MY SHINING STAR



16








 「母親に挨拶ですか。ご結婚でもされるんですか?」
 「・・・・・お前のは冗談に聞こえない」
 翌日、簡単に昨夜の話を小田切にした。
その話が終わっての小田切の第一声に、上杉は呆れたように煙草に火をつけ様としたライターを放り出した。
(やっぱり言うんじゃなかったか・・・・・)
 上杉にとってこのうえもなく優秀な参謀であると同時に、ある意味鬼門でもある小田切。そんな相手に弱みを見せるのは全
く不本意だが、上杉のスケジュール管理は全て小田切の采配で決まっているので、どちらにしろ協力してもらわなければなら
なかった。
 「とにかく、これからは午前0時までに帰すって約束なんだ。これから俺がタロに会いに行く時は、ぜーーーったいに、接待は入
れるなよ?」
 「・・・・・仕事よりもデートですか?」
 「当たり前だろ〜?俺はサラリーマンじゃねえんだ、そう仕事ばっか出来るかよ」
 「・・・・・それが人の上に立つ人の言うことですか」
 呆れたような小田切の言葉は意識的に聞き流した。
どう言われ様とも、今の上杉にとっての一番は太朗なのだ。
 「それにしても、タロの母親が走り屋だったとはなあ。タロのイメージとは全然違ってたぜ」
 「へえ」
 「肝は据わってるし、まあ、美人だったが」
 「確かに、かなり有名な人だったみたいですね」
 「・・・・・ん?」
 何か、聞き逃せない言葉を聞いた気がした。
 「おい、今何て言った?」
 「かなり有名な人だったと。峠越えなんかでは男相手でも連勝してたらしいですよ」
 「おい!お前何で知ってるんだ!」
 「あなたに関係する人間を調べるのは当たり前でしょう?一応1つの会派を背負ってるんですから、万が一のことがあったらど
うするんです」
当たり前のことだと言い切る小田切に、少しも気まずそうな気配は感じられない。
 「・・・・・なんで教えなかった?」
 「教えたら面白くないでしょう?」
 「・・・・・」
(結局はそれか・・・・・っ)
小田切の最優先は間違いなく小田切自身だろう。
上司としての上杉を立ててはくれるが、楽しい、楽しくないで情報を小出しにされてはたまらない。
 「父親は本当に普通のサラリーマンのようです。見掛けは結構ごついらしいですが、気の優しい方みたいですね」
楽しそうに言うのは、それが小田切にとって好みのタイプだからだろう。
 「タロの父親だぞ?手を出すな」
 「分かってます」
(その言葉が信じられないんだよっ)
 「お前には犬がいるし」
 「はいはい」
 「浮気したら泣かれるぞ?」
念押しのように、小田切の恋人のことを引き合いにする。
そんな上杉の魂胆は十分分かっているのか、小田切はクスクス笑って言った。
 「私の犬は苛められるのが好きでしてね。涎を垂らしながら情けなく泣く姿は可愛いし、浮気したとしても、誰かが抱いた私
の身体を隅々まで嘗め回して綺麗にしてくれるでしょうから」
 綺麗な顔で、普通に自分の下半身事情を話す小田切に、上杉はもう何も言うことが出来なかった。
 「・・・・・とにかく、頼んだ」
 「一応、気に留めておきますよ」
にっこり笑って部屋を出て行く小田切の後ろ姿を見送りながら、上杉はその尻に怪しい尻尾を垣間見てしまった。



 「佐緒里さんに会わせたのかっ?」
 「違うって。母ちゃんが会いたいって言ったんだよ」
 「同じことだろ!」
 昼休みの屋上。
何時ものように弁当を広げようとした太朗は、何気なく言った言葉に以上に反応した大西にかえって驚いた。
 「佐緒里さん、何て言ってたっ?」
《おばさん》と言われると老け込むからと、母親は子供達の友人に対して名前で呼ぶように言いつけていた。
確かに、まだ30代の母親は若くて綺麗だし(認めるのは恥ずかしいが)、友人が母親の名前を呼ぶのは最初こそ違和感が
あったが、もう小学生の時からなので慣れてしまっていた。
 「変わった友達ねって。なんか、気があったみたい」
 あれから小一時間いた上杉だが、その間わりと楽しそうに母親と話していた。
太朗があまり興味がない車やバイクの話で盛り上がり、理解出来ない不可解な単語が飛び交った。
(ヤキイレとか、シメルとか、ローリング・・・・・だっけ?)
 太朗は全く会話に入れなかったが、2人は自分達だけで楽しむようなことはせず、頻繁に太朗に話をふってくれた。
煩かったのか途中で弟も起きてきて、寝ぼけていたのか上杉の顔を見た瞬間大泣きをし、それを見た太朗も母親も笑ってし
まった。
心配していた気まずさもなく、太朗としてはただ楽しかったとしか思えなかったのだが、大西にしてみればそれは全く違った意味
に取れたようだった。
 「佐緒里さん・・・・・あいつを認めたのか・・・・・」
 「なんだよ、ブツブツ言って」
 「参ったなあ〜・・・・・確かに佐緒里さんの好きなタイプだけど・・・・・」
 「おいって!」
 既に箸を握っている太朗は、早く食べようと急かす。
それに気付いた大西もやっと弁当の包みを開き始めた。
 「いただきま〜す!」
 「・・・・・」
 「あっ、今日は唐揚げ、ラッキー!仁志は?あ〜!タコさんウインナー!!」
 「やろうか?」
 「いいのっ?じゃあ、俺の塩サバやる」
ニコニコ笑いながら大西の弁当箱からウインナーを取った太郎は、さりげなく苦手な焼き魚を大西の方に移動する。
 「うまっ」
 「・・・・・」
 「ん?はひ?」
少しも箸が動いていない大西を見て、太朗は不思議そうに首を傾げる。
両頬いっぱいにご飯を頬張る太朗は本当にリスのようだった。
 「何で目を付けられたんだよ・・・・・」
 「?」
 「俺だけの・・・・・だったのに・・・・・」
 「ひほひ?」
 「何でもない。落ち着いて食わないと喉に詰めるぞ」
 「ふぉう」
 大西が一体何を言っているのか全く想像が出来なかった太朗は、そのまま弁当を食べることに熱中してしまう。
 「・・・・・」
そんな太朗を、大西はどこか思い詰めたような目で見つめていた。