磨く牙



20






 驚きはあった。
しかし、伊崎はそれで納得した。
(こいつ、やっぱり楓さんのこと・・・・・)
あれだけ自分に対して敵意を持った目を向けてきたのは、自分と楓の関係に気が付いたということと、その楓に対して津山
がある種特別な思いを抱いているからだということがはっきりした。
楓に対しての想いに後ろめたい思いなどなかったが、それだけの心境の変化があるほど、2人の間に何があったのか、伊崎
はその方が知りたかった。
 「それで?」
 落ち着いた伊崎の反応が予想外だったのか、津山は更に目付きを鋭くさせた。
 「今のあなたは若頭という立場になった。今までのように楓さんに掛かりきりというわけにはいきませんよね?これを機に、楓
さんのことは私に預けてください」
 「津山?」
 不安そうな楓の声に、この津山の行動が楓にとっても予想外だということが分かる。
楓の中の津山の位置が見えて、伊崎は内心ホッとしていた。
(津山の思い込みだな)
 「津山、楓さんのことに関しては、一切お前に譲るものは無い」
 「恭祐っ?」
 はっきり言い切った伊崎の言葉の意味をどう捉えたのか、楓の表情は何時になく不安げで、伊崎は今すぐにでも抱きし
めたいと思う気持ちを抑えるのに苦労しなければならなかった。
 「今度の洸和会との対面も、俺1人いう条件だ。お前は事務所で待機してろ」
 「伊崎さん!」
 「お前は俺の覚悟がどれ程のものか知らないだろう」
 「散々楓さんを弄んで、後は知らない顔をしているあなたがですかっ?」
 「俺の気持ちは楓さん以外知る必要は無い」
 「・・・・・っ」
 「楓さん」
 「な、何?」
 怯えたように上目遣いで伊崎を見る楓はとてつもなく愛らしく、津山に見せ付ける為にも、そして自分自身の気持ちを楓
にぶつける為にも、伊崎は普段のストイックな姿からは想像出来ないような行動に出た。
 「きょ・・・・・っ!」
 「!」
 伊崎は小さな楓の頭を片手で引き寄せると、その髪を少し引っ張るように顔を上向きにさせ、突然の行動に目を見開いて
いる楓と視線を合わせたまま噛み付くようなキスを与えた。
 「んんっ」
抗議をする為に開いた口の中に無遠慮に舌を差し入れた伊崎は、思う様楓の口腔を蹂躙する。
荒い息遣いと舌の絡み合うペチャペチャという音が耳元で響き、楓は顔を真っ赤にさせてギュッと目を閉じた。
 「・・・・・」
 唾液さえ全て奪うようなキスを楓に与えながら、伊崎は視線だけを津山に向ける。
蒼白な顔色のまま、じっと2人を見ている津山の心中は分からない。
しかし、この件が片付いたら、どんなことをしても楓を手に入れようと決意している伊崎にとって、どんな立場の男でも容赦
なく切り捨てる覚悟は出来ていた。
たとえ組にとって有益な人材でも、楓に手を出そうとするならば・・・・・。
声に出さない伊崎の心中を感じ取ったのか、津山は伊崎の口付けに翻弄される楓をただずっと見つめ続けていた。



 どうして津山の前で伊崎がキスを仕掛けてきたのか、その夜ベットに潜り込んだ楓はなかなか眠れなかった。
あれだけ楓と距離をとろうとしていたようだったのに、伊崎は時折爆発したように欲情をぶつけてくる。
それが単に楓の身体が目的なのか、それとも本当に愛情を持っているのか、まだまだ子供の楓には判断がつかなかった。
 伊崎ほどの大人の男なら、今までもそれなりの経験を積んでいるだろう。組関係で玄人の女を相手にしたこともあるだろ
うし、そんな女達と比べられれば、楓など自慰の延長でしかないはずだ。
(だったら、恭祐は、もしかして本当に・・・・・)
 自信が持てなかった。
自分でも自覚するほど俺様気質な楓でも、恋愛に関しては全くの初心者だった。
 そして・・・・・。

 「おやすみなさい」

 静かに部屋を立ち去った津山のことも気になる。
考えがあったとはいえ、楓の身体に性的に触れた男だ。泣いた楓に身体を蹂躙することを止め、必ず守るといってくれた男
だ。
今の楓には、津山を簡単に切り捨てることは出来ない。
 「明日・・・・・なんていうんだろ・・・・・」
 そして、洸和会との対面だ。
伊崎が付いてくれているとはいえ、あの自信家の男に再び会わなければならない。
 「・・・・・怖いよ・・・・・恭祐・・・・・」
二度と手を出さない代わりに何を要求されるのか、頭の中では様々なことが渦巻いて、楓は夜が更けるまで眠ることが出
来なかった。