MY SHINING STAR
18
上杉の一連の動きを、太朗はただ呆然と見ているしか出来なかった。
自分の知っている《喧嘩》というものとは桁違いの・・・・・《暴力》。
怖いと感じると同時に、カッコイイ・・・・・不謹慎にもそう思ってしまった。
(ジローさん・・・・・本当にヤクザさんみたいだ・・・・・)
普段見慣れた上杉とは別の面を垣間見た感じがして、太朗の胸の鼓動はドキドキと煩いくらいに激しく高鳴っている。
「タロ」
不意に、上杉が名を呼んだ。
ゆっくりと、立ち尽くす太朗の傍に歩み寄ってくるが、その隣には大柄な、父親よりも年上のような男を連れている。
(さっきの・・・・・)
突然現われたかと思うと、あっという間に男達を取り押さえた者達の中で、指示を出していたかのような男だ。
強面の厳つい風貌の男だが、どこか父親と似通った雰囲気を持つその男を見て、太朗は怖いと思うことはなかった。
「悪い、怖かったか?」
気遣うように頭に手を置きながら話し掛けてくる上杉に、太朗は慌てて首を横に振った。
「ぜ、全然怖くなかった!ジローさん、強いじゃん!」
「そうか?」
途端に上機嫌で笑う上杉に、太朗は更に言い募る。
「本当だって!3人相手に一歩も引かなかったし、あ、でも、すぐこっちの人が来てくれたけど・・・・・ジローさんの知り合いの
人?」
「ああ、俺の部下」
「楢崎といいます。せっかくのお時間を潰してしまい、申し訳ありません」
「い、いえ」
自分よりも遥かに年上の男に丁寧に頭を下げられて言われ、太朗はどうすればいいのか困って上杉を見た。
「ジ、ジローさんっ」
「ん?」
「頭上げるように言ってよ!俺、本当になんとも思ってないから!」
「・・・・・だとよ。ナラ、太朗相手にバカ丁寧にしなくてもいいって」
「はい」
楢崎は頭を上げ、今度はじっと太朗を見つめる。
「な、何ですか?」
「・・・・・会長がこちらの趣味をお持ちとは気付きませんでした」
「?」
「ぼっちゃん、会長に嫌なことをされたら、きっぱりと拒絶するんですよ?さすがに子供に無理強いはしないとは思いますが」
「ぼ、ぼっちゃん?」
会話の内容よりも、呼ばれた名前のことの方に気を取られた太朗は、まじまじと目の前の楢崎を見た。
(俺がぼっちゃん?そ、そりゃ、この人から見たら子供だとは思うけど・・・・・)
あまりにも慣れなくて、太朗は背中がムズムズするような気がした。
ガードはいらないと宣言していたものの、こうして楢崎をつけたのは小田切の采配だろう。
ガードという本来の目的とは別に、ともすれば暴走し掛ける上杉のいいブレーキ役といったところか。
(ホント、あいつは抜け目ねえな)
頼りになるが、あまりにも気が利き過ぎるのも問題だ。
「後片付けは頼んだぞ」
「はい、ちゃんと話が分かるように説明しておきますよ」
「ああ。後、明日ディーラーを呼んでくれ」
「はい」
「タロ、お前はどんな車がいいんだ?」
「え?車?どうして?」
「あれは今奴らが傷付けただろ?ゲンが悪いからな」
「何言ってんだよ!あんなのただの掠り傷じゃんか!」
「いや、でもな」
「俺んちの車なんか、母ちゃんが後ろぶつけてもそのまま乗ってるよっ?別に雨漏りするとか、走らないとかじゃないんだし、買
い換えるなんてもったいないよ!」
「タロ」
「無駄遣いするくらいなら貯金!老後の為の貯金しろって!」
「・・・・・」
堅実な太朗らしい言葉に、上杉は苦笑するしかなかった。
これが今まで傍に置いていた女達ならば、嬉々として高い外車の名前を上げていただろう。そのついでに、宝石やバックの1つ
でも上手く強請ってきたかもしれない。
若い頃はいきがっていたこともあるせいか、そんな女達の見え透いた態度も可愛いと思っていたが、ある程度人生経験を重
ねた今では太朗のような考え方が新鮮で好ましかった。
(まあ、惚れてる相手の言葉ってとこがミソだな)
ふと、楢崎が自分を笑いながら見ているのに気付いた。
もちろん表立って笑っているわけではなく、鋭い眼差しが柔らかくなっているというだけだが、普段あまり表情の動かない楢崎に
してはとても珍しいことだった。
「なんだ?」
「・・・・・いえ、いい方を選ばれたと思いまして」
「・・・・・」
「あなたを叱ることが出来るなんて、とても貴重な存在ですよ」
「ふんっ・・・・・言われなくても分かってる」
(俺にとってタロがどんなに得難い存在か)
簡単に手に入らないからこそ、価値があるのだ。
「よし、飯食いに行くか」
「ちょっと、ジローさんっ」
「タロの言い分は分かった。まあ、考慮しよう」
「考慮?」
「ほら、それより飯だ。何が食いたい?」
誤魔化すつもりではなかったが、はっきりと応えない上杉に太朗は不満そうな表情をしている。
「タロ」
そこで、上杉はするっと太朗の頬を撫でた。
まるで猫の顎を撫でてやるような仕草だが、太朗がそうされると気持ち良さそうに頬を緩めることを知っている。
案の定、太朗は何時までも難しい顔を保つことは出来なかった。
「・・・・・スシが食べたい」
「ああ、いいな。馴染みの店があるから・・・・・」
「市場直営の回転寿司知ってるんだ。安くてすっごく美味いんだよ。そこ行こう」
「回転寿司?」
上杉と回転寿司がミスマッチしたのか、控えていた楢崎の頬がそれと分かるように笑みの形になる。
横目でそれを確認した上杉だったが、そこで文句を言うほど子供ではない・・・・・つもりだ。
「分かった。じゃあ、タロのお勧めの店に行くか」
「うん!」
太朗と知り合って、もう4ヶ月は経とうとしている。
狙った相手をこんなにも長い間手をつけないままだったということはなく、上杉はそろそろ次の段階に進んでもいい頃ではないか
と思っていた。
どうやら太朗も、以前よりももっと自分に好意を抱いていると思う。
(頃合を間違えないようにしないとな)
太朗の母親に釘を刺されたこともあるが、何より太朗の心と身体も熟する時期を間違えないよう、上杉は慎重に次の行動
を考えていた。
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