MY SHINING STAR



14








 「車、止めれた?」
 「ああ、その先に空き地があったからな」
 「ああ、あそこか・・・・・まあ、夜だし大丈夫かな」
 玄関先で待っていた太朗の頬は既に夜風で冷たくなっており、上杉は両手でその頬を包んだ。
 「ジローさん?」
こういう時、女ならば上杉の次の行動を期待して目を閉じるという行動に出るだろうが、まだまだオコサマな太朗は不思議そう
に見つめ返してくるだけだ。
上杉は溜め息をついてむにっと太朗の頬を掴んで引っ張った。
 「にゃにしゅるんにゃ!」
 「子供だなあ、お前は」



 玄関から青いチェックのパジャマ姿で飛び出してきた太朗を見た時、上杉は思わずこのまま連れ去って、その身体を組み敷
いて自分のものにしたいと思ったほどの胸の高まりがあった。
 しかし、次の瞬間、太朗の口から出たのは『連絡しなくてごめん』でも、『会いたかった』でもなく、
 「母ちゃんがジローさんに会いたいって!」
と言う、予想もしていなかったことだった。
まずい・・・・・そう思った。
見るからに怪しい自分が、高校生の子供にこんな夜会いに来ているのだ。普通の親なら警戒するのが当たり前だろう。
最悪今の散歩デートも禁止されるかも知れないとは思ったが、このまま立ち去れば更に悪い結果になるかもしれない。
 上杉は覚悟を決めて、太朗の家に足を踏み入れた。
 「狭いとこだけど」
 「兄弟いるのか?」
 「小3の弟がいるよ。生意気なんだよ、あいつ」
そう言いながらも太朗の目は笑っていて、弟のことをとても可愛がっているのが分かる。
上杉も思わず笑みを誘われたが、ふと気付いた。
 「おい、弟、まさかジローって言うんじゃ・・・・・」
 「ん?違うよ。伍朗(ごろう)っていうんだ」
 「伍朗?五人兄弟じゃねえだろ?」
 「じいちゃん、えっと、父ちゃんの方のじいちゃんにとってはゴローは五番目の孫だから」
 「・・・・・なんだ、それは」
明快過ぎるほどの単純さは家系なのかと、上杉はただ感心するしかなかった。



 案内されたのは、リビング・・・・・と、いうよりは茶の間といった雰囲気の6畳間だった。
さすがにコタツではなかったが、冬になればきっとコタツを出し、家族4人が笑いながら話しているだろう情景が容易に想像出来
る雰囲気だった。
 「母ちゃん、ジローさん」
 そして、部屋の中には1人の女がいた。
ほとんど上杉と同年輩の、普通ならば十分ストライクゾーンの女だった。
 「夜分に、お邪魔します」
出来るだけ低姿勢に、丁寧にと言った上杉に、女は笑いながら言った。
 「いいえ、上がってくださいと言ったのはこっちですから。太朗、お茶を用意しなさい」
 「は〜い」
 すぐ隣の台所に行った太朗の後ろ姿を見送ると、女は上杉を一度見据えてから頭を下げた。
 「苑江佐緒里(そのえ さおり)です。息子が何時もお世話になっています」
 「いえ、こちらこそ」
 「どうぞ、座ってください」
正方形のテーブルに向かい合って座ると、佐緒里はまじまじと上杉を見つめながら言った。
 「太朗がジローさんジローさんいうから、もっと年配の方かと思ってたんですけど。お歳、聞いても?」
 「35です」
 「あ〜、じゃあ、私より1つ下ですか。どうりであんな傍迷惑なエンジン音を響かせる高い車に乗ってらっしゃるわけね」
 「・・・・・」
少し、言葉の中に棘のようなものを感じて、上杉は僅かに眉を顰めた。
 「私ね、こう見えても昔かなり遊んでたんですよ。車の種類だって、太朗よりは分かるし」
 「・・・・・」
 「仕事も、サラリーマンって感じじゃないわね」
 「・・・・・株や、土地を扱ってますが」
 「ふふ。どちらにしてもヤクザな商売ね」
 「・・・・・」
(なんだ、この女は・・・・・本当にタロの母親か?)
 天然キャラの太朗の母親は、きっと今だ少女のようなぽや〜とした感じではないかと勝手に想像していた。
しかし、今目の前にいる女は、落ち着いたブラウン色の髪をショートボブにし、化粧はほとんどしていないながらも十分綺麗で、
その面影だけは太朗に良く似ていた。
ただ・・・・・上杉にとっては可愛く思う猫のように丸くつり上がった太朗の目とは対照的に、にっこり笑っている顔の中で切れ長
の目は鋭く上杉を見つめている。
(遊んでたって言ってたが・・・・・)
 「レディースか?」
 元々回りくどい言い回しが嫌いな上杉は、歳が近いこともあってばっさりと聞き返した。
レディース(女暴走族)と言われても、佐緒里は顔色も変えずに口を開いた。
 「群れるのが嫌いで1人で走ってたけど」
 「・・・・・旦那も?」
 「七之助(しちのすけ)さんは違うわよ。彼は真面目なサラリーマンで、私が一目惚れして落としたの。その時からそっち方面
はきっぱりと足を洗ったんだけど」
 「七之助・・・・・七人兄弟か」
 「良く分かったわね」
 「家系か、そのネーミングセンスは」
 「お待たせ。コーヒーでいいよな?」
 ちょうどその時、太朗が零れそうなほどカップいっぱいに注いだコーヒーを運んできた。



 そーっとカップを配った太朗は、上杉が何も言わないでもその隣にちょこんと座った。
 「母ちゃん、ジローさんカッコイイだろ?」
 「そうね〜。太朗の説明じゃ少し分かりにくかったけど、こうして実物を見ればね。でも」
 「父ちゃんの方がカッコいいんだろ?ったく、何時までも新婚みたいなんだからさあ」
太朗は恥ずかしそうに笑うと、隣に座る上杉を見上げた。
 「父ちゃんは熊みたいなんだよ。絶対、ジローさんの方がカッコイイって」
そう言いながらも、太朗は熊のような父親が大好きだった。縦も横も大きくて、逞しくて強いが、絶対に暴力は振るわない優し
い父親を尊敬している。
上杉と父親を並べてどちらかを選べと言われれば、今のところはまだ躊躇い無く父親を選んでしまうだろう。
 「ところで」
 「なに?」
 「こんな夜にわざわざ太朗に会いに来るなんて、恋人同士でもあるまいし、一体どんな大切な用があったのかしら?」
 「え・・・・・と」
和やかになり掛けた雰囲気を、佐緒里の一言が一瞬で凍らせた。