磨く牙
16
10分ほど前伊崎から連絡があり、後1時間もしないうちに戻るとの旨を受けた。
どんなことがあっても楓から目を離さないように言われている津山は、楓の部屋の前の廊下で身じろぎもせずに立っていた。
津山は組長である雅治を尊敬していたが、チンピラだった自分をここまで持ち上げてくれた伊崎を崇拝していた。
その伊崎に直々に頼まれているのだ。絶対に失敗など出来なかった。
「・・・・・津山、そこにいる?」
ふと、部屋の中から不安げな声が聞こえた。
「坊っちゃん?」
「ねえ、ちょっと・・・・・中に入ってきて」
楓が自分を嫌っているのを自覚していた津山は少し戸惑ったが、その言葉に逆らうことはせず、軽くノックをしてドアを開けた。
「坊っちゃん、何かありましたか?」
ベットの上に腰掛けた楓が、真っ直ぐに津山を見ている。
「俺、どうしたらいいかと思って・・・・・」
「・・・・・」
「伊崎にも言えないし、津山なら口が堅そうだから」
普段気が強過ぎるほど強い楓の弱々しい態度に津山は内心驚きながらも、そのまま楓の次の言葉を待った。
「これ・・・・・父さんや兄さんが見たらどう思うかな」
言葉と同時に着ていたシャツのボタンを外すと、楓はパッと前を広げる。
「!」
真っ白な肌の上に散らばる無数の痕に、津山は思わず視線が釘付けになってしまった。
首筋から鎖骨、胸から腹へと、まるで所有の証のように刻まれている痕。それは薄いものから濃いもの、噛み跡さえあった。
到底女が付けるとは思えない。
(まさか・・・・・)
付けたのは男の可能性の方が高かった。幼い頃からその容貌のせいで男達から言い寄られ続けていると聞いているし、
今現在のこの美貌からすれば不思議ではない。
まだ子供の楓は抵抗出来ずに、卑劣な手段でその身体を汚されたのかもしれない。
津山は表情を引き締め、自然と低くなる声で言った。
「どこの野郎です?名前は分かりますか?」
「・・・・・津山」
「はい」
「俺、汚い?」
「まさか!」
鋭い声で否定すると、突然楓は津山に抱きついた。
「本当にそう思う?」
「坊っちゃん・・・・・」
見下ろすと、襟首から見える背中にも痕が見える。付けた相手の楓に対する執着の程が分かるぐらいだ。
「・・・・・」
今までこんなにも密着したことはなかったが、こうして見るとやはり楓はずば抜けた容姿の持ち主だ。
体付きもほっそりとしなやかで、肌はきめ細かくしっとりと手に吸い付くようだった。
今までそれなりに経験がある津山でも、これ程の美貌と肌の主に会った事はない。
「坊っちゃん・・・・・」
津山は自分の喉が渇くのを自覚した。
(堕ちた・・・・・のか?)
津山に抱きついたまま、楓はチラッと視線を上げる。
普段無表情な津山の顔の変化はよく分からないが、僅かに顰められた眉と抱きとめる手の強さで、津山が少しは動揺し
ているのだろうとは感じ取れた。
(この後・・・・・どうしようかな)
津山の監視の目を逃れる方法・・・・・楓はベタだが色仕掛けを考えた。
実際に身体を使わなくても、生々しい痕を見せるだけでも十分だと、出来るだけ効果的に伊崎の残した痕を見せ付ける。
まさか、自分と伊崎がそんな関係だと知らないはずの津山は、早々に兄か伊崎に連絡を取るに違いない。
その隙に部屋を抜け出してやろうと思った。
その後にあるだろう騒ぎは取りあえず考えないこととして、とにかく楓は監視の目から逃れたかったのだ。
「津山?」
なかなか反応が返らない津山に、楓はもう一度名前を呼んでみる。
「ねえ」
「・・・・・坊っちゃんは汚れてなんかいません」
「本当?」
(何だよ、もっと早く反応してよ)
「不安ならば、私が消してあげましょう」
「え?」
いきなりベットの上に押し倒され、楓は呆然と津山を見上げる。
切れ長の津山の目が欲情に濡れているのに気付いた時、楓は本当の恐怖を感じて身体を震わせた。
「な、何を・・・・・する気だ?」
「嫌な記憶は、快感で上塗りすればいいでしょう」
「!」
言葉と同時に唇を塞がれ、楓は目の前にいるのが従順な組員ではなく、自分を食らうことの出来る雄だということに初め
て気がついた。
(嫌・・・・・だ!)
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