MY SHINING STAR



29








 母が入れてくれたのは、極上の玉露だった。
大切な客が来た時にしか入れないそのお茶を太朗にも入れてくれ、佐緒里は自分も一口それを飲んで・・・・・深い溜め息を
ついた。
 「しょうがないわねえ」
 「・・・・・」
 「こんなこと言うことなんて考えたこと無かったけど・・・・・太朗は嫁に出したということね」
 「母ちゃん・・・・・?」
『上杉さんの坊主頭も見たくはないし』と、続ける佐緒里の言葉の意味を直ぐに察知した上杉とは違い、太朗は少し首を傾
げるようにして聞き返した。
 「俺が嫁で、ジローさんが坊主って何?」
 「・・・・・上杉さん、こんな子供で本当にいいの?」
呆れたように笑う母と、それに笑みで返す上杉。
2人だけに意味が通じているようで面白くない太朗だったが、どうにも口が挟めない感じなので、不満げな表情ながらも黙って
いる。
そんな、見るからに子供っぽい太朗の仕草に、佐緒里の目は細められた。
 「絶対、奥手だと思ってたんだけど」
 「?」
 「大人の男に引っかかったか」
 「何?それ?」
 「男の子2人生んでて良かったってこと」
 「・・・・・」
(母ちゃんの言ってる意味、分かんないよ)
それでも、佐緒里の口調から考えると・・・・・。
 「えと、もしかして、いいってこと?」
 「駄目だって言ってもいいの?」
 「やだ!」
 「ほら。そう言うのが分かるから・・・・・仕方ないじゃない。ヘタに反対して、本当にこの人に太朗を連れて行かれちゃったら、
母さんきっと泣いちゃうわ」
 苦笑を零す佐緒里は、多分もっと色々言いたいことはあるのだろう。
ただ、面と向かって上杉も、太朗も詰らない母は、やはり太朗にとっては最高の母親だった。
 「あ、ありがと、母ちゃん」
 ホッとしたのと、嬉しいのと、気持ちがゴチャゴチャになって泣きそうになった太朗の額を佐緒里は軽く小突いた。
 「・・・・・苦労すること分かってるんだけど・・・・・まあ、男ならそれぐらい乗り越えられるか」
 「うん!」
 「それに、負けて泣いて帰ってきた方が私にとっては都合がいいしね、上杉さん」



 さすが太朗を育てた母親だなと思う。
若い頃は無茶をしたと言っていたが、佐緒里はかなり思慮深く懐が広い。
(タロがいなかったら惚れてたかもなあ)
これ程の女が恋い慕う太朗の父親もきっといい男で、この両親に育てられたからこそ、太朗はこんなにも綺麗で真っ直ぐなの
だろう。
そんな太朗に惚れてしまったのは、もう必然としか考えられない。
 「あ、上杉さん、一応、太朗が高校を卒業するまでは、あなた達のことは七之助さんには秘密ね。彼が知ったらあなた殺さ
れるわよ」
 「大げさだな」
 「どうかしら」
 佐緒里は笑うと、今度は太朗に向かって言った。
 「太朗、前の母さんとの約束は覚えてるわね?」
 「う、うん」
 「責任が取れるのはあくまで上杉さんで、あなたはまだまだ未成年。まあ、今回の事はここまで気付かなかった母さんの目が
節穴だったという事もあるけど、罰は罰よ」
 「あ、あの、母ちゃん?」
 「プラス、不純同性交遊もしたようだし、あんたは3ヶ月間小遣い無し」
 「えーっ?」
太朗にとってはそれはかなり大きなペナルティだったらしく、佐緒里に必死で抗議をしている。
 「それって、オーボーだよ!」
 「だって、あんたはまだ扶養家族でしょ?親との約束を破ったんだから、それなりの罰は受けないと懲りないじゃない」
 「え〜!!」
 「学校もサボったし」
 「あー・・・・・うー」
 「ふふ、覚悟なさい」
 佐緒里も太朗をからかうのは楽しいのか、口調も表情も楽しそうに緩んでいる。
2人にとっては、これは日常の風景なのかもしれない。
 「・・・・・」
(いい性格してるよ)
太朗を宥める為にも、金のことは心配要らないと一言言ってやりたかったが、そう言うと太朗にも佐緒里にも反感を買いかね
ないだろう。
この2人には、上杉の財力はあまり意味の無いもののようだった。



 「太朗が高校を卒業する時まで、せいぜい打たれ強くなってることね。七之助さんの拳は重いわよ」

 玄関先で見送ってくれた佐緒里の言葉に、上杉は苦笑をしながら頷いた。
それは、この先・・・・・多分、高校を卒業する時になっても、2人が一緒にいるだろうということを見越しての言葉なのだろう。
上杉はありがたいと思う。
多分、上杉が何らかの怪しい職業であろうということには気付いているだろうに、見てみぬ振りをしてくれる佐緒里の度量の大
きさに感謝するしかない。
 「何かさあ、俺ばっかり損した気分」
 家の前まで上杉を見送りに出た太朗は、ブーっと頬を膨らませて言った。
 「俺、昼飯の足りない分とか、帰りの買い食いの分とか、全部小遣いから出してるのに・・・・・」
 「ははは、タロにしては大きなペナルティーだよな」
 「・・・・・笑い事じゃないよ」
太朗は上杉を軽く睨んだが、直ぐにへへっと頬を緩ませた。
 「でも、母ちゃんにちゃんと言えて良かった」
 「タロ」
 「家族に嘘なんかつきたくないじゃん。それに、ジローさんは本当にいい人なんだから、母ちゃんが気に入ったとしてもおかしく
なんてないよ」
 「・・・・・いい人っていうのは聞きなれないがな」
 「だって、俺が好きになった人だろっ」
事も無げにそう言い切れる太朗に、上杉はクッと笑みを漏らした。
 「いーなー、お前」
 「え?」
 「・・・・・タロを見付けて良かった」
 「な、何急に変なこと言うんだよ!」
 「変なことじゃないだろ」
 「・・・・・変だよ」
 「まあ、変でも何でもいいや。とにかく、俺は最高の気分なんだよ」
 今日、この手に太朗を抱いて。
絶対に反対されるだろうと思っていた太朗の母佐緒里に、条件付ながらも暗黙のうちに許されて。
こんなに最高の1日は今まで無かったと思うくらいだ。
(せいぜいジムにでも行って鍛えるか)
こんなにも愛されている太朗を手にしたのだ。一発や二発、怒りの拳を無抵抗で受けるなど、上杉は当然のことだと思った。