磨く牙










 既に時計の針は深夜1時を回っている。
古めかしい大きな日本家屋の門前で、楓はどんな言い訳をしようか考えていた。
病気で入院中の母親以外の家族、父と兄は一緒に暮しているし、他にも大勢の組員達も同居している。
誰にも気付かれずに中に入ることは不可能だし、第一庭には誰かが立っているだろう。
 「全く、徹の奴・・・・・」
 楓の媚態に煽られた徹は、時間を延長してまで行為を続けた。
何も知らなかった楓は一晩にして男同士のセックスというものがどんなものか思い知った。
(最後までしてないって・・・・・あれ以上何するんだ?)
 楓がその気になったらとウインクと共に言っていたが、男同士であれ以上何をするかなんて全く想像出来ない。
とにかく今夜は徹の口で2回、手で1回射精させられ、楓の身体は疲れきっていた。
 「・・・・・っ、何ビクつく必要があるんだ?」
 自分はここの息子だと自身に言い聞かせながら、楓はワザと音をたてて門を開いた。
 「ぼっ、坊っちゃん!」
何時もの様に立っていた当番の組員が、楓の姿を見ると慌てて飛んできた。
 「父さん達は?」
 「組長は既に休んでおられます。若はまだ・・・・・坊っちゃん、一体今までどこに・・・・・」
 「うるさい」
 門番の組員を振り切ると、その勢いのまま玄関の引戸を開ける。
 「!」
広い玄関の廊下の真ん中で、正座をしたまま真っ直ぐこちらを向いている伊崎がいた。
もしかしたらという思いが無かったわけではないが、一部の隙もない身なりのまま、無表情で座っている伊崎は静かな重圧
感がある。
 一瞬後ずさろうとした足を辛うじて踏ん張り、楓は頭の隅で気になっていたことを言った。
 「岡本と佐々木はどうした」
自分に付いていた護衛の二人がどうなったのか聞くと、伊崎は抑揚のない声で答えた。
 「今頃病院でしょう」
 「病院?」
 「守るべきあなたを見失ったのです。アバラの一本や二本、折れてもしかたがありません」
他人事のようにいう伊崎にカッとした楓は、土足のまま廊下を歩くと、座った伊崎の胸倉をつかんだ。
本来なら何時も見上げていた伊崎の目が自分の下にある。
 「お前がやったのかっ?」
 「私が手をくだすまでもありません」
 「恭祐!」
 「それよりも、楓さん、今までどこにいらっしゃいました?」
 「お前には関係ないだろう!それより・・・・・」
 「関係はありますよ」
 伊崎は胸倉にある楓の手を反対に掴む。
その力の強さに楓が眉を潜めても、今日の伊崎は全く容赦しようとしなかった。
 「風呂に入りましたね。髪が濡れているし、香りも違う」
 「はっ、離せ!」
 「どこで風呂に入りました?・・・・・誰と?」
 「お・・・・・前、どうしたんだ?何時もの伊崎じゃない!」
 「これが本来の私ですよ」
 「嘘だ!」
 昨日までの伊崎なら、まず楓の嫌がることはしなかったし、根掘り葉掘り行動を詮索する事はなかった。そうしなくても何
時も一緒にいたからというのもあるが、楓の知る伊崎は何時もどんな時も楓の味方だった。
(こ・・・・・こわい・・・・・)
冷たい目は、何時もなら楓を害する者に対して向けられていたものだ。
楓は怖くなって何度も手を振り払おうとしたが、伊崎の力は一向に弱まることはなかった。
 「言えないのですか?」
 「い、言う必要がない」
 「・・・・・もう一度聞きます。どこで、誰と一緒だったか、正直に私に答えて下さい」
 「くどい!言う必要がないと言っただろう!」
 「分かりました」
 「なっ、うわ!」
 不意に伊崎は楓の細い腰を抱え上げた。宙に浮いた足をバタつかせるが、伊崎は少しもバランスを崩すこともなく、そのま
ま楓の部屋に向かう。
 「下ろせ!」
 「話して頂きますよ、どんなことをしても」
 「と、父さんや兄さんが・・・・・」
 「お二人の許可は頂いています。たっぷりと灸をすえてやれと。・・・・・覚悟なさい」
今まで見たことのない伊崎の態度に、楓は思わずゴクッと唾を飲み込んだ。