MY SHINING STAR
1
「タロ、こいつ、誰?」
馴れ馴れしく太朗の耳元に口を寄せる大西の姿に、上杉の眉間の皴は何時の間にかとれて、その頬にはふてぶてしい笑
みが浮かんでいた。
(お〜お〜、いっちょまえに牽制してやがる)
こんな風に誰かを挟んで反目し合うことなど、それも恋愛ごとに関しては、上杉にとっても久しぶりのことだった。
ヤクザという立場は置いておいて、金も容姿も、セックスも、自分が目の前の子供に負けるとは全く思わなかった。
どうしてもと考えれば若さぐらいだ。
熱くなる方がおかしいが、その熱さが妙に心地よくも感じていた。
「あ、あの、ジローさんは・・・・・犬友達?」
「犬友達?」
(おいおい、タロ、もっとまともな紹介の仕方があるだろーが)
上杉は内心そう突っ込みながらも、ワタワタと慌てる太朗の様子が見ていて楽しいので口を挟まなかった。
「でも、こいつそこらへんのおっさんには見えないぜ」
「仁志!」
「そーだよなあ。俺は腹も出てなきゃ禿げてもいない、誰が見てもいい男だからな。そこらへんの親父と一緒にしない辺り、お
前も見る目があるな」
「・・・・・っ」
悔しそうに睨んでくる大西を若い若いと内心笑っていたが、上杉はそろそろこの場から退散した方がいい頃だと思い始めた。
周りを囲むように見ている生徒達の数は増えていく一方だし、このままでは煩い教師が様子を見に来るかもしれない。
上杉は助手席のドアを開けた。
「タロ」
まるで犬を呼ぶような調子に、太朗は一瞬ムッとしたように口を尖らせた。
しかし、このままここにいても目立つだけだと分かっているようで、隣に立つ生意気な少年を振り返って言った。
「仁志、遊ぶのはまた今度な!」
「お、おい!そいつと行くのかっ?そんな車に・・・・・」
「お〜い」
上杉はその言葉を途中で遮った。
「知らない人の車に乗っちゃいけませんってのは小学生に言う言葉だぜ?それに、タロと俺は知らない仲じゃないんだよ」
「ジ、ジローさん!」
助手席に乗りかけた太朗が慌てて呼ぶ。
「はいはい。じゃな」
目的のモノは手に入った。
それ以上の長居は無用と、上杉は軽く手を上げて車に乗り込み発進させる。
次の瞬間、その場は騒然とした空気に包まれていた。
「信じられないよ!どうして学校に来るわけっ?」
車が走り出すと、太朗は直ぐに文句を言った。
チラッとバックミラーに目をやった後、上杉はニヤッと笑ったまま口を開く。
「確か今日が始業式だって聞いたからな。時間が空いたし、タロを誘ってドライブでも行こうかって」
「仕事はどうしたんだよ!小田切さん怒ってるよ!」
「あいつはそれを調整するのが仕事だ」
「嘘ばっかり!」
綺麗な微笑を浮かべてグッサリと胸に突き刺さる小田切の毒舌を思い出し(太朗が言われたわけではないのだが)、太朗は
この自由奔放な通称『会長サン』をじとっと睨んだ。
知りたくはなかったが、上杉と付き合うように(あくまでも友達として)なってから、太朗はヤクザ社会の序列というものが何とな
くだが分かるようになっていた。
一番偉い人の下に、幾つかの組や会派があって、上杉はその中の1つの会派の会長らしい。
その会派の中では上杉が一番偉くて、その次に会長補佐役の幹部、小田切裕(おだぎり ゆたか)がいる。
(あと、まだ何人か幹部って人がいて、その下にまだ人がいて・・・・・会社と同じようなもんだって言ってたよなあ)
何度か会ったことのある小田切は、女のように綺麗な顔をしているが随分やり手らしい。何がどうやり手なのかは太朗にはよ
く分からなかったが、あの目で見つめられると何でも頷いてしまいそうなくらいの迫力があるのだ。
その小田切を振り切って来たのかと思うと後が怖い。
「か、会社、会社行こう!今帰れば許してくれるよっ」
「許してって、お前、俺が一番トップなんだぜ」
「でも、実権を握ってるのは小田切さんだろ?ほら、怒られる前に帰ろうよ!俺も一緒に謝るからっ」
「・・・・・せっかく、タロとデートしようと思ったんだがな」
「平日のこんな時間から何言ってんの!」
いくら一般の会社とは違うとはいえ、昼間からブラブラ遊び歩くのは良くないはずだ。
じっと睨む太朗の視線を頬に感じたのか、上杉が笑いながら頷いた。
「分かったって。でも、夕飯くらいは付き合えよ?」
「それは、後で家に電話して夕飯のメニュー聞いてから」
分かったと上杉が言って安心したのか、太朗はその時やっとこの車が初めて見るものだということに気が付いたようだった。
「この車、借りたの?」
「バカ言え、俺の車だ」
「えっ?これ、初めて見るよっ?前の黄色い奴とも、赤いのとも違うじゃん!」
「・・・・・お前は色でしか覚えてないのか」
「だって、あんまり車に興味ないし。これも外車だね?さっき、誰かが高いって言ってたけど、ほんと?」
太朗が喜ぶと思って乗ってきたのに、興味がないとばっさりと切り捨てられては面目丸つぶれだが、それでも純粋に金額のこと
を訊ねてくる太朗には苦笑を浮かべるしかなかった。
「好きな奴にとっちゃそうでもないな」
「ふ〜ん。うちなんかね、母ちゃんが今の軽自動車に変える時、限定車だと10万も高いから、マットはサービスさせなくちゃっ
て言ってたけど・・・・・ジローさんも値引きちゃんとしてもらった?」
「・・・・・」
「ねえ、ジローさんってば!」
「・・・・・値切りはしなかった」
「駄目じゃん!ジローさん買い物へタだねえ」
「・・・・・」
(天然・・・・・か?)
軽自動車とジャガーでは全く金額が違うことを、太朗は全然分かっていないようだった。車を値切るということ自体全く考え
付かない上杉は、返って感心したように太朗を見る。
(面白いよな、こいつ)
こうやって、今まで上杉が思ってもみない事をポンと言ったりしたりする太郎と一緒にいるのは楽しくて仕方が無い。
気分が浮上して自然とアクセルを踏む力が入ると、再び太朗の鋭い突っ込みが入った。
「ジローさん!30キロオーバー!スピード違反だよ!」
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