MY SHINING STAR
10
「・・・・・」
「ん?可愛い顔して、どうした?」
「・・・・・なんで、ジローさんがここにいるんだよ?約束はしてなかっただろ?」
夕方、何時ものように2匹の犬の散歩で家を出た太朗は、家から出て間もなくピタッと足を止めてしまった。
閑静・・・・・とは言い難い、それでも小さいながら一戸建てが立ち並ぶ住宅地の道路に、まるで似合わないシルバーのスポー
ツカーが停まっていた。
まさかと思いながら立ち止まった太朗は、左の運転席のドアを開けて降りてきた男の姿を見て、開口一番呆れたようにそう言っ
てしまったのだ。
さすがに黒いスーツにサングラスという格好ではなかったが、この街にはまるで似合わない俳優のようないい男は、ムッと口を
への字に曲げる太朗を面白そうに見つめている。
「何でって、解禁になったからな」
「解禁?」
「タロの言ってた絶交期間、昨日で切れたろ?」
「・・・・・って、昨日の今日だよ?」
太朗も別に忘れていたわけではないが、まだ明日も学校があるし、週末にでも様子を見る為にメールを打とうかと思っていた
のだ。
しかし、そんな太朗の順を追った思惑を飛び越えて自宅の近所まで現われた上杉は、少しも悪びれたふうではない。
むしろ、約束は守ったからなというふうに、自信たっぷりの笑みを頬に浮かべていた。
「・・・・・俺、散歩中なんだけど」
「みたいだな」
「今からじゃ時間無いよ」
「今日は顔を見に来ただけだ。一週間も会えなかったからな」
「だっ、誰のせいだよ!」
「だから、大人しく待ってたじゃねえか。明後日の土曜、昼飯と夕飯奢ってやる」
「ちょっ、ちょっと、急に言わないでよっ。俺にだって用事があるかも・・・・・」
「全部キャンセルしろ」
「・・・・・」
太朗からすれば頭を冷やしてもらう為においた冷却期間。
しかし、上杉は全く懲りている様子ではなかった。
「ジローさん」
「おっと、もう戻らないと小田切にどやされるな。タロ、大人しく待ってろよ」
「!」
チュッと、軽く太朗にキスした上杉は、本当に顔を見るだけが目的だったのか、直ぐに車に乗って走り去った。
残された太郎は呆然と立ち尽くすだけだ。
「な、な・・・・・キ、キス・・・・・」
まだ明るい街中で、それも太朗の家の直ぐ傍での暴挙に、時間をおいて太朗の怒りは頭のてっぺんに上った。
「ジローさんのヘンタイ男〜〜〜!!」
更に絶交期間を延長してやると決意した太朗だったが、土曜日の午前11時、突然掛かってきた携帯に出た途端その気
持ちはたちまちの内に萎んでしまった。
「この間は、突然すみませんでした」
車の中で笑いながら頭を下げたのは、綺麗で怖い小田切だ。
太朗は慌ててブンブンと頭を振った。
「こ、この間はごちそうさまでした!」
「・・・・・」
まるでよく出来たというふうに、小田切は笑いながら太朗の頭を撫でる。
子供のような扱いをされて本当なら怒りたいところだが、この間の小田切の得体の知れない怖さを感じ取った太朗は、今回
は大人しくされるがままでいた。
(ジローさんめ〜)
太朗の迎えを小田切にさせたのは大正解だろう。
まだまだ子供の太朗に、小田切を振り切ることなど出来るはずがなかった。
「お家の方には言ってきましたか?」
「は、はい。犬友のジローさんとご飯食べるって」
「・・・・・それで納得された?」
「はい」
放任主義とは違うものの、基本的に子供を信用して縛らない太朗の家族は、息子の人を見る目を信じている。
だからこそ、普通に聞けば首を捻るだろう犬友という説明だけでもちゃんと納得しているのだ。
「あの、ジローさんは?」
「会長は事務所の方にいるんですよ。本当は自分が来るつもりだったようですが、急な来客がありまして」
「お客さんがいるなら、俺は行かない方が・・・・・」
「いいえ、来ていただいた方が助かります。いらしているのは招かざる客ですから」
「招かざる客?」
相変わらず謎のような言葉を言う小田切に、太朗は途惑ったように首を傾げた。
何回か来たことのある事務所ビルの前には、数台の黒塗りの車が横付けされていた。
(わ・・・・・いかにもって感じ・・・・・)
「どうぞ」
「あ、はい」
こんな中に自分のような普通の高校生が入っていってもいいのかと思うが、小田切は一向に頓着しない。
擦れ違う顔を見たことがある構成員達も、ちょこまかと小田切の後ろをついて歩く太郎の姿は見ているだけでも微笑ましいの
か、太朗に向かっては厳つい顔に似合わない笑みを浮かべて声を掛けてくれる。
「いらっしゃい」
「ごゆっくり」
「ど、どうも」
案内されたのは、何時もの上杉の部屋だ。
「いいんですか?まだお客さんがいるんじゃ・・・・・」
「いいえ、中にいるのは客ではありませんから」
小田切はそう言って軽くノックをし、返事を聞く前にドアを開けた。
「お連れしました」
「・・・・・」
中にいたのは数人・・・・・ソファに大きく足を組んで座っている、この部屋の主である上杉と。
その向かいに座っている頭の禿げ掛かった初老の男と若い女。
そして、その後ろに立っている2人の男。
一同にいっせいに視線を向けられた太朗は、自然と頬を引き攣らせる。
「遅かったじゃねえか、タロ」
場の雰囲気を全く考えていないように、上杉は能天気なほど明るい声で太朗を迎えた。
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