未来への胎動




20







 あの男・・・・・浅間の言葉は、悔しいが当たっている。
自分の周りは皆甘いし、楓自身、甘えているという自覚があった。特別な家庭環境にいる自分は、周りとは少し違うの
だ・・・・・そんな風に思っていた。
(でも、それって・・・・・)
 しかし、世間から見れば、楓は高校3年生の、18歳。自分のことは自分で決めることが出来る歳でもあるのだ。
逃げてばかりは・・・・・いられなかった。
 「俺・・・・・ずっと、考えてた。組のみんなと一緒にいられるように・・・・・兄さんや恭祐の役に立ちたいって。それには、
自分1人だけ、ぬるま湯に浸かることは出来ないって思ってたけど、今のままじゃ、俺は何時まで経っても日向組のお坊
ちゃんでしかいられない」
 「楓さん、それは」
 「それは、多分これからだって変わらないことだとは思うけど、それだけじゃ駄目だってこと・・・・・恭祐だって分かってるん
だよな」
 大学に進学せずに組に入ったとしても、自分は守られるだけの存在になってしまう。それは、楓の望んでいるものではな
かった。
(それに、あの男に言いっぱなしにされているというのも我慢出来ない)

 「自分の生きる方向も決めないまま、こうして何時までもブラブラしているだけじゃ、今の俺の言葉と大差ない未来しか
ないぜ、オジョウちゃん」

(そんなこと、絶対に言われたくない・・・・・っ)
 「あの男を見返してやる」
 「・・・・・楓さん?」
 「あいつと、対等に向き合って対決出来るようにする」
 そう言った楓は、口元に笑みを浮かべた。
 「俺、大学に行って、弁護士になる」
きっぱりと言い切ると、伊崎が思い掛けない言葉を聞いたかのように目を見張る様子が分かった。
(恭祐の驚いた顔・・・・・珍しい)




 「弁護士?」
 それは、伊崎も予想していなかった楓の決意だった。
浅間にあんなふうに発破を掛けられた楓が、そのまま日向組という安全圏の中に逃げ込むとは考えられず、きっと大学進
学を考えてくれるのではないかと思っていた。
 しかし、それはあくまでも社会に出るまでの猶予期間で、その間に日向組のため、そして自分のために何をするべきか、
ゆっくりと見つけてくれたらいいと思っていたのだ。
(それが・・・・・弁護士?)
 「・・・・・本気ですか?」
 「ああ」
 「・・・・・安易な道ではありませんよ?」
 「分かってる。でも、俺は弁護士になって、あの男を見返してやりたいんだ。組員達のどんな小さな事件も俺が出て行っ
て助けてやって、金持ちからは金をぶんどって。こういう世界だから客には困らないだろ?」
 確かに、好んでヤクザの弁護をする弁護士など多くは無く、それぞれの組が金を出して勉強をさせ、資格を取った者を
組の専属とするところが多い。
それでも、腕のいい弁護士が足りないと、以前大東組の宴席に呼ばれた楓は聞いていたのだ。
 「俺は、馬鹿じゃない」
 「楓さんの成績が良いことは分かっています」
 「負けず嫌いだ」
 「頑張り屋ですね」
 「悪徳弁護士になって、正々堂々と趣味は金儲けですって言ってやる」
 「・・・・・美人弁護士と評判になりそうだ」
 楓の成績ならば、絶対に不可能だということも言えない。努力家の楓は、目標を決めたらそれに向かって突き進んでい
くだろう。
 ただ、弁護士になるということは、表に顔を晒すということでもあり、楓の容姿のことを考えれば、不特定多数と係わりを
持つ仕事はあまり賛成出来ない。
 それに、弁護士というのは想像以上に激務だ。楓と会うこともままならなくなるのは確実で・・・・・。
(・・・・・俺は、自分のことばかり、考えている)
楓が、自分だけのもので無くなるのが嫌だから、せっかくの彼の決意を反対しようとしている。
 その事実に唐突に気付いた伊崎は、自嘲するしかなかった。楓のためにと言いながら、確かに自分は浅間の言った通
り、楓を一生囲って、面倒を見るつもりだったのだ。
(出来るはずが無いのに・・・・・)
自由に羽ばたく楓を、幾ら恋人とはいえ、自分が引き止めることなど出来ない。
 「・・・・・恭祐」
 楓が、自分の名前を呼んだ。顔を上げると、不安そうに視線が揺れている。
 「恭祐は、反対?」
 「・・・・・」
 「俺には無理だって思う?」
 「・・・・・いいえ」
無理ではないからこそ、簡単には頷けない。それでも、最終的に伊崎が思うのは、楓の望むことを叶えてやりたいというこ
とと、自分達が離れないでいるということだ。
 「私は、何時でも楓さんの味方です」
 「じゃあ?」
 「今の勉強にどれ程役に立つかは分かりませんが、厳しい家庭教師をさせていただきますよ。仕事柄、多少は法律関
係も勉強していますしね」
 「恭祐!!」
その瞬間、楓が抱きついてきた。




