未来への胎動




23







 伊崎に更に足を抱え直され、広げられて、楓は圧迫感が更に増したような気がした。
 「あ・・・・・ふっ」
自分の身体の中で一番正直で貪欲な場所を、伊崎の綺麗な眼差しが見つめているのが分かる。恥ずかしいのと同
時に、ぞくぞくするような快感を感じて、楓は思わず自分の中の伊崎のペニスを締め付けてしまった。
 「・・・・・っ」
 その刺激に、伊崎の綺麗な眉が少しだけ顰められる。抱かれている自分の方が主導権を握っているような気がして、
楓はふっと笑みを漏らした。
 「き・・・・・もち、い、か?」
 「ええ・・・・・いいです、よ」
 「お前、が、今まで抱いた・・・・・女、より、も?」
 「楓さん」
 「答え、ろっ」
 自分を抱くまで伊崎が誰も抱いていなかったなどとは思わない。子供の頃に、組の前で伊崎を待っている女を何度も
見掛けたし、それは楓から見ても大人のいい女達ばかりだった。
 もちろん、子供の頃に感じる嫉妬など可愛らしいもので、大好きな伊崎が自分以外の人間と仲良くすることが嫌だっ
たが、どんな時も伊崎は自分を優先してくれたし、

 「楓さんが一番大切ですよ」

と、言ってくれた。
 だが、そんなことを言っている陰で、伊崎は女達を抱いてきたはずだ。そんな女達と自分、どちらのセックスが良いのか、
それは愛情と共になかなか大きな問題だった。




 セックスの最中に、昔の女達のことを話題に出されるとは思わなかった伊崎は、何と答えようか思い悩んだ。
ここで上辺だけの答えを言ったとしても楓は許さないだろうし、この先2人の間の消えない跡になってもいけない。
 「・・・・・昔、抱いた女達は、ほとんどが夜の街の女でした」
 「・・・・・」
 「セックスも商売ですから、もちろん上手かったと思いますよ」
 「・・・・・っ」
 楓の中のペニスが更にきつく締め付けられる。まるで、楓に責められているような気がしたが、伊崎は途中で言葉を止
めるつもりは無かった。
 「何度も、セックスしましたが、ほとんど一度か二度・・・・・長く付き合った相手はいません」
 「・・・・・嘘」
 「本当です。私にはあなたがいましたから」

 幼い楓を抱くということは想像もしていなかったが、それでも伊崎にとってはその頃から楓は特別な存在で、楓以外に
感情を向けることは全く想像もしていなかった。
 身体の欲求は仕方がないことで、定期的に女を抱いたが、どんなにセックスの相性が良くても、性格の良い相手だと
しても、伊崎は楓だけを見ていた。

 「私は、おかしいのかもしれません。幼いあなたに執着して、私以外を見ないように仕向けて・・・・・今、こんな風に抱
いて汚している」
(あなたはとても・・・・・こんなにも綺麗なのに・・・・・)
 「セックスの技巧なんて・・・・・私にとっては、あなたをこうして抱いているだけで、何時でも天国にいる気分です」
 伊崎は楓の頬に手を触れた。こみ上げてくる感情をどうして良いのか分からなかった。
(楓さんは・・・・・どう思うだろうか・・・・・)
欺瞞だと言われても仕方がないと思ったが、次の瞬間に聞こえた声は、そんな伊崎の後ろめたい思いを吹き飛ばすよう
なものだった。




(本当に・・・・・真面目、過ぎっ)
 自分が知りたいと追求したって、あなただけですと言い張っていればいいのだ。今更楓が伊崎の過去の女を捜すこと
は出来ないし、そんな暇があったら1回でも多く伊崎に抱いてもらう。
 頭の良い男が、自分に関係することにだけ馬鹿になってしまうのは仕方がない。この男を、楓は選んだのだ。
 「・・・・・そう、思うなら、女を抱いた数以上に・・・・・俺を、抱け」
 「楓さ・・・・・」
 「お前のセックスの記憶、全部、俺のものに出来たら・・・・・許す」
楓はそう言って、笑みを浮かべた。笑えているかどうか、鏡で見れないので分からないが、そんなことは今の伊崎には関
係ないはずだ。
 「もう、とっくにあなたとのセックスの回数の方が多いですよ」
 「・・・・・嘘つくな。お前、口で言うほど、俺を抱いていないぞ」
 「でも、中に出したのはあなただけです」
 「・・・・・っ、親父臭い!」
 生々しい言葉にさすがに楓は頬を赤くしてしまったが、その言葉を嬉しく感じているのも確かだ。伊崎の精液を身体
の奥深くで受け止めたのは自分だけ・・・・・伊崎の全てを手に入れたのは自分だけなのだと思うと、楓は緩む頬を隠せ
ずに、そのまま伊崎の首に回した腕に力を入れ、そのまま噛み付くようなキスを仕掛けた。




 そこからは、もう言葉は要らなかった。
伊崎は楓と舌を絡ますキスをしながら、ペニスで内壁を擦りあげていく。
 「んむっ、んんっ」

 グチュ グチュ グリュ

 湿った水音と、肉の擦れ合う生々しい音に快感を刺激され、伊崎のペニスは更に大きく、硬くなっていく。
 「んっ!」
元々狭い内壁を更に押し広げられ、楓は額に汗を滲ませ、苦しそうに眉を顰めているが、拒絶の言葉は吐かなかった。
意地っ張りな楓らしいが、もしかしたら口を塞いでいる自分のせいで文句を言うことも出来ないのかもしれない。

