磨く牙










 「酒は飲まないって言ったろ!コーラ!」
 「はいはい」
 子供のような我がままをいう楓に、徹は苦笑しながらも希望のものを注文した。
(全く、どこでも女王様だな)
 家がヤクザ家業という関係で、楓自身は自分が相当周りから敬遠し恐れられていると思っている。
しかし、周りが恐れていたのは楓の後ろから鋭い眼光を光らせていた伊崎の方で、美人で気が強くて、しかしどこかウブで
天然な楓は好かれている存在だった。
それどころか一部の男達の中には熱狂的なファンもおり、違った意味では狙われているといっても良かった。
それをことごとく阻止していたのは伊崎だ。
もちろん本人は全く知らないことだが。
 「面白くないじゃないか」
 楓にとってのジャズは子守唄のように聞こえるようで、時折目を擦りながら小声で文句を言っている。
徹はカクテルを傾けながらニヤニヤ笑った。
 「どうした、随分ご機嫌斜めだな。ひょっとして、欲求不満じゃないのか?」
 「なっ」
 「お前ちゃんと抜いてるか?俺達の歳だったら1日2、3回は当たり前だろ」
 「ぬ、ぬいて・・・・・」
 「あ、それとも、お前だったら女もよりどりみどり。自分で処理なんてしないか」
 「ま、まあな」
 薄暗い店内でも真っ赤になっているのが分かる。もちろん徹は楓がまだ性体験がないことは分かっていたが、からかうと強
がってどんどん墓穴を掘っていくのが面白くて、いつもギリギリまでやってしまうのだ。
(今日は番犬もいないし、もう少し楽しいこと出来るかな)
 「なあ、お前なら知ってるとは思うけどさ。男同士って気持ちいいんだろ?」
 「へ?」
(男同士って・・・・・言ったよな?)
楓は意味が分からずに戸惑ったような表情を浮かべるが、他人が見ると憂いを含んだ誘う表情に見えてしまう。
分かっているはずの徹さえドキッとしてしまう色っぽさで、それが無意識なだけに手に負えないのだが、今日は少しだけでも
味見が出来るかもしれない。
 徹は楓の肩を抱き寄せ、その耳元で囁いた。
 「俺まだ経験ないんだけど・・・・・教えてくれない?」
 「お前が知らないのか?」
頭がよく、夜の遊びも並以上にこなしている徹が知らない事・・・・・楓は興味を持った。
 「男同士って、何するんだ?」
 「気持ちイイコト」
 「だから、何をするんだよっ。もったいぶってないでさっさと言えっ」
 顔に似合わず気の短い楓が怒ったように言うと、徹はますます声を潜めた。
 「ここじゃ説明出来ないな。他に行こうぜ」
 「別にいいのに。それだけもったいぶって大した事なかったら許さないからなっ」
 「分かってるって。ああ、それと、今お前に付いているボディーガード、巻くこと出来るか?」
 「・・・・・出来る」
 元々楓が決めたわけではなく、伊崎が勝手に付けた監視だ。自分が一言言えば、直ぐに引き下がって帰るだろう。
(絶対、恭祐の思い通りになんかならないからな!)
改めて伊崎への怒りがぶり返した楓は、そのまま立ち上がるとまずは入口にいた組員の胸倉を掴んだ。
華奢な楓とは正反対の逞しく大柄な男は、厳つい顔を困ったように歪めた。
 「坊っちゃん、もうお帰りになって下さい。皆さん心配なさっています」
 「うるさい!お前が俺に命令出来る立場か!」
 「も、申し訳ありません」
 傍から見れは、儚げな美少年が大男に絡まれているというふうに見えるのか、周りの客や従業員がザワザワと騒ぎ出した。
警察沙汰は不味いと思った楓はそのまま徹に合図をし、組員を引きずるように表に出た。
そこにはもう1人若い組員が見張りに立っていて、自分の兄貴分である組員が楓に引きずられるように出てきたのを見て、
驚いたように目を見張った。
 「お前ら、これ以上俺に付いて来るな」
 「そういうわけにはいきません。若頭からくれぐれもと言いつかっています」
若頭という単語に、楓はますます反抗するように叫んだ。
 「俺と若頭と、どちらが立場が上だっ?」
 「ぼ、坊っちゃん」
 「とにかく、ここから先付いてくれば、俺は二度と家には帰らない!」
そう言うと、楓は面白そうに傍観していた徹の腕を掴んで、街の雑踏の中に紛れ込んでいった。