MY SHINING STAR
15
(直球だな)
上杉は感心したように佐緒里を見つめた。
少しの社交辞令も言わないのはいっそ気持ちがいいくらいで、上杉は出されたコーヒーを一口口に含んだ後口を開いた。
「会いたいと思ったから来た・・・・・じゃ、いけませんか」
つけたような丁寧語が可笑しかったのか、佐緒里は頬に苦笑を浮かべた。
「悪くはないけど、不思議だわ」
「何が?」
「あなたみたいな男だったら、こんな子供に会いに来る時間があったら女と会った方が楽しいでしょう?」
「俺はタロといた方が楽しいが」
「ふ〜ん・・・・・タロ、お前はどうなの?」
「え?」
今まで上杉と母親の会話をドキドキしながら聞いていたのだろう太朗は、名前を呼ばれてビクッと背筋を伸ばした。
上杉にとって一筋縄ではいかない佐緒里は、子供である太朗にとっても怖い母親なのだろう。
「お、俺は・・・・・」
多分、今まで可愛い嘘しかついたことがないだろう太朗が、自分との関係を母親にどう説明するのか、上杉は意地が悪い
かもしれないが興味津々でその横顔を見つめた。
「太朗」
「さ、散歩仲間っていうのは本当だって!ただ、その・・・・・それだけじゃないような・・・・・その・・・・・」
佐緒里の無言の圧力に必死で抵抗しているが、とても勝てる相手ではないだろう。
上杉は笑いながら太朗の頭をポンポンと叩いた。
「お前の母親は結構鋭いよな。さすがにこれ以上誤魔化せない」
「ジ、ジローさん?」
言ってしまうのかと焦ったように自分を見つめる太朗から目を逸らし、上杉は崩していた足をきちんと直して佐緒里を正面か
ら見た。
「信じたくも無いかもしれないが、俺はタロに惚れてる」
「ジローさん!」
「黙りなさい、太朗。それで?」
話は聞いてくれるような態度の佐緒里に、上杉は続けていった。
「出来ればこれからも会うことを許して欲しいが、駄目と言われても止める気はないから」
「・・・・・太朗、上杉さんの言ったこと、本当?」
「ほ、本当っていうか、ちょっと違う気もしないでもないような・・・・・」
(ジローさんめ〜・・・・・!)
まさか、上杉がここまで言うとは思わなかった。
自分よりはずっと頭も回り、子供っぽくはあるが十分大人であるはずの上杉ならば、少しは誤魔化すか、どこかぼかして言って
くれると思っていたのだ。
(母ちゃん・・・・・怒ってる・・・・・?)
パッと見た感じは、母親の表情に大きな変化は無い。
それでも内心は、こんな大人の、それも男が、自分の息子のことを堂々好きだと言ったのを聞いて、何とも思わないわけが無
いだろう。
(どうしよ・・・・・)
違うと言うのは簡単だが、自分の事を好きだと言ってくれる上杉の前で言うのはやはり気が引けるし、自分自身が全部が違
うわけではないと少しは自覚している。
キスをしたとか、身体に触れられたとか、目に見える接触というよりも、気持ちが・・・・・確かに上杉の方を向いているのだ。
はっきり好きとか嫌いとか、言葉に出して言うのはまだ難しいが、それでも確実に芽生えている何らかの思いを全て嘘で誤魔
化したくはなかった。
(・・・・・よし!)
きっと、どんなにか罵倒されるか分からないが、自分の今の気持ちをきちんと言おう・・・・・太朗はようやくそう思いきった。
「か、母ちゃんっ、あのね!」
「ストップ」
「母ちゃん?」
「いくら本当のことでも、今あんたの口から聞けばこの人の責任に出来ないじゃない」
「え?」
微妙な言い回しの意味が分からず途惑う太朗の額をピンッと指先で小突くと、母親のその視線はすっと上杉に向けられた。
「そういった人間を否定するわけじゃないけど、太朗は私と七之助さんの大切な子供だから、やっぱり普通の恋愛をしてもら
いたいと思ってるのよ、母親としてはね」
佐緒里の言い分は上杉にも十分分かるので、そこで言い返すようなことはしなかった。
「ただ、無理言って会うのを止めさせたって、この子が素直にそうするとは思えないし・・・・・大体、あなたが大人しく身を引く
とは思えないし」
「まあ・・・・・そうだな」
「だったら、傍観してるわ。いずれ若い太朗がピチピチの可愛い女の子を選ぶのを信じてね。私、嫁姑ってやってみたいのよ。
それには女の子が来なきゃ、あなたみたいな図太くて老けた男の嫁はちょっとね〜」
「・・・・・何気に毒舌だな」
「ふふ」
「な、何だよ、母ちゃん、何笑ってんだよっ」
1人仲間外れにされた気分なのか、太朗が2人の間に割って入ろうとするが、意地悪な大人2人は笑って相手にしない。
「お付き合いのお許しをもらったんだよ」
そう言いながら足を崩そうとした上杉だったが、暢気な男の出鼻をくじく様に佐緒里はにっこり笑って言った。
「あくまで、犬友達としてのね」
「おい」
「それと、遅くてもその日のうちに帰ること。午前様になったら次の月の小遣い無し」
「え〜っ!」
「それと、これが最も大事なんだけど、自分で自分の責任が取れないうちは、不純異性交遊も・・・・・おまけに、同性交遊
もしないように、いいわね?」
「小遣い・・・・・」
はっきりとセックスとは言わなかったものの、佐緒里の言葉にはそれと同様の言葉が含まれていた。
しかし、オコサマな太朗にとっては小遣い無しという方が強烈だったようで、あ〜う〜と意味不明な言葉を洩らしている。
その様子を見ていた佐緒里ははあ〜と深い溜め息をついて言った。
「あなた、苦労するわよ、こんな子供相手じゃ」
「いいんだよ」
「・・・・・」
「タロがいいんだ」
「・・・・・七之助さんが言ってくれたら死んじゃいそう・・・・・」
うっとりとそう言われて、上杉は初めて父親の姿が無いことに気付いた。
「そういや、父親は?」
「1週間の出張中。良かったわね、ここにいなくて」
「いたら殺されたかもよ?彼、私の次に子供達を溺愛してるから」
笑いながら言う佐緒里に、上杉は太朗が母親に似なくて良かったとしみじみ思った。
![]()
![]()