磨く牙



14






 その夜、洸和会と面会したのは、都内赤坂のある料亭だった。
派手で華美なことを嫌う雅行だったが、絶対に秘密の漏れない場所をと考えるとここが一番だったのだ。
 「手筈通りに」
 「はい」
 呼び出した側になる雅行は時間よりも早く到着し、座敷には伊崎だけを連れて他の者は店の内外に配置させると、硬
い表情のまま言った。
 「楓はどうしてる?」
 「今日は真っ直ぐ帰ってらしたと報告がありました」
 「そうか」
 用意された酒に手を出さず、じっと目を閉じていた雅行は、しばらくして障子の向こうから掛けられた声に視線を向けた。
 「お連れ様のご到着です」
 「どうぞ」
入ってきたのは3人の男達だった。
 「これは・・・・・皆さんお揃いで」
 「せっかくの日向の若さんのご招待だ。失礼があっちゃならんのでね」
 洸和会の組長である中園雄平(なかぞの ゆうへい)は、まだ43歳という若さだ。
2年前洸和会を立ち上げ、その強引だとも言える手腕で幾つかの組を吸収し、潤沢な資金力を背景にメキメキと組を台
頭させた辣腕家だ。
その資金力の中心人物が組長代理の麻生宏和で、武力担当の若頭の友平伸二(ともひら しんじ)という、新興にして
はバランスのとれた組だった。
 「先日は、うちの弟が馳走になったようで」
 「いえ、楽しい時間でした」
 麻生の内心の読めない笑みを、伊崎は雅行の後ろからじっと見つめていた。
津山の報告で、この麻生が楓と接触したのは確認しているが、その細部の会話までは把握出来ていない。
しかし、麻生との会話の後で楓が洸和会に行くと言い出したのは確かなので、そこに何かあったのではないかという思いが
燻っていた。
 「そちらは、伊崎さん・・・・・いや、もう若頭とお呼びしなければなりませんね」
 伊崎の鋭い視線を真正面から受け止めて麻生は言った。
 「アナリストとしても優秀だと聞いていますよ。今度ぜひご教授願いたい」
 「・・・・・いえ、こちらこそ教えていただきたいほどです」
 現在の暴力団の大きな資金源になってきている株取引。その中で投資に必要な企業情報の収集、分析をし、的確に
儲ける株を選べる人材は、今どこの組でも喉から手が出るほど欲しい人材だ。
その方法で成功を収めている第一人者は開成会の海藤貴士だが、洸和会の麻生や日向組の伊崎も、表の世界でも
名が出るほどの人材だった。
 事実、伊崎はこれまでも何度か他の組からの引き抜きがあったが、ことごとく断ってきたのだ。
全ては楓の傍にいる為に・・・・・。
 「中園さん、今日ははっきり確認したいことがありまして、ここまでご足労願ったんです」
 資金面ではお互いに困窮していることはないが、組自体の大きさは今や洸和会の方が勝っているくらいだ。
幾ら老舗の組だからといって、何時までも天狗になっていればたちまち吸収されてしまう。
雅行はその事情を踏まえ、何もならないプライドなど捨ててこの場に来ていた。
 「私の結婚の件と、弟の件、どちらも既に解決済みということでよろしいんですよね」
 「・・・・・」
 「中園さん」
 「麻生から聞いたが・・・・・噂以上に美人な弟さんのようだな」
 「それは・・・・・どういう意味ですか?」
 「十分に利用価値はあるってことだ」
 「・・・・・っ」
 「若」
その言い方が侮辱されたような気がして、雅行は思わず立ち上がりそうになったが、後ろにいた伊崎がパッと雅行の膝を押
さえた。
 「・・・・・すまん」
 「いえ」
 伊崎の方こそ、今この瞬間視線だけで中園を殺せればと強く思っていた。大事な楓を取引材料にされるだけでも激情が
抑えられないほどなのに、女のような言い方をされると身体が目的なのだと宣言されているようで、伊崎は雅行を押さえて
いない方の手を強く握り締めた。
(こいつ・・・・・!)
 「あんたに女を押し付けるのは約束通り無しだ。ただ、弟さんの方は・・・・・」
 「楓の方はっ?」
 「本人がいいと言えば、こちらは喜んで受け入れる。ああ、心配しなくても、それこそ舐めるように・・・・・可愛がってやるぞ」
 「お前!」
とうとう我慢出来なくなった雅行が怒りの形相で中園に掴みかかろうとすると、一瞬早く2人の間に立ちふさがった友平が
雅行の腕を掴んだ。
 「く・・・・・っ!」
 「どうする?弟1人の為に、戦争始める気か?」
 中園は笑いながら雅行を見ている。
掴まれた腕を振りほどこうとする雅行の前に、突然伊崎が回りこんだ。
 「伊崎っ?」
 「申し訳ありません」
 伊崎はその場に土下座した。
 「我々は戦争するつもりはありません。その腕を離していただけませんか」
 「・・・・・ふん」
あわよくばこのまま雅行に手を出させ、それを口実に無理難題を押し付けてくるか、最悪抗争を仕掛けるつもりだったのか
もしれない。
組長である雅治の意向も聞かずにそこまで話をこじらせるのは得策ではなく、伊崎は自分の頭を下げたのだ。
 「つまらん」
 一言言い放ち、中園は出て行く。続いて友平が雅行の腕を離して悠然と出て行った。
 「伊崎さん」
最後に残った麻生は畳に膝を付く伊崎を見下ろし、口元に笑みを浮かべて言った。
 「楓君によろしく」







                                    





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