MY SHINING STAR
7
じとっと小田切に真上から見下ろされ、上杉はイスにふんぞり返ったまま憮然と言った。
「何だ」
「あなたの大人げなさには呆れました」
「ああ?」
(何でこいつが知ってんだ?)
「一週間絶交!!」
キスの後、怒り心頭の太朗にそう宣言されたのはまだ昨日の話で、その場にいなかったはずの小田切がなぜそのことを知っ
ていたのか、上杉は少し薄気味悪さを感じて視線を逸らした。
可愛い太朗の可愛い宣言は、どうせ言葉で丸め込めば何とかなると思っている。それでも駄目なら、太朗お気に入りの自
分の愛犬大福(だいふく)を引き合いに出せはいいだろう。
上杉は楽観的にそう思っていたが、太朗の行動は案外に素早くきっちりしたものだった。
「太朗君からメールがきました」
「え?」
思い掛けない言葉に思わず顔を上げる上杉をじっと見つめながら、小田切はニンマリと綺麗な唇に笑みを浮かべた。
「一週間、あなたには暇が出来ないほど仕事を詰め込んで欲しいとのことです」
「ああ?」
「太朗君を怒らせたんでしょう?理由は言ってくれませんでしたが、随分と厳しい口調でしたよ」
「・・・・・やるな、タロ・・・・・」
「何言ってるんですか」
上杉を自由にさせない手段として小田切を利用するのはかなり有効的だ。
上杉のスケジュールは全て小田切が握っているし、小田切を味方につければ上杉の行動を制限するのはほとんど可能だっ
た。
太朗の頭の回転に感心した上杉だったが、ふと思い付いて眉を顰めた。
「お前・・・・・何時からタロとメール交換してんだ?」
「アドレスを交換してからですよ。一週間に2、3回くらいですね」
「何だよ、俺には滅多に送ってこないくせに・・・・・」
「・・・・・」
(まあ、そうでしょうね)
太朗が小田切にメールを送ってくるのは、ほとんどが上杉と会う日の午前中だった。
仕事は大丈夫か、自分と会う時間は取れそうかと、どれも上杉を気遣った内容で、小田切はそこまで思われているならば
恋愛感情は無くてもいいんじゃないかと思うほどだった。
(遊びみたいな身体の関係しか持ったことがないから、いざという時に情けなくなるんですねえ)
小田切の視線を横顔に感じて、上杉は更に不機嫌な表情で睨みつけた。
「なんだ、まだなんか自慢があるのか?」
「・・・・・そういうわけではないんですがね」
「・・・・・」
「とにかく、一週間は大人しくしてもらいますよ」
(可愛い太朗君の決めた罰ですからね)
「ごめん!!」
太朗は大西に向かってガバッと頭を下げた。
「なんか、変なとこ見せて!ホントはジローさんってもっと気さくでいい人なんだよ?ちょっと強引なとこがあるけど犬好きだし、
おいしいもの食べさせてくれるし!昨日はなんかおかしかったんだよっ」
昨日は、何時大西と別れたのか太朗は覚えていなかった。
気が付いたら上杉の車で自宅近くまで送られていて、鮮明に覚えていたのは熱烈なキスのこと。
とっさに上杉には絶交を言い渡したが、男同士のキスという普通ならありえないものを見せてしまった大西のことが気になっ
て仕方がなかった。
自分と上杉のことをどう思ったのか・・・・・知りたいのに電話もメールも出来ないまま一晩を過ごしたが、どうしてもそのまま何
も無かったようには振舞えない太朗は、昼休みようやく大西を引っ張って何時もの屋上に行き、開口一番とにかく言いたかっ
た謝罪を口にした。
「・・・・・タロ、昨日のことは・・・・・」
「うん、昨日はジローさんが全部悪いからっ。大人のくせに子供みたいなことして〜」
昨日のことを思い出し、太朗の頬は真っ赤になる。
「ちゃんと怒ったからなっ」
「怒ったって・・・・・お前が?」
「当たり前だろ!」
堂々と言い放つ太朗に、大西はハァと溜め息を付いた。
「タロ・・・・・もしかして昨日の俺の言葉、聞いてないだろ?」
「仁志の?え・・・・・あれ?」
(なんか言ってたっけ?)
正直に言えば大西の前でされたキスのショックが大き過ぎて、その前後のことはすっぽりと記憶から抜け落ちていた。
何か言っていたとは思うが、それが何なのかは全く思い出せない。
「・・・・・ごめん、仁志、何て言ったんだ?」
「お前なあ〜」
呆れたような大西の声に、思わず肩をすくめてしまう。
「ごめんっ」
「・・・・・いいよ。俺もあんな風に言うつもりじゃなかったし」
「?」
「でも・・・・・お前いいのか?あいつ、本物のヤクザだろ?普通俺達が付き合うような人間じゃないだろ?」
「・・・・・そうなんだけど・・・・・」
「だけど?」
「ジローさんは・・・・・」
(・・・・・ヤクザさんには見えないし・・・・・)
太朗の知っている上杉は、とてもじゃないが想像するようなヤクザには見えなかった。
実際事務所にも行き、怖そうな人達を一言で動かす上杉を見たものの、太朗にとっての上杉は多少俺様ながら犬好きで、
少しエッチな年上の犬友達・・・・・。
(・・・・・友達?)
大事なところを触ったり、大人のキスを仕掛けてくる友達がいるだろうか?
もっと考えれば、同じ男にそんなことをされて、怒ってはいるが嫌だと思っていない自分はどうなのだろうか・・・・・?
(・・・・・うわ、なんにも思いつかない・・・・・っ)
「・・・・・仁志」
太朗は縋るような目で大西を見た。
「俺、わかんない」
「・・・・・俺の方がもっと分からないって」
「・・・・・うん」
まだまだお子様な太朗にとって、この問題はあまりにも重いものだった。
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