磨く牙
9
『とにかく、お色気。お色気作戦でいけ』
徹の全くアドバイスになっていない言葉が、忌々しく頭の中で渦巻いている。
(ほんっとに、あいつは馬鹿だ)
伊崎が楓の色気によろめくぐらいなら、今朝からの無視はどう説明するというのだろう。
「あいつに相談するんじゃなかった」
頬を膨らませて校舎を出た楓は、校門に向かおうとする足を止めた。
「・・・・・」
あれ程激しく楓を抱いて、その翌朝には背中を向けた男。寄り道はしないようにといっていた男の言葉に、素直に従うの
も面白くはなかった。
(確か、今日からしばらくは行き帰り付くって言ってたな)
登校時は徒歩だったが、帰りはどうだろうか。しばらく考えていた楓は、校門には向かわず、裏門も避けて、出入りの業者
が利用する専用通路から校外に出た。
このまま真っ直ぐ帰る気はサラサラなかった。
「ねえ、暇?」
「俺達と遊ぼうぜ」
「先約あるから」
「そんなこと言わないでさあ」
繁華街を歩いていると、ひきりなしに声を掛けられる。男も女も関係なく、年齢もバラバラだが、皆一様に楓の容貌に惹
かれて声を掛けてきた。
今も、楓がチラッと視線を向けると、二人連れの男達は驚いたように目を見張る。
「うわ・・・・・女じゃないのか?」
「制服見ろよ。でも、こんな美人滅多に拝めないぜ」
自分に対しての賛美は聞き飽きているので、楓は大した感慨もなく再び歩き始める。
男達は慌てて追いかけてくると、逃がさないように左右からはさみ込んだ。
「行こうぜ、面白いとこ知ってるからさ」
「何か食べたいものとかない?」
「・・・・・」
(煩い)
何時もよりしつこい男達に辟易し、どうせだったら番犬代わりに徹を連れてくれば良かったと後悔したが、今は自力で切り
抜けなければならない。
はあと溜め息を付いてもう一度立ち止まった時、楓は別の気配を感じて視線を向けた。
(・・・・・誰だ?)
明らかに一般人ではなさそうな男が3人立っていた。
2人はチンピラ風の若い男達で、後の1人はきちんとしたスーツ姿の、体格の良いなかなかのいい男だったが、その視線は
鋭く冷たい光りを持っていた。
(同業者か?)
この辺りは楓の父親が世話をしている場所だ。心配はいらないと思ったが、楓は早くこの場を立ち去った方がいいと直感
的に思った。
「悪いけど、本当に急いでいるから」
しつこいナンパ男達を振り切り、楓は早足で表通りに向かう。タクシーで帰る方が早いからだ。
しかし、
「!」
いつの間に先回りしたのか、タクシーを止めようと上げかけた手を掴んだのは、先程の男だった。
「日向には価値のある宝石があると聞いていたが、話以上の美人で驚いたな」
「・・・・・」
(前言撤回・・・・・いい男じゃなく、かっこつけなだけだ)
「最近、代替わりするという噂を聞いた。息子に跡を継がせるようだが、事実か?」
「・・・・・」
「若頭も、あの伊崎が就いた。単なる代替わりか、それとも目的があるのか、教えて欲しいんだが」
「あんた、どこのもんだ?」
「お前っ、誰に向かって口聞いてやがる!」
チンピラの1人が凄んでくるが、毎日強面の組員達の中で暮している楓は少しも動揺しない。
むしろ切れ長の目で睨み返した。
「聞いてるんだ、答えろ」
たとえ大きな組ではなくとも楓のプライドは相当高く、伊崎を始め周りに大切に育てられた為怖いもの知らずだ。
勝手に縄張りに入り込まれて、簡単に口を開くなど死んでも出来ない。
自分より小柄で子供な楓の、遥かに堂々とした態度。
男は見惚れるように目を細めた後、降参したように両手を上げた。
「確かにこちらの方が礼儀知らずだった」
断りを言えるのは、男が相当大物で懐の大きい持ち主なのだろう。
ますます警戒を強める楓に、男は少し笑みを浮かべながら言った。
「俺は『大東組』傘下、『洸和会(こうわかい)』組長代理、麻生宏和(麻生ひろかず)だ」
「洸和会・・・・・」
近年台頭してきた新興の組の名前に、楓は急に不安が湧き上がってきた。
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