MY SHINING STAR
13
モヤモヤが消えない。
昨日、不愉快な思いをさせたからと、上杉は少し早い夕食に連れて行ってくれようとした。
しかし、どうしても気が進まなかった太朗は強行に断り、その代わりといっった上杉に対して一抱えもあるドックフードと鰹節を
要求した。
「そんなもんでいいのか?」
もっと高い何か、たとえばゲームや服でも贈る気満々だったらしい上杉は拍子抜けしたようだが、太朗にしてみればこれだけの
ものを買ってもらうのもかなり気を遣ったのだ。
食事を奢ってもらい、土産といって美味しいケーキなども持たせてもらうが、太朗は基本的に上杉とお金を介した関係にはな
りたくなかった。
だからこそ、散歩の途中(上杉はデートと言い張るが)など、太朗は缶コーヒーだが上杉に奢ることにしていた。小さな自己満
足だが、上杉はとても喜んでくれる。
上杉が自分に対して使ってくれる金額には遠く及ばないだろうが、それでも同じ男として同等でいたいと思っていた。
しかし・・・・・。
(なんで、俺、ジローさんが結婚してたこと気になってんだ・・・・・?)
普通の男友達なら、相手にそういう相手がいたとしてもそう気にすることは無いはずだ。言ってくれなかったことに対して水臭い
とは思っても、どんな相手だったかと気軽に聞くことも出来るだろう。
出来るはずなのに・・・・・太朗はそれが出来なかった。
上杉が結婚していたこと。
それまで付き合ってきたのが全て女性であったということ。
それらはじわじわと太朗の心に影響をもたらし始めた。
上杉が愛を囁く相手は、太朗でなくても・・・・・男でなくても全然構わないのだ。
携帯を見ていた上杉は、眉間に皺を寄せてそれを放り出した。
「どうしました?」
ちょうどコーヒーを運んできた小田切が尋ねると、上杉は面白くなさそうに空を仰いだ。
「タロからメールがない」
「一昨日会ったばかりでしょう?」
「1日1回はメールくれてたんだよっ。それが一昨日から無い」
「どうしてですか?」
「それは俺が知りたいくらいだ」
「・・・・・あれですかね?」
「あれ?」
様子がおかしいとは思っていた。
しかし、それは渡辺との面白くない会話のせいだと思い、何時ものように食べ物で懐柔しようとしたものの、太朗はなぜか頑
強に断った。
その時は深くは考えなかったものの、確かにあの時から太朗の様子はおかしかった。
「ほら、太朗君があなたをゲイだと勘違いした時、あなた言ったじゃありませんか、結婚してたって」
「あ?・・・・・あ〜」
「その後太朗君が子供のことも聞いてたでしょ?」
「・・・・・そういや、そんなこと言ってたな」
「あなた、いい加減な言葉で誤魔化すから、太朗君きっと不信感抱いたんじゃないんですか」
「・・・・・そんなことでか?」
「相手はまだ高校1年生の子供ですよ?すれた大人のあなたとは違います」
小田切の言葉をそのまま信じたわけではないが、上杉は急に気になってしまった。
まさかとは思うが、このまま太朗が自分から離れていかないかと、急に心配になったのだ。
「・・・・・9時か」
先程から何回も携帯を鳴らしているが、一向に太朗が出る気配は無い。
まさかもう眠っているとは思わないが、風呂にでも入っているのだろうか・・・・・。上杉は太朗がわざと電話に出ないとは思いた
くなくて、無理矢理思考を捻じ曲げようとした。
「・・・・・」
車の窓の外には、太朗の家がある。
こじんまりとした、それでも綺麗に手入れされているその家は、外から見ても温かい空気が伝わってきた。
(今日は無理だな)
このままここにいても、今日は太朗の姿は見えないだろう。
上杉は諦めたように携帯を閉じ、車のエンジンをかけた。
そして、もう一度と2階の太朗の部屋を見上げた時、先程まで閉められていたカーテンがあけられ、窓が開いているのに気付
いた。
「タロ!」
夜の住宅街だというのに、上杉は思わず車から降りて太朗の名前を呼ぶ。
すると、
「大きな声で名前を呼ぶなよ!バカ!」
上杉以上に大きな声が聞こえた。間違いなく太朗の声だ。自然と上杉の頬には笑みが浮かび、太朗が嫌がっているのは分
かっているが、さらに声を上げて呼んでみた。
「タロ!」
「何回も呼ぶなよ!直ぐ降りるから待ってて!」
何通も届いているメール。
着信履歴に残っている名前。
太朗はじっと携帯を見つめながら、どうしようかと悩んでいた。
始めは上杉に対してどんな顔をしようかと悩んでいたので連絡を取らなかったが、1日2日と過ぎると、今度は連絡をしようにも
勇気が出なくなったのだ。
もう子供の相手はしていられないとか、やっぱり女相手の方がいいとか、面と向かって言われると立ち直れないような気がし
たのだ。
そんな時、外から車のエンジンの音が聞こえた。
まさかとは思ったが、こんな住宅街で人騒がせなエンジン音を響かせる人間には1人しか心当たりは無かった。
思わずカーテンをひらき、窓を開けた太朗は、そこに夜目にも目立つ黄色い車を見つけたのだ。
「タロ!」
心地よく響く声に、ホッとした自分の気持ちを誤魔化すように叫んだ。
「大きな声で名前を呼ぶなよ!バカ!」
「タロ!」
「何回も呼ぶなよ!直ぐ降りるから待ってて!」
家まで来てくれたことが嬉しくて、太朗は慌てて部屋から飛び出ると階段を駆け下りる。パジャマ姿のまま玄関の鍵を開けよう
としたが、不意に奥から母親の声が聞こえた。
「太朗、誰がいるの?」
あれだけ大きな声で名前を呼ばれれば、太朗に用があるのは直ぐに分かっただろう。
一瞬誤魔化そうかなと思った太朗だったが、直ぐに正直に言ってしまった。
「ジローさんだよっ、ほらっ、散歩仲間の!」
「ああ、あんたが何時も言ってる・・・・・ちょうどいいわ、上がってもらいなさい」
「え?」
突然の母親の言葉に、太朗は一瞬止まってしまった。
(ジ、ジローさんをうちに?)
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