磨く牙



22






 「何か食べないか?」
 「いえ。今日は話を聞きに来ただけなので」
 以前会った時とは全く違う楓の頑な態度に苦笑すると、麻生は手酌で酒を注ぎながらからかうように言った。
 「この間は随分怒っていた様に見えたが・・・・・もう機嫌はよくなったのか?」
 「・・・・・父や兄からきちんと事情を聞いたので」
 「麻生代理」
それまで黙って控えていた伊崎が、不意に2人の会話に割り込んだ。
緊張していたのか、楓はあからさまにホッとした表情を浮かべ、麻生は訝しげな視線を向けた。
 「今回限りでこの話は流してもらえるとの事ですが、条件は何ですか?」
 「条件?」
 一方的にコナをかけられた形なので不本意だが、麻生がただでこのまま引くとは思えなかった。
これ以上楓の神経をすり減らさない為にも、出来るだけ早く話を終わらせようと、伊崎はいきなり核心を突いたのだ。
 「老舗といっても、今の現状ではそちらの方が資金面でも人材でもうちの上をいっているはずです。こう言ってはおかしいか
もしれませんが、うちの組長は他人を足蹴にしてのし上がるタイプでもない。あなた方がどうしてうちの組に目を付けたのか、
それさえも今もって分からないくらいだ」
 「分からないか?」
 「ええ。今までそちらとは何の諍いもなかったはずです」
 「・・・・・まあ、俺達も、今更日向組のシマを欲しいと思っているわけでもない。人材という点でも、モノになりそうな若い
奴はあんたしか思い浮かばないくらいだ、伊崎」
 「・・・・・恐れ入ります」
 「まあ、一番うちにとって有益なのは、そこの坊っちゃん、楓君だ」
 「お・・・・・れ?」
 思い掛けなく自分の名前が出てきて、楓は戸惑ったように麻生を見つめた。
 「ああ。楓君には価値がある。知らないだろう?他の組の連中も、君に目をつけていたのを。たまたまうちが一歩早く話を
持って行っただけだ」
 「・・・・・どうして俺が?」
 「今の世の中、口も尻も軽い女より、綺麗な少年が好きだって言うお偉いさんは意外と多くてね。うちも政財界のお得意
さんから頼まれていたんだ。生まれも容姿も飛び切りの子を用意して欲しいって」
 「!」
 ようやく、楓は自分が売春婦として求められていたことに気が付いた。
プライドの高い楓にとってそれはこの上も無い屈辱で、一瞬にして身体中の血が沸騰したのが分かった。
 「楓君なら間違いなく相手も満足する。いや、骨抜きになる男が続出するだろう。そうなれば君だって男達の地位や財産
を自由に手に入れることが出来る。楽して権力を握れるんだ、悪い話じゃないだろう?まあ、その前に俺にも味見をさせて
もらいたいが」
 「ふざけるな!」
堪らずに叫ぶと、楓は麻生の前に仁王立ちになった。
 「この俺がお前達の為に身体を差し出すと思うのかっ?」
 「出来ないか?」
 「当たり前だ!男の俺が、好き好んで男に足を開くか!」
 「・・・・・怒った顔も美人だな」
 「お前・・・・・っ」
 思わず掴みかかろうとした楓を 伊崎は後ろから抱き止めた。
 「楓さん、落ち着いて」
 「恭祐!」
 「大丈夫、私がいます」
 「・・・・・っ」
荒く上下していた肩が自然と小さくなり、やがて楓は伊崎の腕の中で小さくなった。
今までも自分が同性からある種の欲望の対象として見られているという自覚はあったが、こんなにあからさまに、性の道具
として見られているとは思わなかった。
伊崎と関係を結んだとはいえ、根本では楓はまだまだ子供で、そんな楓にとって今の状況は耐え難いものだった。
 「麻生さん」
 震える楓の肩を抱きしめたまま、伊崎はあえて敬称を付けずに麻生を呼んだ。
 「うちの総意は以前伝えた通りだ。楓さんのことは諦めてもらおう」
 「ここまで来て?」
 「嫌なら戦争をするまでだ」
 カタッと、友平が杯を置いた音がして、楓は伊崎の肩に顔を埋めたままビクッと震える。
 「・・・・・本気か?」
 「はい」
しばらく、3人の睨み合いが続いた。
正確には伊崎が2人を相手にしている形で、楓は何も出来ないまま伊崎の腕を掴んでいた。
 「・・・・・男の尻のことで戦争起こしたとあっちゃ笑いもんだ。麻生、諦めるしかないようだな」
 最初に口を開いたのは友平だった。武闘派と言われている友平だったが、この場では一番冷静に場を見ていた。
このままごり押しをすれば、日向組が抗争を仕掛けてくるのは間違いないだろう。日向組の雅行のバックには、あの開成会
の海藤が付いている。
下手に事を起こせば、こちらの尻に火が付きかねないだろう。
 しかし、簡単に楓の事を諦めきれない麻生は、楓を抱きしめたままの伊崎に向かって言った。
 「確かに。子供1人の為に戦争は起こせない。ただし、お前の決意の程を見てみたい」
 「決意?」
 「ああ。俺達が見ているこの場で、そこの坊っちゃんとセックスしてみせてくれ」