MY SHINING STAR



19








 何時もと変わらぬ昼休み。
何時もと同じように屋上で弁当を広げていた太朗は、はあ〜と何度目かの溜め息をつく。
ここ数日、こんなふうに溜め息をつくことが多くなった太朗を心配し、大西は気遣わしそうに声を掛けた。
 「何かあったのか?」
 「・・・・・」
 「タロ?」
 「ん〜・・・・・特に、これってないんだけど・・・・・」
(なんか、ムズムズするんだよなあ)
 上杉と最後に会ってから、今日で10日経っていた。
何時もは2日と空けずに会っていただけに、顔を見ないとどうも落ち着かない。
(忙しいのかなって思うけど・・・・・ふつー、電話ぐらい掛けてくるもんだろ?)
 学生の自分と、一応社会人の上杉の立場の違いは分かるので、太朗は自分の方から電話を掛けることは滅多にしな
かった。
だからこそ、何時もの散歩の確認でメールを送った時、『都合が悪くなった、悪い』と、電話ではなくメールで返事があっても、
それも仕方がないと納得はした。
納得はしたが・・・・・それが10日も続くと、太朗の心の中に不安が湧き出てくる。
会うことはもちろん、電話も掛けられないほど忙しいとはどういうことなのか・・・・・それが、大人が使う体のいい断りの文句で
はないかと、こういうところは妙に敏感な太朗は疑ってしまう。
(あれだけ連絡してきたくせに・・・・・俺に・・・・・会いたいって・・・・・言ってたくせに・・・・・)
 「タロ」
 「なあ、仁志。誰かと連絡を取らないってどういう時?」
 「はあ?」
 「だから、電話もメールもしない時だよ!それまで毎日のようにしてたのに、突然ぱったり止めるのはどういうわけっ?」
 「・・・・・」
 聡い大西は、その言葉だけで太朗の指している人物が誰なのか直ぐに分かった。
(おっさん・・・・・勝負に出たのか?)
押して駄目なら引いてみろ・・・・・古典的な恋愛のテクニックだが、単純な太朗には十分効き目があるだろう。
 しかし、この隙を大西も見逃すつもりはなかった。
この機会に太朗と上杉を引き離し、太朗にもっと身近の、自分という存在に気付かせようと思った。
 「それは、やっぱりシカトする時だな」
 「シカト?」
 「会いたくないし、声も聞きたくない。フェードアウトするには一番楽な方法だろ?」
 「・・・・・会いたくない・・・・・」
(ジローさん・・・・・俺に会いたくないのかな)
 改めて考えてみると、太朗と上杉の関係は常に上杉のアプローチから始まっていた。
犬の散歩も、食事も・・・・・キスも。何時も上杉が強引に決めて、奪っていった。
(俺からは・・・・・何もしてない・・・・・)
それどころか、子供丸出しの癇癪をぶつけ、1週間会うのを禁止したりしたくらいだ。
 「俺のこと・・・・・嫌になったのかな・・・・・」



 上杉は定例会の為に、総本家大東組の関東事務所に来ていた。
事務所といっても、和風好みの現組長がわざわざ買った立派な日本家屋だ。
毎月の上納金を納める面倒なこの会には、何時もなら外面のいい小田切を寄越していたのだが、今回は来年行われる役
員選挙の話もあるということで、各会派、組の主だった代表が集まっている。
(蟻のようにいやがって)
 外には警官も立っており、上杉も中に入る時にボディーチェックをされた。
(誰が分かるようにチャカ持ってんだよ)
あまり面白くない気分のまま長い廊下を歩いていると、向こうから背の高い、端正な容貌の男が数人の男を従えて歩いてき
た。
 「よお、海藤」
 「ご無沙汰しています」
 上杉よりも年下ながら、上納金の金額では他の追随を許さない若手の出世頭、開成会会長の海藤貴士は、何時もの
ように無表情ながらも丁寧に挨拶を返してきた。
この世界は今だ年功序列がはばを効かせており、、いくら経済的に豊かでも海藤の地位はさほど高くはない。
それでも、海藤の経済力はもはや軽視出来ないほど大きくなっていて、多分次の選挙では何らかの役職に就くだろうともっぱ
らの噂だった。
 「お前も来てたのか」
 「大事な義理事ですから」
 「何時もは倉橋か綾辻が来てただろ?なあ」
 海藤の後ろに控えていた倉橋が無言のまま頭を下げた。
 「・・・・・お前んとこはいい部下が揃ってんな」
 「上杉さんのところの小田切も優秀ですよ」
 「あいつは俺をバカにするからなあ」
 「・・・・・」
開けっぴろげに言う上杉に、海藤の唇が僅かに綻んだ。
綺麗な顔だなと思った上杉は、ふと思いついたように聞く。
 「お前、この後時間あるか?」
 「何か?」
 「まあ、こんな時間だし、酒というわけにはいかねえが、少し話せないか?」
 「はい」
 年上の上杉の誘いを、海藤から断ることはない。
上杉は少し考えて時間と場所を告げると、自分も雑多な手続きをする為に奥の部屋に向かう。
(きっと、ジジイ共が手ぐすね引いて待ってんだろーなー)
 最近はかなりの内部改革をし、組の中枢を担う幹部連もかなり若返っていたが、頭の固い古い人間が全くいなくなったわ
けではない。
台頭してくる若い力を嫌がっているものも少なくなく、その筆頭のような海藤は毎回相当な嫌味を言われていることだろう。
嫌味には嫌味で言い返す自分と、妙に真面目な、そして血筋としてもサラブレットな海藤は、本来なら性格的に合わないの
だろうが、間に入った綾辻の存在で、お互いかなり相手を知ることが出来た。
(欲しいよなあ、あんな奴)
 確かに小田切は優秀だが、上杉をあまり上司として見ていない気がする。
しかし、あの綾辻ならば、今よりもっと楽しく仕事が出来そうだし、それに綾辻の持っている人脈はかなりのもので、それを手に
すれば間違いなく自分にとって有利になるはずだ。
(ま、海藤が離さないよな)
 「おお、上杉来たか」
 「お久し振りです」
 擦れ違う幹部に頭を下げながら、上杉はふと最近会っていない太朗のことを考えた。
意図したわけではないが、結果的に放置している感じになってしまい、今太朗がどんな思いをしているのか気になってしまう。
それでも、会えないこの時間で、太朗の気持ちが変化してくれれば・・・・・もちろん上杉の思う方向にだが・・・・・いいと思う。
(まあ、反対に向いてたとしても、こっちに向けさせるだけだがな)
 退屈で面白みのない定例会だが、海藤と会うことで少しは有意義な時間になるかもしれない。
奥の座敷についた上杉は、表情を改め両手を畳に着けると、中に向かって声を掛けた。
 「失礼します。羽生会、上杉です」