MY SHINING STAR
2
羽生会の事務所は、昔ながらの組事務所とは違い、一見普通の会社のビルと変わりはない。
しかし、一歩中に入るとやはりそれらしい強面の男達が行き来しており、太朗は何回か訪れても慣れないなと思いながら、
大股で歩く上杉の後をちょこまかついて行った。
「「ご苦労さまですっ」」
奥の一室に入ると、数人いた男達がいっせいに立ち上がって頭を下げる。
そして、次に上杉の後ろから顔を覗かせている太朗に向かっても頭を下げて言った。
「「いらっしゃい、坊っちゃん」」
「こ、こんにちは」
太朗は引きつった笑みを浮かべてペコッと頭を下げると、無言のまま通り過ぎようとする上杉の服の裾を引っ張った。
「ジローさん、挨拶っ」
「あ?」
「みんな挨拶してくれてるんだから、ちゃんと答えないと駄目だって」
太朗としては前々から気になっていたことだった。
上杉はこの会社(?)の中では一番偉く、明らかに年上だと分かる者も丁寧に頭を下げて挨拶をするが、当の上杉はまるっ
きり無視して奥の自分の部屋に向かうのが常だった。
せめて「おう」とか、「うむ」とか、何らかの返事をしてあげないと、何時も丁寧に挨拶してくれる人達が可哀想だと、太朗は真
面目な顔をして上杉に訴える。
「・・・・・ん?」
気が付くと、周りにいる男達は真っ青な顔色で直立不動で立っていた。
「えっと・・・・・どうかしたんですか?」
「会長が何時怒鳴りだすか、皆びくびくしているんですよ」
「あ、小田切さん、こんにちは」
「はい、いらっしゃい。今日は来られるかなと楽しみにしていたんですよ」
奥の部屋から出てきたのは、驚くほど綺麗な顔をした小田切だ。
綺麗な笑みを浮かべながら2人に近付いてきた小田切は、サラサラの太朗の髪を軽く撫でた。
「相変わらずおりこうさんですね。私も以前から注意していたんですが一向に聞き入れて下さらなくて。太朗君からもよく言
い聞かせてください」
(太朗を味方につけようとしやがって・・・・・)
上杉はにこにこ笑いながら話している太朗と小田切の姿を憮然とした表情で見ていた。
絶対に邪魔をされると思っていた上杉の考えとは裏腹に、人の好き嫌いが激しいはずの小田切は直ぐに太朗を気に入った
ようで、上杉が事務所に太朗を連れて行くと、積極的に話の輪に加わってきた。
太朗の方も小田切を『綺麗で優しいお兄さん』と恐ろしい誤解をしているようで、上杉がヤキモキする程に小田切に懐いて
いる。
それに・・・・・。
「ジローさん、ちゃんと小田切さんの話、聞いてあげてるの?今日だって仕事抜け出して俺の学校まで来ちゃって、みんなに
迷惑掛けてるんじゃないの?」
上杉は内心苦々しく思いながら、太朗の後ろでニヤニヤ笑っている小田切を睨む。
上杉が太朗に弱いということを正確に把握している小田切は、最近上杉が渋る用件を太朗経由でさせようという姑息な手
を使ってくることが多くなってきた。
「ジローさん」
そして、情けないとは思うが、毎度その手に引っ掛かる自分がいる。
「分かった、分かった。・・・・・みんな、ご苦労」
上杉に対してこんなことを言えるのは太朗と小田切ぐらいだろう。
言われた通りに声を掛ける上杉に、一同はギクシャクと頭を下げていた。
「今日は太朗君の始業式だと聞いて、多分この事務所に来るんじゃないかと思ってたんですよ。だから、思い切って連れて
来ました」
「え?」
奥の上杉の部屋に入るなり、悪戯っぽく笑いながら小田切が言う。
何のことだか分からずに、太朗は首を傾げた。
「私のペットです」
「ペットッ?小田切さん、ペット飼ってるんですかっ?犬?猫?」
途端にワクワクして、太朗はぐるりと周りを見回したが、そこには犬も猫も見当たらなかった。
「別の部屋にいるんですか?」
「いいえ、この部屋ですよ。ほら、会長の机の上」
「机?」
太朗は慌てて振り返ると、自分が寝そべることが出来そうなほど広く大きな机に視線を向ける。
「え・・・・・どこに・・・・・」
綺麗に整頓された机の上には、数枚の書類と、白い毛玉と・・・・・。
「毛?」
掌に乗るほどの毛が生えた物体が・・・・・。
「あ!ハムスターッ?」
太朗が毛玉だと錯覚したのは、真っ白い毛に覆われたハムスターだった。いや、もう一匹・・・・・。
「うわ、こいつお尻と身体の毛の色が違う!」
茶色のハムスターは、なぜか尻尾の付け根の辺りから色が薄くなっていた。
猫がいるせいでハムスターは飼ったことがない太朗は、大きな目を輝かせて2匹を手の平に乗せてみた。見た目よりも重く、し
かし毛はフサフサで柔らかい。
「名前!何ていうんですかっ?」
「白い方が『餅(もち)』で、茶色い方が『栗(くり)』です」
「な、何か、小田切さんっぽくないですね。小田切さんだったら、キャサリンとかフランソワーズとか付けそうだけど」
「うちで飼ってるもう一匹がつけたんですよ。見た目で決めた方が愛着が湧くって」
「もう一匹って・・・・・まだ何かいるんですか?」
何を飼っているのかと好奇心いっぱいに聞いてみると、小田切はなぜか口元に意味深な笑みを浮かべる。
「・・・・・若い大型犬がいるんですよ。朝も夜も、私から離れなくて困ってます」
「小田切」
なぜか、今まで黙って話を聞いていた上杉が止めた。
「タロに余計な知識を入れるな」
「はいはい」
「?」
大人2人の会話の意味が分からず、太朗は思わず聞き直そうとした。
しかし、手の平に乗せていた2匹のハムスターがモゾモゾと動き始め、くすぐったくなって笑った太朗の頭の中からは、あっさりと
先程の小田切の言葉は消えてしまっていた。
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