 クチャ

 唾液を絡ませながら一端唇を離して顔を覗き込めば、うっとりとした表情で自分を見上げてきた。
淫蕩で、艶かしくて・・・・・それでも、その美貌は損なわれることはない。
 「きょ・・・・・け、す、き・・・・・」
 「私も・・・・・愛してます」
 言葉を交わし、突き入れる腰の動きも早くなった。
そして、
 「んんっ!!」
 「・・・・・っ」
大きくグラインドした腰を叩きつけるように突き入れた瞬間、楓はもう量の少なくなってしまった精を吐き出し、伊崎もその
最奥へと快感の証を迸らせる。
 「あ・・・・・つい・・・・・」
 射精の刺激でますますきつくなる内壁を、まだ硬いままのペニスで押し返すように動かしながら、伊崎は吐き出した精
液を楓の身体の隅々にまで塗り込めるようにとペニスを動かしていた。







 「・・・・・はあ・・・・・気持ち良かったぁ」
 まるでスポーツの後のような感想に、楓の身体をタオルで拭っていた伊崎は苦笑してしまった。
本来はきちんと風呂に入れて身体を清めてやりたいのだが、こんな時間から風呂を使えば雅行に気取られてしまうだろ
う。彼の言うように、実際に見なければ分からない関係を、そんなことで感じさせてはならないと思い、伊崎は楓の部屋
にあったタオルで応急処置として後始末をすることにしたのだ。
 「明日、シャワーを浴びてください」
 「ん〜」
 「分かっていますか?」
 目を閉じ、シーツを変えたベッドの上に仰向けになって身体を任せていた楓は、眠そうな目を開けて言った。
 「お前は?」
 「え?」
 「不精するから、服が汚れるんだ」
 「ああ、これですか」
別に、不精をして脱がなかったのではなく、気持ちが急いていたから脱ぐ間も惜しいと思っただけだが、確かにシャツもズ
ボンもお互いの吐き出したものなどで汚れてしまっている。
しかし、楓の部屋から自分の部屋まで、スーツの上着で上手く隠せば目に付くこともないだろう。
 「大丈夫ですよ」
 「・・・・・本当に?」
 「出来れば、見せ付けてやりたいくらいなんですが」
 「・・・・・バカ」
 楓はそう言うが、伊崎は真面目にそう思っていた。この家の中で楓とセックスできるのは自分だけなのだと、本当ならば
組の人間皆に言って回りたいほどだが、それも後もう少し、楓が成人するまでの我慢だ。
(その時は、皆の前で式の真似事をしたっていい)
 誰も手を出すなという威嚇と独占欲で楓を雁字搦めにしたい・・・・・こんな風に考えている自分は、多分浮かれてい
るのだろう。
 「・・・・・恭祐」
 そんな伊崎に、楓が再び目を閉じて声を掛けてきた。
 「明日、兄さんに言うから」
 「進学のことですか?」
 「うん。・・・・・あれだけ、行かないって言って、結局まだ4年間・・・・・多分、もっと長い間、甘えるようになっちゃうけど、
俺の気持ちをちゃんと伝えて、分かってもらうつもり。だから・・・・・」
 「もちろん、傍にいますよ。これは2人の問題ですからね」
 「・・・・・ありがと」
 「お休みなさい」
 パジャマを着せ、上掛けを掛けてやると、楓は呆気なく眠りに落ちた。
少し前まであんなにも乱れていたとは思えないほどの安らかな寝顔に、伊崎は掠めるように頬にキスして静かに立ち上
がった。

 楓の部屋を出て、少し歩いた先に立つ人影に、伊崎は足を止めて眼差しを向けた。
 「・・・・・」
黙って頭を下げる津山が、ネクタイを外し、シャツの胸元を開けたままの自分を見て何を想像するかは聞かない。
きっと、楓と自分の話し合いのことを心配して待機していただろうこの男の耳には、もしかしたら自分達の睦み合いの声
を聞かれたかもしれないし、それが聞こえなかったとしても、この格好で十分セックスの余韻は感じるだろう。
 「・・・・・御苦労だったな」
 「・・・・・いえ」
 「楓さんの決意は、明日彼の口から直接聞けばいい。きっとちゃんと答えてくれるだろう」
 「若頭」
 「この先、今回のようなことは無いようにする」
 そう言った伊崎は、そのまま津山の横を通り抜けた。
頭を下げて自分を見送る津山が何を考えているのか分からないが、伊崎は楓の件で一切付け入る隙を与えるつもりは
無かった。楓が津山のことを嫌っていない、むしろ心の一端を寄せている相手だからこそ、伊崎は必要以上に津山に対
して厳しい態度を取らなければならなかった。
(絶対に・・・・・渡せない)
 身体だけでなく、心だけでなく、伊崎は楓の全てを自分のものにしたいし、実際にするつもりだ。僅かな可能性も全て
前もって潰すことを、伊崎は悪いことだとは思わなかった。
(私は・・・・・卑怯な男なんですよ、楓さん)