MY SHINING STAR











 「1時間で済ませる。いいか、そいつの言うことには絶対に耳を貸すなよ?」
 そう言い捨てて、上杉は奥の部屋に入っていってしまった。
上杉の仕事の中身には全く興味のない太朗は、掌サイズの可愛いハムスターを相手に、まるで人間に対するように話し掛け
ていた。
 「なあ、お前は餅だっけ?男?女?」
 「餅は雄です」
当然話すことが出来ない餅に代わり、飼い主である小田切が教えてくれる。
 「じゃあ、栗が雌ですね?」
 「いえ、栗も雄です。つがいで買ったつもりだったんですが、店の手違いがあったらしくて。なかなか子供が生まれないので店
に行ったら謝られましたよ。交換するとは言われたんですがね、餅と随分仲かいいし、うちの番犬も今更換えるのはかわいそう
だって煩かったんで」
 「あ、番犬!」
 小田切の言葉に、太朗は先程誤魔化されてしまった番犬のことを思い出した。
 「番犬って、何犬なんですか?おっきい奴?」
 「・・・・・見掛けは土佐犬。性格はとても従順で優しいですよ」
 「と、土佐犬っ?凄いですね!見てみたいです!」
 「・・・・・多分、あれも太朗君が気に入るでしょうね。今度、上杉には内緒で会わせてあげましょう」
 「お願いします!あ、名前は何ていうんですか?」
 「哲生(てつお)です」
 「テツオ?・・・・・へえ」
(なんか、小田切さんのセンス、わかんないよなあ)



 「ああっ?今更売りたくないってどういうわけだ?誰が入れ知恵した?」
 電話の向こうの相手はただ謝るばかりで一向に話が見えてこない。
 「売りたいって言ってきたのはそっちからだろうが?こっちがどういう会社か、初めから知ってたんだろ?今更ヤクザの会社には
売れないって話は聞けねえな」
最近は警察も煩く、一般人も知恵がついてきたので、あからさまな恫喝行為は出来なかったが、あまりにも向こうがうじうじと
話を誤魔化そうとするので、いい加減上杉もイライラしてきた。
 元々そんなに欲しいとは思っていなかった土地を、昔世話になった古参の組の幹部の口利きで受け入れたのだ。ここに来
るまでは多少の金も動いたし、はいそうですかと簡単に受け入れることは出来なかった。
 「あのなあ・・・・・」
 更に話を続けようとした時、ドアが開いて組員がコーヒーを運んで来た。
と・・・・・。
 「あーーー!!ダメ〜〜〜!!」
 「っ?」
 突然けたたましい声がしたかと思うと、毛玉が2つ部屋の中に入ってくる。
そして、それを追うように太朗が部屋の中に駆け込んできた。
 「ジローさん仕事中なんだって!邪魔しちゃダメだろ!!」
思いっきり大きな声を出しながら、太朗は床に這いつくばる。
 「こら!餅!栗!出て来いって!」
 「・・・・・」
 「焼いて食べちゃうぞ!」
 上杉の眉間にあった皺が、何時の間にか取れていた。
シャープな頬には笑みが浮かび、鋭い目が柔らかい光を帯びている。
ふと入口に視線を向けると、小田切が苦笑しながら軽く頭を下げた。
これが仕組まれたのか、それとも偶然なのかは分からないが、上杉の上りかけた怒りの度合いがたちまちクールダウンしたのは
確かだった。
 「・・・・・わかった、今回の件は無かったことにしよう」
 急に態度が変わった上杉にかえって不安になったのか、電話の相手はしきりに言葉を掛けてくる。
しかし、上杉にとって大事なのはこの電話の相手ではなく、床に這いつくばって可愛い尻を見せている太朗だ。
 「じゃあ、今後そちらとうちは一切関係ないってことで」
 さっさと電話を切った上杉は、面白そうに笑いながら太朗の小さな尻をするっと撫でた。
 「ひゃあ!!」
ハムスターを捜すのに夢中になっていた太朗は、いきなりの刺激にパッと振り返る。
その顔は真っ赤になっていた。
 「な、何するんだよ!スケベ!」
 「スケベってなあ。お前が美味そうな尻を見せ付けるからちょっと、な」
 「何が美味そうな尻だよ!俺はこっちに入り込んだ餅と栗を捜してたの!2匹がジローさんの仕事の邪魔をしちゃいけないと
思って・・・・・あ」
 面白いくらいクルクルと変わる太朗の表情に、上杉はプッとふきだしてしまった。
 「・・・・・ごめんなさい、俺、邪魔しちゃった・・・・・?」
自分のこの行動の方がはるかに上杉の邪魔になったかもしれないということに気付いた太朗は、シュンと落ち込んだように眉
を下げて上杉を見つめる。
まるで無いはずの耳と尾っぽが垂れて見えるようで、上杉は今度こそ盛大に笑いながら、グリグリと力任せに太朗の頭を撫で
まわった。
 「ジ、ジローさんっ?」
 「そうだな、お前は俺の邪魔をした。見返りとして、今からドライブとメシに付き合うこと」
 「え、え?」
 「いいな、小田切、お前のペットの責任だからな」
 「はいはい。何だか、あなただけ得した感じですけどね」
 「何なら、お前ももう帰ってもいいぞ。家で待ってる犬に、たまには美味しい思いをさせてやったらどうだ?」
 「・・・・・遠慮しないでそうしますよ」
 「よし、タロ、行くぞ!」
 どんどん話が先に進んでしまい、太朗は戸惑ったように聞いてくる。
 「ジローさん、仕事いいの?」
 「そこの優秀な男が後を片付けてくれるってさ」
 「お、小田切さん」
 「思いっきり高いものをご馳走して貰いなさい」
小田切はにっこり笑ってそう言うと、部屋の中に入って片足を着き、床を覗き込むようにしながら言った。
 「餅、栗、出て来ないと・・・・・分かってますか?」
 「・・・・・あ」
次の瞬間、今までどこの隅に隠れていたのか全く姿を見せなかった2匹が、慌てたように(太朗にはそう見えた)駆け出てきて、
そのままするりと小田切の肩に駆け上ってきた。
 「す、すご・・・・・。小田切さんの言葉が分かってるみたい」
 「単に、こいつのオドロオドロした気配に恐れをなしただけだろ。ほら、タロ」
 小田切の気配が剣呑なものに変わるのを悟った上杉は、慌てたように太朗の肩を抱き寄せると足早に部屋を出て行った。
 「・・・・・貸しですよ」
ガランとした部屋の中に、小田切の声が冷たく響いた。