MY SHINING STAR
9
(だ、大丈夫なのかな)
言った宗岡よりも太朗の方が慌ててしまい、チラチラと小田切の様子を窺い見る。
当然、小田切はその視線に気付いているのだろうが、自分から何か言おうとはしないで黙ったまま、目の前の宗岡を見つめて
いるだけだ。
(・・・・・どうしよ・・・・・)
太朗はだんだん居たたまれない空気を感じて、そろそろと食べ掛けのハンバーガーから手を離した。
「ん?どうしました?美味しくない?」
「そ、そんな事ないです!美味しいですよ!」
「それなら全部食べなさい。残すと勿体無い」
「は、はいっ」
慌てて手を伸ばす太朗に、小田切は穏やかに切り出した。
「絶妙でしたよ、一週間という時間は。それ以下だったら上杉の横暴は治らないし、それ以上だったら爆発してしまっただろ
うし。私はね、会長よりも太朗君の味方なんですよ」
「あ、ありがとうございます」
味方でこうなら、敵に回せばどうなのか・・・・・太朗は思わず肉が喉に詰まりそうになった。
「ただ、お仕置きが済んだら、ちゃんと会ってやってくださいね?」
「だ、だって・・・・・」
「だって?」
太朗は小田切を見たが、どうも自分の気持ちを納得してくれるようには思えなかった。
自然と、その視線はもう1人の人の良さそうな男、宗岡に向いてしまう。
「人前でキスされたら怒りますよね?」
「え」
突然話を向けられた宗岡は、途惑ったように視線を動かした。
「どうですか?」
「え、え〜と・・・・・まあ、あんまりしないとは思いますが」
「でしょうっ?そんなことしたジローさんを、たった一週間で許してもいいと思いますかっ?」
「さ、さあ・・・・・俺には・・・・・」
「太朗君」
「うわっ、はい!」
小田切の顔は笑っている。
しかし、太朗はなぜか背筋がゾクゾクと寒くなるのを感じた。
「まあ、許す許さないはあなたの自由ですが、それで迷惑をこうむってる人間がいることを忘れないでくださいね?・・・・・ああ、
終わったんなら出ましょうか」
立ち上がった小田切に、太朗と宗岡も慌てて後に続く。
レジでお金を払った小田切は、突然くるっと太朗を振り返った。
「太朗君は恥ずかしいと言ってましたが」
「え?」
「わっ」
いきなり小田切の綺麗な指先が伸びて宗岡のネクタイを引っ張ったかと思うと、不意をつかれてそのまま下を向いた宗岡の唇
に自分の唇を重ねた。
「!」
(な、なんで・・・・・っ?)
それは軽く重ねるだけのものではなく、舌を絡み合わせる濃厚なものだ。
間近にいた太朗やレジの店員は、生々しい濡れた音と赤い舌が絡むのまで見え、店内にいた他の客達もシンと恐ろしいほ
ど静まり返った。
やがて、ピチャッと濡れた音をたてながらキスを解いた小田切は、唾液で赤くなった唇に妖艶な笑みを浮かべて口を開く。
「哲生、お前は恥ずかしいですか?」
何時の間にか、小田切のほっそりとした腰を抱きとめていた宗岡が、苦笑を洩らしながら首を振った。
「いいえ」
「だ、そうだよ、太朗君。人それぞれだね」
「ええ〜〜っ?」
有意義な休み時間を過ごした小田切が事務所に戻ると、書類の山に囲まれた上杉が煙草を咥えたまま胡乱な視線を向
けてきた。
「いいご身分だな、小田切。俺を仕事漬けにして、自分は犬としけ込んでたのかあ?」
「下品ですね」
否定はしない小田切を見て、上杉は舌打ちをしながら書類を投げ出した。
「やめた」
「会長」
「やる気が起きねえ」
「また、子供みたいな言い訳をして」
「煩い」
律儀に太朗の絶交宣言を守っている上杉にとって、他人の幸せほど忌々しいものはないのだ。
本来なら言葉で会わないと言われても、強引な手段は幾つかあって無理矢理にでも会うことは出来るはずだった。
しかし、太朗との約束は、それが上杉にとって理不尽だと感じたものでも出来るだけ守ってやりたいと思い、今こうしてイライラ
しながらも時間が過ぎるのを待っているのだ。
「タロが足りね〜」
「・・・・・」
「元気だったか?」
「たった数日会わないだけじゃ、そんなに変わる事もありませんよ」
「違う。あの年頃は毎日毎日、時間毎ってくらい変わるんだ」
出来ることなら太朗のどんな些細な変化でも身近で見ていたい上杉にとって、他人から見ればたった一週間かもしれない
が途方もない長い時間に思えるのだ。
「元気でしたよ。まだ怒ってるみたいですが」
「たかがキスなのにな〜」
「あなたが何時も相手をしている女達と一緒にしないほうがいいですよ」
「今はそんな相手がいないってことは知ってるだろーが」
「私も、あなたのベットの中まで面倒をみているわけではないですから」
「・・・・・っ」
小田切に口で勝てるわけがないと改めて思った上杉は、内心面白くないと思いながらも再び書類を手に取った。
取り合えす、仕事をしていれば気が紛れる。
(それに、どっちにしろ一週間過ぎれば会いに行くしな)
妙に律儀な太朗は、理詰めで行けば結局頷いてしまうはずだ。
「会長」
「・・・・・ん?」
「インポじゃないですよね?」
「!!おっ、お前なあ!!」
「いえ、私も子供に手を出すのは賛成ではないんですが、下半身動物のあなたが今だに最後までしてないなんて、何か原
因があるのかなと思いまして」
「いたって健康だ!!」
上杉は手に持った書類を思わず投げつけたが、小田切は軽く身をかわしてそれを避けると、薄い唇に笑みを浮かべて言った。
「それは良かった。今から枯れていたら淋しいですからね」
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