MY SHINING STAR



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(な、なんか・・・・・こわ)
 明らかに歓迎していないという初老の男と若い女の視線にたじろいでいた太朗だったが、
 「何突っ立ってんだ?入ってここ座れ」
そう、笑いながら自分の隣をポンポン叩く上杉と、さりげなく背中を押す小田切の無言の押しに負けて、怖々部屋の中に足
を踏み入れ、人一人分空けて上杉の隣にちょこんと腰を下ろした。
 「遅かったじゃねえか。どこ寄り道してたんだ?」
 「してないよっ。真っ直ぐここに連れて来られたし・・・・・っていうか、お客さんなら俺は・・・・・」
 「ああ、客じゃねえから」
 「え?」
 「!」
 思わず聞き返した太朗と、面と向かって客ではないと言い切られた2人の反応は全く別のものだった。
太朗は横顔にますますきつく突き刺さる視線に、怖いもの見たさの心境でチラッと顔を上げた。
 「わ・・・・・美人」
 それが、正直な感想だった。
太朗も健康な15歳の少年なので、綺麗な女の人を見れば状況は関係無しに見惚れてしまう。
少しきつい目をしているものの、十分美人だといえる女は、そのお世辞ではなく正直な響きの言葉に、少しだけ頬を緩めた。
 「ありがと」
 「ジローさん、きれーな人と知り合いなんだね」
 「綺麗か?」
 「美人じゃん!」
 上杉に向かってぞんざいな口を利く太朗をどう見たのか、2人は顔を見合わせたが、上杉が気を許しているらしい子供の賛
美は2人にはちょうど都合が良いものだったらしかった。
 「子供は正直だな、上杉。俺の娘はお前の隣に並んでもおかしくないと分かったろ?」
 「む、娘?」
 「タロ、その2人は親子だ」
 「え〜っ!・・・・・お、お姉さん、似なくて良かったね」
 「・・・・・っ」
ドアの近くに立っていた小田切は優秀にも笑いを堪えたが、上杉は何がツボに嵌ったのか、大爆笑を始めた。
 「あっはっはっは、上手いこと言うな〜、タロー」



 そろそろ太朗を迎えに行こうかと思った矢先に、何の約束もしていないのに現われた2人の男女。
それは、これまでも何度も上杉に縁談を申し込みに来た渡辺で、名目上は羽生会の相談役となってはいるが、古参の人間
を数名入れるようにとの大東組の命によって入れた人間で、実力的には毒にも薬にもならない、ただ歳をくっているというだけの
人間だった。
 いや、上杉の金や地位を自分にとって都合の良いものにしようと思っているだけ、毒にはなっている男だろうか。
その娘というのは、今年25になった見た目だけは美人といえる女だったが、その性格は父親に似て強欲で傲慢だ。
一度結婚に失敗しているだけに、上杉は女を見る目はかなり厳しくなっている。
 それに、今の上杉には太朗という可愛い恋人(候補)の少年がいるのだ。
まだ完全に手の内にしていない今、他の人間に目を向ける余裕など無かった。
 「娘がどうしても諦めきれないと言ってな」
 「もうっ、パパってば!」
 「・・・・・」
(パパって面か)
 早く太朗のもとに行きたいと思っている上杉はイライラとし、自然と交わす言葉は流すようになっていた。
 「ちょっと」
これ以上イライラが募らないうちに小田切に相手をさせようと内線を掛けた上杉は、そこで小田切がさっさと太朗を迎えに行っ
たことを聞いた。
(あのやろ・・・・・)
 自分を差し置いてと思ったが、こんな自分の行動を読んでいる小田切を少し怖いとも思った。
ただ、もう直ぐ愛しい太朗に会えるのが分かり、上杉の表情は自然と緩んでいった。



 「お姉さん、似なくて良かったね」

 それは、本当に素直で正直な感想だったのだろう。
渡辺とその娘を交互に見ながらしみじみと言った太朗の言葉に、上杉は我慢出来ずに大笑いした。
確かにこの親子は内面は別として、外見はまるで似ていない。
褒められた娘はさすがに複雑な表情をしていたが、言外に容姿のことを卑下された形の渡辺の顔は屈辱で真っ赤になってし
まった。
 「小僧!どういうつもりで言ったんだっ!」
 「ごっ、ごめんなさい!」
 太朗は直ぐに謝ったが、馬鹿にされたと思っている渡辺の怒りは直ぐには収まらないようだった。
 「少し言葉の勉強をさせた方がいいだろうな」
そう言って、後ろに控えていた男達に目で合図をする。
それに答えるように男達が動こうとした時、上杉は片足を勢いよくテーブルの上に乗せた。
足を乗せる音と、カップの倒れる音が静かな部屋の中に響き、動きかけた男達の動きも止まった。
 「自分で手を出すのもなんだが、誰かの手を借りるとは、あんたも口だけの男だな」
 「なっ?」
 「小田切」
 上杉が呼ぶと、何時の間に用意したのか、小田切がテーブルの上に数枚の書類を載せた。
 「こ、これは何だ?」
 「離会状だ。既に大東組には筋を通している。渡辺さん、あんたを5年見てきたが、少しも変わらないばかりかどんどん悪く
なっている。悪いがうちは、能力のないもんを飼うほど余裕が無いんでな」
 「う、上杉!」
 「お前の自慢の娘を利用すれば、どこか小さな組なら受け入れてくれるかもしれないぜ?」
 「お前・・・・・!自分が何言ってるのか分かってるのか!」
 「今日まで我慢したんだ。十分だろう?」
 何度断ってもしつこく自分の娘との縁談を勧めてくるだけでは飽き足らず、羽生会の縄張りの飲食店の売上げを勝手に自
分の懐に入れていた。
それだけの働きがあればまだ分かるが、ただ部下に命じ、言うことを聞かなければ上杉の名前を出すという、どこまでも他人の
力を利用しているだけで、上杉はとうとう上部の大東組に直談判し、渡辺を切ることを承諾させたのだ。
 「あんたにホントの力があるなら、これぐらいどうってことないだろう?羽生会なんて弱小会派の面倒を嫌々見てくれていたお
優しいあんたならな」
 その言葉は、渡辺が飲んだ時によく吹聴していた言葉だ。
そんな酒の席での会話まで上杉が把握していたと知り、今まで屈辱で真っ赤になっていた渡辺の顔は一瞬の内に青褪めて
いった。
 「う、上杉、それはほんの冗談で・・・・・」
 「俺はその手の冗談は嫌いなんだよ」
言い放った上杉の顔には、人の悪い笑みが浮かんでいた。