MY SHINING STAR
20
上杉の指定した場所は、本部から車で30分ほど移動した高級クラブだった。
上杉が到着した時は海藤は店の近くに止めた車の中におり、上杉の姿を認めてから初めて外に出てきた。
(相変わらずな奴)
「待たせたな」
「いえ」
実際、そう待たせたわけではないだろうが、一応謝って店の中に入った。
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのは30半ばの妖艶な美女だ。この店のママであるその美女は、艶やかで計算されつくした美しい笑みを上
杉に向けた。
「悪いがコーヒー入れてくれ」
「はい。海藤会長もお久し振りです」
本部からそう遠くもないこの高級クラブは接待にもよく使われており、海藤も何回かは訪れているはずだ。
にこやかに挨拶する女に軽く頷いた海藤が向かいの席に腰を下ろす。
「おい、もう少し愛想よくしてやれよ。お前に気があるんだぜ」
直ぐに女はコーヒーを運んできて、軽く会釈をした後姿を消す。
その際に海藤の横顔に熱い視線を向けていたのに、気付いた上杉は悪戯っぽく笑って言った。
「上杉さん・・・・・」
僅かに眉間を顰める海藤に笑って見せるが、当の上杉は既にあの女と何度か経験を持ったことがある。
向こうから言い寄られ、特別大事な相手もいなかった上杉は、本部に来るついでに何回か女を抱いた。
しかし、上杉にとってのその関係はあくまでも遊びで、女が僅かに見せた独占欲に気付いた瞬間、あっさりとその関係を断ち
切ってしまった。
それからも何度かこの店に来たが、上杉の態度は以前と全く同じながらも、二度と女の誘いに乗ることはなかった。
そんな女の次のターゲットが若手の出世頭である海藤だというのは見ていて分かる。
上杉は面白くなって、からかうように口を開いた。
「い〜な、お前。選び放題だろ」
「そんなことありませんよ」
「・・・・・なあ、あの噂・・・・・本当なのか?」
「どの噂です?」
「お前のイロが男だって噂」
目立つ人間の噂はかなりの確率で耳に入る。多分、上杉のことも良い事悪い事雑多な噂が囁かれているだろうが、それ
も海藤の比ではないだろう。
海藤のことはどんな些細なことでも噂は広がったが、中でも最近の大きな話題は海藤の女の話だった。
いや、女というのは間違いだろう。どんな相手でも選び放題の海藤の相手はなんと男で、それも堅気の人間だという。
「本当なのか?」
好奇心とは違う口調に、海藤は誤魔化さずに答えた。
「ええ」
「若いのか?」
「今年大学に入学したばかりです」
「へえ〜、じゃあ、うちより年上か」
「え?」
「俺の今の相手、高校生なんだよ、それも男」
「・・・・・」
さすがに、海藤は驚いたように目を見張った。
年もそうだが、相手が男だという事も驚きなのだろう。
「・・・・・上杉さん、そっちの趣味はなかったんでは?」
上杉がバツ一というのは周知の事だったし、それ以降の女関係の派手さも耳にしていたのだろう。
そんな上杉が男子高校生を相手にしているとは、さすがに噂でもたっていないはずだ。
「男と付き合うなんて初めてだし、おまけに子供だろ?時々どう相手したらいいのか迷うんだよなあ」
冗談交じりの本気の言葉は、聡い海藤には伝わったようだった。
「迷ってもいいんじゃないですか?本気の相手に余裕なんか持てないでしょう」
「お前もか?」
「ええ」
「お前も・・・・・女専門だったよな?」
「・・・・・まあ、相手するのはそれまで女でしたが・・・・・本気で愛しいと思えば、女も男も関係ありませんね」
思えば、海藤とこんなふうに恋愛事を話したことはなかった。どちらかといえば軽い上杉だが、真面目な海藤には意図してこ
ういった話を避けていたこともある。
しかし、思ったよりも素直に心情を吐露してくれる海藤に、上杉はどうしても聞きたかったことを思い切って口にした。
「初めての時って、相手は痛がったか?」
「・・・・・上杉さん」
「いや、これは好奇心じゃなくってマジな話。実は俺、まだ最後まで抱いてないんだよ」
「・・・・・」
「やり方は分かってる。ちゃんと慣らして、濡らして、突っ込むってこともな。ただ、あんまりタロが子供だからなあ・・・・・なんか、
簡単には押し倒せなくってな」
「タロ・・・・・っていうんですか?」
「ああ、タロ。可愛い名前だろ?顔も可愛いが、なんてったって性格がいい。俺の知ってる人間の中で、一番生意気でガキ
で・・・・・でも、一番可愛い」
自分でもボキャブラリーが貧弱だなと思ったが、どう考えてもそれ以外の言葉は出てこなかった。
とにかく、太朗の存在そのものが、上杉にとっては可愛くて可愛くて仕方がないのだ。
しみじみと言う上杉に、海藤もどれだけその相手を大切にしているのかは感じ取れたようだ。
「俺のは参考にならないと思いますよ」
「ん?」
「初めは無理矢理でしたから」
「・・・・・お前が?」
「急に切羽詰って・・・・・焦ったんだと思います」
何時も冷静沈着な海藤らしからぬ告白に、さすがに上杉も驚いてしまった。
ヤクザだとはいえ、これ程の美貌と金を持っている海藤に言い寄られて嫌がる相手もいたのかと妙な関心をしてしまう。
(ああ、相手は男だったが)
「まだ高校生の子供なら、あまりそういうのは・・・・・」
「そうだなあ。無理矢理は可哀想だな」
(痛がるのは仕方ないにしても、気持ちは同意してないとな)
ジレンマを感じる。
大事にしたいのと、全てを征服してしまいたいのと。
どちらの気持ちが大きいとかは言えないが、今までの上杉の恋愛は本気も遊びも全て身体の関係も込みだっただけに、いき
なりプラトニックに変更するというのも無理な話だ。
それに、まだ若い太朗には、これからどんどん新しい出会いがあるはずで、ぽっと出てきた相手に取られでもしたらそれこそ本
末転倒だ。
腕を組んで難しい顔をする上杉を見て、海藤は今度こそはっきりと分かる笑みを口元に浮かべた。
「上杉さんが色事でそんな顔するなんて想像していませんでした」
「ん?」
「普通の男に見えます」
「なんだ、それは。じゃあ、今まで俺はどう見えてたんだよ?」
「・・・・・化け物、ですか?」
「お前に言われたくはねえなあ」
自分の方こそ化け物と思っていた海藤にそう言われ、さすがの上杉も苦笑しか漏れてこなかった。
それでも心の中の引っ掛かった想いを誰かに吐露したことで、少しは気持ちが軽くなったように思える。
「今度は酒でも飲もうぜ、海藤」
「ぜひ」
お互いに冷めてしまったコーヒーを口にしながら上杉がした提案に、海藤も社交辞令ではない肯定を直ぐに返した。
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