 やはり、伊崎は自分のことを一番に分かってくれる相手だった。
高校を卒業するこんな間際になってから、いきなり弁護士を目指すと言っても、頭から無理だろうとは言わず、一緒に学
んで行こうと言ってくれた。
 楓自身、組の役に立つこと=弁護士になるということはさっき思いついたことだ。刑事である浅間と堂々と渡り合える立
場というのを考えると、それしか思いつかなかった。
 もちろん、難しいことも分かっているし、簡単になれる職業ではないと思うが、頭の中にポンッと浮かんできた瞬間、楓は
目標が出来たと感じてしまった。
組のために、伊崎のために、そして、自分自身のために、この目標を絶対にこの手に掴んでみせると思う。
 「そうと決まったら、入学届けを出す学校も決まりますね」
 「法学部じゃないぞ?浪人して、来年受けなおした方がよくないか?」
 「それでは1年が無駄になってしまう。1年、頑張って、編入するという方法もあるはずですし」
 「学部の移動って出来るのか?」
 「多分、大丈夫だと思いますよ。今は学生の数も少ないですし、その辺は大学も寛容じゃないでしょうか。もちろん、そ
れに見合う学力が必須条件でしょうが」
 大学の法学部受験からやり直さないといけないかと思ったが、伊崎の話では他の選択もあるようだ。
それに、考えたら法律の勉強ばかりではなく、もっとバラエティにとんだものを学びたい。それはきっと、将来の自分に役立
つはずだ。
 「明日、組長や相談役に報告しましょう」
 「今から行く?」
 早い方がいいのではないかと思ったが、そんな楓の身体を伊崎が抱きしめてきた。
 「せっかく、組長から時間を頂いたんです。あなたをこのまま抱きたい」
 「・・・・・っ」
(きょ、恭祐がそんなこと言うなんて・・・・・)
普段はこちらが焦れてしまうほどに、兄のことを気にする伊崎が、こんな風にあからさまにセックスの誘い文句を言うのはと
ても稀なことだ。
 「嫌ですか?」
 「嫌なわけないだろ!」
 ここのところ、進学問題でもめていたせいか、伊崎とはセックスはおろかキスだってほとんどしていない。飢えているのは
自分も一緒なのだと、楓は伊崎の首にしがみ付き、長身の彼を屈ませて唇を押し付けた。
 「ん・・・・・っ」
 直ぐに、口腔の中に侵入してくる伊崎の舌。それに自分の舌を絡ませながら、楓は目を閉じ、その快感に素直に身を
委ねる。

 クチュ

背中に回った腕はしっかりと楓を支えてくれて、いやらしく響く水音に身体を震わせながら、楓は早くと抱き寄せる腕に力
を込めた。




 濃厚に楓の口腔内を愛撫しながら、伊崎はその身体を抱き上げるとそのままベッドへと運び、そっと下ろした。
 「・・・・・ぁ」
次にキスを解けば、物足りないとでもいうような眼差しが向けられたが、伊崎は軽く頬にキスをして、鍵を閉めるだけですと
言った。
 正直言って、こんな展開になるとは思わず、楓の部屋に入った時も伊崎は鍵を閉めないままだった。楓の部屋にノック
も無く入ってくる者がいるとは思わないが、念の為だ。それは、自分達の関係がばれることを恐れてというより、綺麗な楓
の裸身を誰にも見せたくないからだった。
 鍵を閉めて向き直ると、楓が潤んだ眼差しを向けている。先ほどまでは凛々しいほどに気高く見えた姿が、今は淫蕩に
自分を求める恋人の顔になっていた。
 「楓さん」
 「恭祐・・・・・」
 再びキスをしながら、伊崎は楓の服を脱がし始めた。
ボタンの無い服を頭から脱がす僅かの間、唇が離れるのが寂しいと感じ、脱がすと直ぐに唇を重ねる。
楓も同じ思いなのか、手をのばして自分のネクタイを外そうとしてくれるものの、慣れないせいか、それとも震えて指先が
動かないせいか、遅々として進まない様子に笑んだ伊崎が、自分自身で外した。
 「・・・・・面白くない」
 「どうしてです?」
 「・・・・・お前だけが、大人に見える」
 「私にとっては、あなたは十分大人ですよ。子供でいてくれなくなったのが寂しく感じるくらいに・・・・・」
 もう、ただ抱きしめて、何者からも守る時期では無くなった。楓はちゃんと自分で考え、立つことが出来るほどに十分に
大人になった。
それでも、それを支える役は自分であって欲しい。自分だけが、楓を支え、一緒に立つ人間なのだと思いたい。
 「馬鹿、何時までも子供でいたら大変だろ」
 「・・・・・」
 「・・・・・こんな風に、お前とイケナイコトも出来ない」
 悪戯っぽく笑いながら言う楓の首筋に唇を押し当てながら、これはいけないことですかと訊ねた。
 「・・・・・まさか。お前とするんだから」
 「楓さん・・・・・」
 「たくさん、愛してくれ」
誰からも愛されている楓が、唯一自分から愛を欲する相手は自分だけだ。そう思うと心の底から歓喜の思いが湧き上が
り、伊崎の身体の熱は一気に高まる。
 「・・・・・明日、組長に殴られるかもしれませんね」
 「そうなったら、俺が庇ってやる」
 「それじゃあ、俺があまりにも情けないですよ。大丈夫、どんなに責められたとしても、この手を離すつもりは絶対にない
ですから」
 「・・・・・うん」
 嬉しそうに笑う楓の身体の上に覆いかぶさり、剥き出しになった胸元の小さな飾りを口に含んだ。
 「んっ」
ピクッと反応する敏感な様を嬉しく思いながら、伊崎はそのままジーパンのボタンを外し、ファスナーを下ろして、狭い空間
に片手を滑り込ませる。
 既に緩く勃ち上がっていた楓のペニスを下着越しに撫で摩れば、それは狭い隙間で次第に育っていって・・・・・窮屈そう
に伊崎の手を押し返してきた。