磨く牙



28






 泣きそうなのをじっと堪え、まるで睨むような真っ直ぐな視線を向けてくるのは昔と変わらない。
楓のそんな嗜虐心をそそる様な姿は、男から見れば極上の媚態だろう。
(俺以外に見せるつもりはないが・・・・・)
 伊崎は立ち上がると、無言のまま楓の前に歩み寄った。
 「な、何だよ」
 言葉の威勢とは裏腹に、無意識なのか伊崎のパジャマをギュッと握り締めてくる。
一瞬でも伊崎を失うかもしれないと思った恐怖感のせいか、その存在を腕から逃すまいとしているようだった。
 「洸和会の一件が済んだら、楓さんに伝えたいことがありました」
 「・・・・・何」
頭の中では悪いことばかりが渦巻いているのだろう。
楓は声を震わせて聞き返してきた。
 「私のものになってください」
 「・・・・・え?」
 何を言われたのか分からないのか、楓は無防備な顔を向けてくる。
伊崎はそっと楓の唇に重ねるだけのキスをした。
 「ずっと、あなたを愛していました。身体だけではなく、その心も私のものにしたいと思っていました」
 「・・・・・嘘だ」
 「楓さん」
 「だって、だって、恭祐、俺の傍からどんどん離れようとしたじゃないか!俺の知らない間に、勝手に若頭になっちゃって、俺
より兄さんを取ったんだって・・・・・っ!」
 「全てあなたの為です」
 「恭祐」
 「洸和会があなたに手を出そうとしていることが分かってから、組長と若と私は何度も話し合いました。相手と交渉するに
は、それなりの地位が必要だと、ずっと避けていた役職にも就く決心をしたんです。楓さんより若を選んだということはありま
せん」
 「・・・・・」
 「それに、あなたを避けていたのは・・・・・あのまま傍にいたら、何時手を出してしまうか、自分でも自信がなかったからです。
どんどん綺麗になっていく楓さんは俺には眩しくて・・・・・でも、まだ子供だと、高校を卒業するまではと、ずっと我慢をしてき
ました。それなのに・・・・・楓さんは、遊びで男と寝てきた」
 「あ、あれは!だって!」
 言い訳しようにも、興味半分で牧村と戯れたのは事実だ。
それだけでなく、津山にも、麻生にも、考えなく身体を差し出そうとした。
今・・・・・伊崎を好きだと知った今では、とても出来ないことだが。
 「思い掛けなくあなたを抱けて、想いはいっそう膨らみました。誰にも渡さない、楓さんは俺だけのものだと・・・・・」
 伊崎はそっと楓を抱きしめる。
ほっそりとしたしなやかな身体は、伊崎の手を拒まなかった。
 「知られれば、きっと組を破門にされることは分かっています。組長にとっても、若にとっても、日向組の皆があなたを大切
にしていることは分かっていましたから・・・・・私を選んで欲しいとは、直ぐに言えなかっ・・・・・!」
 伊崎は最後まで言葉を言えなかった。
楓が強烈な一発を、その頬に浴びせたからだ。
 「楓さん」
 つい先程までの泣きベソを書いていた子供の顔はその場になかった。
今伊崎の目の前にいるのは、何時もの見慣れた、少し傲慢で、自信に満ちた、そして強烈な魅力を放つ生き物だった。
 「俺を見くびるな」
 「・・・・・」
 「俺を欲しいと思うならはっきりとそう言え。俺は嫌だったらはっきり拒絶するし、受け入れるなら他のどんな問題も乗り越
えてみせる。ずっと一緒にいてそれも分からなかったか」
 「・・・・・そうでしたね。あなたは何時でも怖いくらい真っ直ぐな人だった」
 伊崎は苦笑を洩らした。
どんなに策を労したとしても、結局楓は自分の気持ちに正直でいるはずだ。
 「では、改めて言ってもいいですか?楓さん、俺のものになってください」
 「・・・・・嫌だ」
 きっぱりと言い切った楓は、思い掛けない返事に呆然と青褪める伊崎のパジャマの襟を不意に掴むと、グイッと自分の目
線にまで引き寄せて言った。
 「俺は誰のものにもならない。だから恭祐、お前が俺のものになれ」
 「かえ・・・・・」
奪うように重ねたキスは、伊崎に教えられた通りのキスだった。



 想われていると分かった後のキスに、楓は自分で仕掛けていながらフワフワとした気分になっていた。
 「きょーすけ・・・・・」
ここが病室だとか、まだ陽が明るいとか、伊崎が病み上がりとか、いっさいが頭の中から消え、楓はただ大好きな伊崎の全
てを今ここで自分のものにしたいと思った。
 伊崎をベットの端に腰掛けさせ、何時もとは逆に自分の方が上から見つめる視線になると、楓はそのまま伊崎をベットに
押し倒した。
 「楓さん」
 「文句は聞かないぞ」
 「違います。俺も楓さんが欲しいんですが、せめてドアに鍵を閉めませんか?」
 「見られたら恥ずかしいのかっ?」
 「いいえ、俺が楓さんの綺麗な身体を見られたくないんです」
 「・・・・・!」
 改めて聞くと恥ずかしい言葉だが、楓も伊崎の身体を誰にも見せたくはない。
パッと伊崎から離れてドアに鍵を閉めていると、伊崎は立ち上がって窓のカーテンを閉めていた。
まるで今からするぞといった感じだが、躊躇う時間はもったいないと思った。
 「恭祐」
 「はい」
 「お前は今まで俺以外・・・・・女も抱いてきたよな?」
 「はい」
 「・・・・・」
(少しは躊躇え、バカッ)
 楓は思わず伊崎を睨んだ。
 「その女達と比べても、俺は1番だよな!」
 「処理に使った女達と比べたこともありません。俺にとっては楓さんだけが愛しい存在です。あなたのものになれたんなら・・
・・・他の誰も必要ありません」
 「・・・・・酷い男だな。でも、その答えは気に入った!」
楓は伊崎に駈け寄ると、嬉しそうに笑いながらギュッと抱きついた。