MY SHINING STAR



12








 渡辺は途惑う娘を引っ立てるようにして部屋を出て行く。
その後ろを、顔を見合わせていた護衛達も迷うような足取りで追って行った。今上杉が言った事が本当ならば、自分達の役
目も変わってしまうのだ。
 「ふんっ、今更慌てたっておせーんだよ」
ここを出た瞬間、各方面に連絡を取るだろうが、それは上杉の言葉を裏付けるということでしかないだろう。
元々力は無く、ただ年功序列で今の地位まで上ったようなものだ。チラチラ見えていた化けの皮が剥がれれば、どこの組にも
拾ってはもらえないだろう。
 せいせいした上杉だったが、あっと気付いたように隣に座る太朗に視線を向けた。
(・・・・・引いたか?)
今までワザと(小田切に言わせればそのままの性格だが)見せていた能天気な部分とは違い、明らかに恫喝するような言動を
する自分をどう見たか、今更だが気になったのだ。
 「タロ?」
 太朗はポカンとした表情で上杉を見ていたが、しばらくしてはあ〜と溜め息を付いた。
 「ジローさんて・・・・・」
 「何だよ」
 「ホントにヤクザさんだったんだね〜。今の、テレビ見てるみたいだった」
 「おい」
 「だってさ、普段のジローさんからは全然分かんないよ!」
 「・・・・・バ〜カ」
(ワザとそう見せてんだよ)
 本来なら、普通の高校生とは何の接点も無い、むしろ青少年を悪の道に引きずり込むのではとも思われる立場の自分が、
せめて当人にはそんな裏の顔をおくびにも見せないようにしてきたのだ。
その行動はどうやら成功していたようだが、上杉が思った以上に太朗の自分に対する印象はかなり情けないもののようだ。
 「でも、ジローさん、あの人大丈夫?後で何か言って来ないの?」
 「そんな気力もねえだろ」
 「あのきれーなお姉さん、どうするんだろ」
 「なんだ、タロ。俺といるのに女の話か?」
 「だっ、だって、俺はジローさんと違って普通の男だし!女の人が気になるのは仕方ないだろ!」
 どこか聞き流せないような言葉を聞いた気がして、上杉は眉を顰めて聞き返した。
 「なんだ、その『ジローさんと違って』っていうのは」
 「だって、ジローさん、ホモなんだろ!」
 「はあ?」



 心底意外だという風に上杉が声を上げるのと、ドアの前にまだ立っていた小田切が盛大にふきだすのはほとんど同時だった。
 「え?え?」
腹を抱え、今にもその場に崩れそうなほど大爆笑している小田切と、腕を組んで苦々しい表情をしている上杉を交互に見な
がら、太朗は今の自分の言葉のどこが違うのか分からないまま聞いた。
 「な、なんか、変だった?」
 何時もなら穏やかに応えてくれるはずの小田切は今だ笑いが治まっていない。
それを見た上杉が、嫌々口を開いた。
 「お前がどうしてそう思ったのかしらねえが、俺はホモじゃねえ」
 「え?」
 「お前と出会うまでは普通に女を抱いてたし、結婚だってしたぜ」
 「ええ〜〜〜??!」
(け、結婚してた?ジローさんが?え・・・・・)
 「で、でも、あの時・・・・・俺の、その・・・・・」
 「あ?」
 「お、俺の、あ、あれ、口に・・・・・」
 「ああ、お前のをフェラしたことか?あれはお前のだからで、他の男のチンコなんて見たくも触りたくもねえな」
 「!」
(お、小田切さんがいるのにヘンなこと言って・・・・・!で、でも、じゃあ、ホントに・・・・・)
 「ぎ、偽装じゃなくて?」
 「バカ!俺はそこまで手が込んだことしねえよ!」
 「・・・・・」
 少し・・・・・あくまでも少しだが、太朗はショックを受けていた。それは、上杉の恋愛対象が男ではなく女だったということだ。
あの日、上杉に強引に押し倒された時、少しの躊躇いも無く太朗のペニスを口に含んだ上杉を、太朗はずっとゲイだと思って
いた。
しかし、上杉の恋愛対象が元々女だとすれば・・・・・太朗の気持ちは複雑だ。
 「タロ?」
 今までは上杉と一緒にいて、チラチラと女の視線が上杉に向けられていても何とも思わなかった。
内面はともかく、上杉の容姿は同じ男から見てもカッコよく、そんな上杉に視線が向くのは当然だと思っていたからだ。
どんなに綺麗な女の誘うような視線にも、ゲイの上杉には何の効果もないと思っていた・・・・・ついさっきまでは。
上杉がゲイではないとしたら、今こんなふうに太朗を追いかけていても、もしかしたらまた女の方を向く可能性がある。
好かれていると、どこかで感じていたフワフワとした心地よい気持ちも、近い将来、上杉が太朗ではない女を選んだとしたら消
えてしまうのだ。
(・・・・・嫌だ・・・・・)
 漠然とだが嫌だと思った。
男同士の恋愛など考えられないと思っていたはずなのに、上杉の隣に自分以外の誰かがいることを想像すると胸がモヤモヤ
する。
 「タロ」
 「ほ、ホントに、結婚もしてたの?」
 「ああ。もう随分昔のことだがな」
 「・・・・・もしかして、こ、子供とか、いる?」
 「俺のガキ?」
 上杉はじっと太朗を見ている。
内心の動揺を隠し、頑張って目を逸らさない太朗に向かって、上杉はふっと悪戯っぽく笑った。
 「・・・・・さあ、どうだろーな」
 「さあって、教えてくれたっていいだろ!」
 「お前が泣かなかったらな」
 「俺っ、泣いてなんかない!」
 「俺が結婚してたって知ってショックだったんだろ?かわいーなー、タロは」
 笑いながら手を伸ばし、上杉は太朗を抱きしめた。
話の途中なのに誤魔化されたような感じがして、太郎は必死になってその胸を押し返して離れようとする。
 「離せって!」
それでも、上杉の拘束が緩むことは無かった。いや、太朗が本気で抵抗していないのかもしれない。
 「タロが好きだ。お前を可愛いと思ってる」
 「・・・・・っ」
 「過去のことなんてどうでもいいだろ。それより、タロ、早く俺のものになれ。俺だけのものになって安心させろ」
 「ジローさ・・・・・」
(そんなの、卑怯じゃんか・・・・・)
何も教えてくれないまま、ただ太朗を欲しがる上杉。
太朗の胸の中に生まれてしまった小さな不信は、どんなに上杉が甘い言葉を囁いても簡単に消えることは無かった。