MY SHINING STAR
23
「お〜、大福(だいふく)、今日はタロが来てるぞ」
ドアを開けるなり、真っ白なぬいぐるみのような犬が駈け寄ってきた。
上杉が身を屈めて大きな手で頭を一撫でしてやると、大福は尻尾を千切れんばかりに振っている。
それだけでも、上杉がこの犬をどんなに可愛がっているのかが分かる気がして、太郎は玄関に立ったままぼんやりとその光景
を見つめていた。
(・・・・・い〜なあ、大福・・・・・)
あの大きな手で頭を撫でられたら気持ちいいだろうなあと思い、そう思った自分に太朗は慌ててブンブンと頭を振った。
「タロ、どうした?」
「う、うん、何でもない」
上杉のマンションには何回か訪れたことがある。
それは全て大福と会う為という理由からなのだが、今日は違う。今日は上杉と話をする為にここに来たのだ。
「何飲む?」
「い、いいえ、いい、です」
「なんだ、タロ。お前、緊張してんのか?」
苦笑を零した上杉は、冷蔵庫の中から太朗の好きな甘めの缶コーヒーを取り出して渡してくれた。
「・・・・・ありがと」
「あんまり素直だと調子狂うな」
「・・・・・」
「まあ、このまんまじゃお前も落ち着かないか。・・・・・タロ、さっきお前が見たのは全部誤解だ」
上杉は出来るだけ詳しく状況を説明した。
仕事が立て込んでしまい、夜遅くの連絡は避けていたこと。
実は機械が苦手で、あまりメールも得意ではないこと。
先程の服の乱れは、昨夜の徹夜の後に服を着替えようとしていたところに、太朗の来訪を聞いて慌てて駆けつけたからだと
いうこと。
一つ一つの事柄は言葉で言えば一言で済まされるくらいだったが、全てが積み重なってしまったばかりに太朗に誤解をさせ
てしまった。
「悪かった、タロ」
「・・・・・ふぇ・・・・・」
「お、おいっ?」
「お、俺、ジローさんに飽きられちゃったって・・・・・もう、会いたくないって思われたかと思って・・・・・っ」
顔をクシャッと歪め、太朗は泣き出す寸前のような顔をした。
何時も元気で生意気なほど気の強い太朗のそんな表情は見たくなくて、上杉は思わず小さな頭を抱き寄せて自分の胸の
中に抱え込んだ。
「お前が欲しいって、何度も言っただろ?」
「・・・・・」
「俺だって、男の・・・・・それも高校生相手の恋愛なんて初めてなんだ。出来るだけ女みたいに扱わないようにしていたつも
りだが、今回のは違うな・・・・・配慮が足りなかった」
「・・・・・」
「ターロ?そんなに大人しくくっついてると、このまま喰われても知らねえぞ?」
上杉の気持ちを改めて聞いて、太朗の心臓は爆発しそうに大きく鼓動を打った。
(俺のこと・・・・・欲しいって・・・・・)
それがどういう意味か、はっきり分からなくてもおぼろげながら想像がつく。
暑いあの日、事務所で嵐のように経験させられたようなことをされるのだろうと。
「タロ?」
怖いし、恥ずかしいし、男同士というのは少しおかしい気もするが、今、このタイミングでないと、この先再びこんな気持ち
になるのが何時なのかは分からなかった。
(ジローさんだって、ちゃんと言ってくれたんだし・・・・・!)
「・・・・・いーよ」
「タロ?」
「俺だって男だ!このまま逃げたりなんてしない!」
これからの行為を考えれば限りなく色っぽくはない言葉だったが、上杉にとってはこの太朗の言葉は睦言にも等しいものだっ
たらしい。
一瞬、呆然と腕の中の太朗を見つめていたが、目元を真っ赤にして太朗がじっと睨むようにして見つめ返すと、次の瞬間息
苦しいほど強く抱きしめられた。
「取り消しの言葉は聞かないからな」
「取り消しの言葉は聞かないからな」
そうは言ったが、上杉は子供の勢いというものを知っていた。
感情に流されて頷いたはいいものの、いざという時に逃げ出してしまいたくなる気持ちは自分も知っている。
色事に関してはそんな経験は皆無だったが、太朗にとっては同列であろうという事も分かっていた。
「タロ、さっきも言ったが、俺は昨日事務所に泊まりだった」
「え?」
「だから、今からシャワーを浴びてくる」
上杉が何を言おうとしているのか分からないのか、太朗は不安そうな目を向けてきた。
「チャンスは1回だけだぞ」
「・・・・・チャンス?」
「逃げるチャンスだ。もう一度よく考えて、やっぱり怖いと思ったらそのまま帰れ」
「え・・・・・」
「大丈夫だって。1回ドタキャンされたくらいでタロを嫌いになるはずない。まだ早かったのかって納得出来るしな」
このまま流れのように太朗を抱きたくはなかった。
その綺麗な心まで欲しいと思って、上杉にしてみればかなり時間をかけて口説いてきたのだ。この1回がたとえ未遂に終わっ
たとしても、それ程のショックは受けないだろう。
「よく考えろ、タロ」
上杉は太朗をソファに座らせると、そのままバスルームに向かった。
(どうするか・・・・・逃げるか?)
頭からシャワーを浴びながら、上杉はこの先のことを目まぐるしく考えた。
このまま太朗が帰っていたとしたら、自棄酒と称して酒を飲んで寝てしまおうと思う。
しかし・・・・・そのまま、太朗がそこにいたとしたら・・・・・?実際にその状況になって、上杉は自分が太朗を気遣えるかどうか
自信がなかった。
何しろ、太朗と出会ってからは遊びでも女を抱くことはしなかったのだ。自分では自覚していないが相当に溜まっている気
がする。
誕生日を迎えていない太朗はまだ15歳だ。それが早いのか遅いのか。
(女も抱いたことがない子供に手を出すなんて・・・・・悪い大人だな)
そう思いながらも、他の誰にも太朗を渡す気はない。
そんな矛盾する自分が可笑しくて、上杉は自嘲の笑みを洩らした。
「・・・・・いい頃か?」
もう、20分はシャワーを浴び続けただろう。
いい加減に踏ん切りをつけた上杉は濡れた髪を拭い、腰にバスタオルを巻いて鏡の前に立った。
「・・・・・まあ、まだおっさんじゃねえよな?」
太朗から見れば、上杉はほとんど父親と同じ歳だ。ただ、同年代の男達と比べれば、常に身体を鍛えているし、身体はま
だ引き締まっている。
「・・・・・っし」
柄にもなく緊張する。そこに太朗がいるかどうか・・・・・上杉は一呼吸ついてリビングに足を踏み入れた。
「長風呂は親父の証拠」
ソファの上で、クッションを抱きしめたまま座っていた太朗が、照れ隠しなのか早口で言う。
思わず零れそうになる安堵の溜め息を誤魔化すように、上杉は不敵な笑みを浮かべて言った。
「いい覚悟じゃねえか、タロ」
![]()
![]()