MY SHINING STAR



21








 「あ〜〜〜〜!!!うっとおしいぞお、俺!!」
 センチメンタルな気分は長くは続かなかった。
上杉からの連絡が無くなって二週間目の朝、太朗はウジウジしている自分が嫌になって、一大決意をして家を出た。
 「ずーっと、考えてばかりだから落ち込んじゃうんだよ!ちゃんと会いに行って、はっきり聞いたらいいんじゃん!もうガキのお守
は飽きたのかどうか、ジローさんの口を割らしてやる!!」
 学校をサボるのは初めてだ。
母親にばれたらどんなに叱られるか・・・・・想像しただけでも怖い気がするが、今のままでは自分が一歩も前に進まない気が
する。
 バスと地下鉄を乗り継ぎ、太朗は何度か行ったことがある上杉の会社に向かった。
何時もは上杉の運転する車で、ワイワイ騒ぎながら行くので時間など気にしたことも無かったが、1人ポツンと座席に座ってい
ると淋しいという思いがよぎる。
 「・・・・・なしなし!」
 暗くなってしまいそうな思いを、首をブンブンと振って振り払う。
目的の場所はもうすぐそこに迫っていた。



 「ここに泊まらないで下さいと言いませんでしたか?」
 目を開けると、目の前に仁王立ちになった小田切が腕を組んで立っていた。
 「あー・・・・・あのまま寝ちまったか」
昨夜、どうしても今日午後からの時間を空ける為に、上杉はほとんど徹夜して今日提出する書類に目を通した。
役所に提出しなければならない土地売買に関する書類は一文一句、数字も間違えてはならないので、目が痛くなるほど神
経を尖らせ、全てが終わったのは午前4時少し前だった。
それからマンションに帰るのは億劫だったので、社長室の大きいソファにそのまま横になったのだが・・・・・大柄な上杉にとっては
このソファも小さいものだったらしい。
無意識に身体が緊張していたのか、起きぬけの今はギシギシと音が鳴るのではないかと思うほど痛む。
 「風邪をひいても休ませませんよ」
 「お前なあ・・・・・お前がそうするから、俺は全っ然タロに会う時間が無いんだぞ?」
 「上納金で開成会に負けるのは腹がたつと言ったのはあなたでしょ」
 「何ヶ月前の話だ、それは。海藤とは仲良くなったんだよっ」
 「仲良く?子供じゃあるまいし」
 小田切にとっても開成会の海藤に遺恨があるわけではなかったが、自分のボスである上杉の上に誰かが立っているのは気
に食わないらしかった。
(自分は犬とお楽しみなくせに)
 「私も、テツオとは会っていませんよ」
 まるで上杉の頭の中が見えるかのように、小田切はきっぱりと言い放つ。
 「・・・・・怖いな、お前は」
 「褒め言葉と取っておきます」
 「・・・・・」
上杉は早々に言い返すのを諦め、ソファから立ち上がって伸びをした。
 「あ〜あ、スラックスも皺くちゃで・・・・・来客があったらどうするんですか」
 「着替えは置いてあるだろ」
 「そういう問題ではありません」
あからさまに大きな溜め息をついてみせる小田切の背を回って、上杉は着替えをしようとシャツのボタンを外して上半身裸にな
り、スラックスのベルトを取ってボタンを外した。
 「ネクタイまでは無いでしょう。私のと交換してあげますから」
小田切はそう言いながらスーツの上着を脱いだ。
 「何で脱ぐんだよ?」
 「襟元がゴワゴワしたら嫌なんですよ。1回ちゃんと脱いできちんと着直さないと」
 「はいはい」
身だしなみに煩い小田切にそれ以上は何も言いまいと、上杉は机の上に置いてあった煙草を咥えた。
その間にも、小田切はシャツのボタンを上から数個外し、スルッとネクタイを取った。
 「どうぞ」
 差し出されたそれを受け取ろうとしたその時、
 「おっ、お客様です!」
ノックもそこそこに飛び込んできた若い組員が、慌てたように叫んだ。



 それより少しだけ前。
太朗は目的のビルの前に立ち、大きく深呼吸しながら一歩足を踏み出そうとした。
が・・・・・。
 「あ、あれ?ヤクザって朝からやってるんだっけ?」
(普通の会社とは言ってたけど・・・・・)
 「ま、いっか」
 朝9時過ぎ、学生服の少年がこんな会社の前に立っているのはそれだけでも目立つが、当の本人は全く気にしないまま玄
関を開けた。
 「おはよ−ございます!!」
 「あ」
 「おま・・・・・い、いや、あんたは、会長の・・・・・」
勢いよく中に入った太朗は、その場にいた厳つい男達にペコンと頭を下げた。
 「おはようございます!ジローさんいますか?」
 「ジ、ジローさんってーと・・・・・会長のことか、ですか?」
 「そうです、会長さんのジローさん。俺、話があって来たんだけど、会えますか?」
 「ち、ちょっと、待ってな、おい!お前、上行って会長に大事な人が来たって伝えろ!・・・・・ああ、ごめんな、大声出して。ほ
ら、ここに座って・・・・・おい!茶ー、いや、ジュース持って来い!」
 「あの、お構いなく」
 応対してくれた年配の男が、若い男を怒鳴りつけると、打って変わった優しい表情で(多分、本人にとってはだが)太朗にソ
ファに座るよう勧めてくれた。
自分の組のトップが追い掛け回している目障りな存在のはずの太朗に対しても、子供だからなのかも知れないが皆優しい。
見掛けは怖いし、そもそもみんなヤクザだが、太朗は今までこの人達を嫌いだとは思ったことは無かった。
 「直ぐ降りてこられますよ」
 「じゃあ、いるんですか?」
(良かった)
太朗がほっとして笑った時、勢いよくドアが開かれた。
 「タロ!!」
 「ジローさっ・・・・・!」
(な、なに・・・・・?)
 慌てて駆け込んできた上杉の格好に、太朗は思わず目を丸くしてしまった。
 まるで今起きたばかりのような寝癖の付いた髪。
ボタンをせずに羽織っただけのシャツに、ベルトを外したスラックス。
一体何をしていたのだろうと途惑った時、続いて駆け込んできた小田切の姿を見た瞬間、太朗の目はますます大きく見開か
れた。
(お、小田切さんの格好・・・・・!)
ネクタイもせず、外されたシャツのボタン。
2人の間で何があったのか、一瞬の内に目まぐるしく想像してしまった太朗は、次の瞬間事務所中に響き渡る声で怒鳴った。
 「ジローさんのエロエロ魔人!スケベジジイーーー!!」