MY SHINING STAR
8
上杉に一週間の絶交を言い渡した間、太朗がずっと悩んでいたかといえば・・・・・そうは言えないだろう。
確かに大西の言葉もあり、太朗は自分と上杉の関係を初めから考えてみようとした。
しかし、元来あまり考えることが得意ではない太朗は、色々考えているうちにもう後回しにしてしまおうとさじを投げてしまったの
だ。
そして・・・・・。
「あ」
「こんにちは」
数日後の放課後、部活に出る大西と別れて帰ろうとしていた太朗は、校門を出て直ぐににこやかに微笑む綺麗な人物を
見つけた。
「小田切さん!」
パッと笑顔になった太朗を見て、小田切も優しく目を細める。
「太朗君さえ良ければ、少し時間をもらえませんか?美味しい手作りハンバーガーをご馳走しますよ」
「手作りっ?行きます!お腹ペコペコで・・・・・あ!」
小田切に駈け寄ろうとした太朗は、はっと気付いたように足を止めた。
(小田切さんがいるってことは・・・・・)
小田切が誰に付いて仕事をしているのか気付いた太朗は、慌てたように小田切の傍に停まっている車の中に目をやった。
(・・・・・いない)
今はあまり会いたくないなと思っていた美丈夫な男は乗っておらず、太朗はひとまず安堵の溜め息をつく。
そんな太朗を見て、小田切はクスクスと笑い出した。
「今日は会長とは一緒じゃないんですよ。抜け駆けして私だけ来たんです。・・・・・会いたかったですか?」
「ぜ、全然!今、絶交中ですから!」
「ふふ、そうでした。明日までは絶交期間でしたね」
「・・・・・はい」
「じゃあ、安心したところで車にどうぞ」
小田切の乗ってきた車は上杉のようにハデで目立つものではない、それでも国産の高級車だった。
運転席には若い男が座っており、太朗が中に乗り込むと人の良い笑みを向けて挨拶をしてきた。
「こんにちは」
「は、はい、こんにちは、お邪魔します」
(なんか・・・・・男らしい人だな)
上杉のように派手な美形ではなく、小田切のような華やかな美人でもない。
太い眉に垂れ目が印象的な、ごくごく日本人らしい顔立ちだが、服の上からも分かるがっしりした体付きや太い腕は、太朗が
ずっと憧れている『日本男児』という雰囲気だった。
「・・・・・どうしました?」
太朗がじっと運転席の男を見ているのに気付いたのか、小田切が楽しそうに訊ねてくる。
太朗は慌てて小田切に視線を移した。
「あ、すっごく良い身体してるなあって思って」
「ああ、彼は有段者だからね。空手と柔道・・・・・他、何だっけ?」
バックミラー越しに小田切が問うと、男は垂れ目をますます垂れさせて嬉しそうに言った。
「拳法を少しだけです」
「すごい!いいな〜、だからそんなにカッコイイ体付きなんですか?」
「か、カッコイイなんて・・・・・」
恥ずかしそうに笑う、とてもヤクザとは思えない男に、太朗は好感を持った。
「あ、俺、苑江太朗っていいます」
「あ、私は・・・・・」
一瞬口ごもった男の代わりに、今まで2人の会話を面白そうに聞いていた小田切が代わりに答えた。
「彼は宗岡哲生(むねおか てつお)というんですよ」
「宗岡さん?・・・・・あれ?テツオって、小田切さんの飼っている土佐犬と同じ名前ですよね?」
「い、犬?」
「偶然です」
宗岡の疑問は、小田切のたった一言で却下された。
小田切が案内してくれたのは小さな洋食店だった。
遠慮する宗岡を強引に誘い、3人は窓際の明るい席に腰を下ろした。
「俺、こんな店に来るのって初めてです。すっごく楽しみ!」
学生服を着た、まだまだ幼い表情の少年。
自然な薄茶の髪に薄い目の色をした、女顔負けの美しい男。
髪も眉も真っ黒で、垂れ目が印象的な、格闘家のように大柄な身体をした人の良さそうな若い男。
1つのテーブルに座っているというのに全く関係が読めないこの3人は、チラチラと寄せられる視線を全く気にすることなく(若い男
は恥ずかしそうに俯いているが)、楽しそうに会話をしていた。
「じゃあ、今日の散歩はお母さんが?」
「はい、今日は会社が休みだから、たまには友達と遊んで来いって。俺は犬の世話は嫌じゃないけど、ほんのたまにはこうし
て道草もしてみたいと思ってたんです」
車の中から家に電話すると、珍しいことだと母親は笑って散歩を交代してくれた。
2匹とも歳が歳なので、あまり距離もかけないということもあるだろうが。
「小田切さんは散歩とかどうしてるんですか?」
「散歩?」
「土佐犬とかだったら、大変でしょう?」
「・・・・・そうでもないよ。ちゃんと自分で考えるし、私の言うことはよく聞くし」
「見たいな〜、今度会わせてくれませんか?」
「そうだね」
小田切はちらっと宗岡に視線を向けて微笑む。
それに気付いた宗岡は、ますます大きな身体を縮めて出された手作りハンバーガーを大きな口で数口で食べてしまった。
「・・・・・すご」
(俺も食べよ!)
宗岡の食べっぷりに刺激されたのか、太朗もムシャムシャと安価なハンバーガーとはまた違う、たっぷり肉の入った手作りハン
バーガーを美味しそうに食べ始める。
1人だけ、紅茶しか頼まなかった小田切は、しばらくして太郎に話し掛けた。
「ねえ、太朗君」
「むあい?」
リスのように両頬にいっぱいに頬張って食べていた太朗は、目線だけを小田切に向けた。
「なんだかね・・・・・北極にいるみたいなんですよ」
「ふぁあ?」
「機嫌が悪いったらない」
「・・・・・も、もしかして、ジローさん?」
「そう。大人気ないジローさん」
「裕さんっ」
小田切の言葉に宗岡が慌てたように声を掛けるが、それは上司を名前で呼ぶという有りえないものだった。
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