磨く牙
15
「くそっ」
洸和会の一行が立ち去ると、雅行は悔しそうに舌打ちをして酒を一気に飲んだ。
「申し訳ありません、若。若の顔を潰すような真似をして・・・・・」
「いや、お前があそこで収めてくれて助かった。・・・・・ありがとう」
素直に礼を言えるのもここの兄弟の特徴だ。
そう考えると、否が応でも今の不愉快な会話を思い出して、伊崎はどす黒い思いが沸きあがってくるのを止められなかっ
た。
今の会話からすれば、どう転ぼうが楓を手にすると言われた気がする。
「若、あちらはどういうつもりで楓さんを欲しがるんでしょうか?」
「ああ、俺も不思議だ。確かにあいつは人並みはずれて顔はいいが、それだけだ。まさか、高校生の子供を取引の時の
土産に差し出すわけじゃないだろうが・・・・・」
そこまで言って、雅行は自分の想像に吐き気がした。
接待で女を用意することはあるが、それはもちろん女も承知で、相応の報酬を手にしている。
男を、ということは聞いたことはないが、まだ子供の楓が、醜い中年の男にのし掛かられて泣き叫ぶ姿を想像するだけで、
雅行は1人でも洸和会に殴り込みを掛けたい衝動に駆られた。
「伊崎、絶対に楓から目を離すな」
「はい」
雅行以上に楓に執着している伊崎に異存はない。
雅行と同じようなことを想像し、その痴態を実際に知っているだけに怒りは深い。
「絶対に楓さんは渡しません」
学校から帰った楓は、珍しく父親の雅治と夕食を取った。
幼い頃は食事だけでもと時間を取っていた雅治だが、子供が大きくなるにつれ仕事を優先させるようになっていた。
そうは言っても、出来るだけ楓といたい雅治は、何かと理由を付けて時間を空けていたが・・・・・。
「ごちそうさま」
きちんと手を合わせて言う楓を目を細めながら見つめ、雅治は家では常に着ている着物の懐から財布を取り出した。
「小遣いは足りてるのか?何か欲しいものがあるなら、わしに言いなさい」
「ん〜、今のとこないよ」
「本当に?」
「うん。俺って意外と物欲ないんだよ」
(欲しいのは伊崎だけだから・・・・・)
そう考えた楓は、あっと思い出したように雅治を睨んだ。
「俺、まだ怒ってるんだからね」
「ん?何をだ?」
雅治にとっては楓の睨みなど可愛いものだ。
反対に、こんな顔も可愛いなあと思いながら目じりを下げた。
「伊崎を俺の守役から外したこと!せめて相談ぐらいしてよ!」
「そうは言っても、あれは伊崎の希望でもあるしな」
「伊崎が俺から離れたいって言ったわけっ?」
「いや、そういうことじゃなく・・・・・」
それには色々組の事情もあるのだが、楓にそこまで話す気はなかった。
「父さんってば!」
「いや、だから・・・・・」
何と言って誤魔化そうか考えながらも、久しぶりの楓とのスキンシップに雅治は内心喜んでいた。
「ほんっと、頑固ジジイなんだから!」
結局、雅治から何も聞き出せなかった楓は、ムッと口を尖らせながら部屋に戻った。
中までは津山も付いてこないので、ずっと見張られていて強張っていた肩を叩いていると、机の上に置きっ放しにしていた
携帯が目に入った。
「あ、メールきてる」
楓と知り合いになりたいという人間は無数にいるので、楓は滅多に番号やアドレスを教えない。仮に誰か知らない人間が
どうにか調べて電話を掛けてきたら、速攻で電話自体を変えるくらいだ。
理由はただ1つ、気味が悪いから。
自分から連絡をするという面倒なことをしない楓の携帯は、ほとんど受信専用のようになっていて、今もメールの内容は
遊びに出てこないかという誘いのメールだ。
「どうしよっかな」
勝手に出歩くなと、周りから煩いほど言われているが、言いなりになるのも面白くない。
(ちょうど、兄さんも伊崎もいないし・・・・・)
楓はドアを見つめる。この向こうには、確実に津山がいるはずだ。
どうすれば屋敷の外に出られるのか、既に遊びに出かけることを前提として、楓は津山の目をくらます方法を考え始めた。
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