すみません」
 会議中に掛かってきた電話は楓の動向を知らせるものだった。
(牧村徹か・・・・・。あいつは楓さんを狙ってるからな・・・・・)
本当なら、若頭襲名はもう少し後の予定で、その間に楓にはきちんと話して分かってもらうつもりだった。我がままだが頭の
良い楓なら、きっと理解出来、納得してくれただろうと思う。
 しかし、どこからか情報が漏れてしまい、時間を置くことが出来なかった。
突然皆の居並ぶ席で、同時に襲名を聞かされた楓の顔は、一瞬で真っ白になっていた。整った顔はまるで人形のように
表情を無くし、次の瞬間黙ったまま部屋から出て行った。
 昨日までの自分なら直ぐにその後を追いかけられたが、若頭という地位になってしまったからには私より公、何より組を一
番に考えなければならない。
楓の為に引き受けたこの地位が自分達を遥かに引き裂く結果になろうとは、想像はしていたもののさすがの伊崎も参ってし
まった。
(巻かれなきゃいいが・・・・・)
 結果的に、今楓の傍には自分以外の男がいる。
今にも爆発しそうな嫉妬の想いを辛うじて押さえ、伊崎は雅行に頭を下げた。
 「お話の途中で申し訳ありません」
 「楓にも困ったもんだ。これだけ優秀な伊崎が今まで平だったのはなぜか、少し考えれば分かるもんだがな」
 「楓さんはお解かりになってます。結果的に組の方針に従って頂いたんですから。私の方こそ途中で投げ出すような格好
で・・・・・申し訳ないです」
 「楓に付く人間も早く決めないとな。何時までも1人でフラフラさせられないだろ」
 「はい」
 「あいつは母親似だからなあ。別な意味での心配もしなきゃいけない」
 「明日の朝からは付ける様にします。人選は終わってるので」
 「ああ、任せた」
 そこで楓の話を終わらせると、雅行は話を戻す。
組にとって重要な話なのだが、伊崎の頭の中では今だ強張った楓の顔が消えない。
(楓さん・・・・・)
何よりも大切な楓の傍にいられないことが、伊崎にとっては酷く苦痛なことだった。







                               





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