熱砂の恋
3
※ここでの『』の言葉は外国語です
「本当にごめんなさい!」
自分では出来る限りの説明をしたつもりだった。
それでも騙したという事実は消えないので、悠真はこれ以上出来ないというくらい腰を曲げて頭を下げた。
「ユーマは16か」
「は、はい」
「では、問題はないな?」
「え?」
「我が国では、15を過ぎれば結婚出来る」
「え、あ、あの、どういう・・・・・」
「私はお前が気に入った。このような見合いの席など建前だけで、どうせ臣下達が家柄だけで妾妃を決めると思っていたが、
思い掛けなく自分の目で東洋の真珠を見つけることが出来た」
「し、真珠?」
「アバヤの下から現われたお前の顔を見た時、いや、お前のその黒い瞳を見た瞬間から、私の側に置きたいと思ったのだ」
「え〜っ?」
アシュラフの言葉が思いもかけないことを言い出したので、悠真はただ呆然とその精悍な顔を見つめることしか出来ない。
(お、俺が、結婚?男と?)
確かに、アシュラフの顔に見惚れはした。線の細い自分とは違い、見るからに男らしく、誰もが憧れるであろうアシュラフをカッコイ
イと思った。
しかし、そこから結婚などという発想は全く無い。
そもそも、男同士で結婚など出来るはずが無いだろう。
それは日本だけではなく、世界の大部分の常識のはずだ(一部例外があることは悠真の頭の中には無かった)。
「ごめんなさい!本当に悪かったと思っていますから!」
そうなると、これは自分を騙そうとした悠真を懲らしめる為の悪い冗談としか思えなかった。
どうにか許してもらおうと悠真は必死で謝るが、アシュラフはなぜ悠真が謝るのか理解出来ないようだった。
「ユーマ、私はお前に怒りなど感じてはいない」
「だ、だったらどうして結婚とか・・・・・っ」
「確かに正式な妻とはしてやれないが、ハレムに囲う妾妃には出来る」
「ハ・・・・・ハレムって、王様以外の男は入れないんじゃ・・・・・」
「確かにそうだが、妾妃として男を囲っている王族はいる。砂漠の男は、一番大切な人間はハレムの一番奥に隠して誰の目
にも触れさせることはない。お前が何を心配しているのかは分からぬが、私は誰よりもお前を大事に愛そうと誓おう」
「お、皇子様っ」
「・・・・・その呼び名はあまり良いものではないな。アシュラフと呼んでくれ、ユーマ。この国には私以外にも4人の皇子がいる。
まさかとは思うが、他の人間のことを呼んでいるとは思いたくないからな」
悠真にそう言いながら、アシュラフは自分自身の気持ちが既に固まっていることを自覚した。
たった数十分前に会ったばかりの、それも少年に対して、自分がこんな風に心を奪われるということを考えてもみなかったが、現
実としてアシュラフは目の前のこの少年を手離したくないと思っている。
男だということや外国人だということに遠慮して少しでも目を離してしまえば、このまま悠真は自分の腕の中からすり抜けてしまう
だろう。
(それだけは・・・・・許さぬ)
自分以外の誰かが悠真の隣に立つことなど想像もしたくない。
アシュラフは逃げ腰の悠真の腕を掴んだ。
「ユーマ、私は・・・・・」
熱い言葉で頑なな悠真を説得しようと思った時、人の気配を感じたアシュラフは反射的に悠真の身体を抱き寄せて自分の胸
に押し付けた。
『誰だ』
皇太子であるアシュラフの居住区の中で自由に動ける人間など限られている。
アシュラフの想像した通り、現われたのは見慣れた人物だった。
『なぜ、お前がここにいる?』
『大事な兄上の見合いに立ち会いたいからと、聞かなかった?ルトフに』
『アミール』
『兄上が彼を連れ出したのを見て後を追ってきたんだ。まさか花嫁選びの見合いの中に男が紛れ込んでいたなんてねえ』
『・・・・・』
『顔を見せてくれてもいいんじゃない?兄上』
楽しそうに言うアミールに、アシュラフは眉を顰めた。
第二皇子のアミールは、第三妾妃から生まれた。
砂漠の男にしては少し線が細く、古いしきたりを端から破るような男だった。
しかし、その陽気な性格のせいか、王や気難しい長老さえも型破りなアミールを苦笑しながら見逃していた。
女関係も激しく、国内だけではなく外国の女達ともかなりの数関係を持っているようだ。
第二皇子なだけに気持ち的にもかなり楽なはずの弟を、幼い頃から次期王として教育を受けてきたアシュラフは内心羨ましく
思っていた。
『兄上』
『我が妻になるかもしれない者の顔を見せるわけにはいかない』
『男なのに?』
『・・・・・』
広間から悠真を連れ去った後を追いかけて来たとすれば、先ほどまでの自分達の会話は聞いていたのだろう。
きっと、顔も名前も分かっているはずなのに、一々自分に許しを得ようとするアミールに、アシュラフはますます悠真の顔を自分に
押し付けた。
『お前が何を見聞いたのかは知らないが、これは大臣達が選んだ花嫁候補の中にいた者だ。男のはずがないだろう』
『・・・・・そうきますか』
『それよりも、その不躾な目を向けるのは止めろ。我が国の民ではないのだ、萎縮するだろう』
『はいはい』
苦笑しながらアミールが自分達に背を向けると、アシュラフは素早くアバヤを悠真に被せた。
顔さえ隠せば、とても悠真を男だと見破る者はいないだろう。
とりあえずアミールの目から悠真を隠すと、意味が分からないように日本語で言った。
「ユーマ、私と共に来い」
「で、でも・・・・・」
「男の身で見合いに出ていたと、私以外の人間に知られてもいいのか?」
「・・・・・っ」
その言葉に、悠真は慌ててアバヤの中で俯くと、大股で歩くアシュラフの後を必死に追い掛けて行った。
アシュラフの足は再び広間に向かった。
扉の前に立っていた召使いが恭しく頭を下げながら大きく扉を開くと、アシュラフは何も言わないまま悠真の腕を掴んで中に入っ
た。
「・・・・・っ!」
それまでざわついていた広間は、瞬時にシンと静まり返った。
(こ、怖い・・・・・)
中には、まだ花嫁候補の女達がいた。
突然出て行ったアシュラフをじっと待っていたのだろうが、そのアシュラフの隣にいまだ悠真がいることに相当嫉妬心を煽られたらし
い。
先ほどは大人しくアシュラフから声が掛かるのを待っていた女達が数人、集団で2人に近付いてくると、その中でも特に気の強そ
うな(それだけに綺麗な容貌だが)女が口を開いた。
『アシュラフ様、わたくし達を置いてどちらに行かれたのです?』
『・・・・・』
『名誉ある皇太子の妾妃に選ばれるよう、わたくし達は容姿も家柄も選びぬかれた者だと自負しております。そんなわたくし達
を差し置いてそのような異国の人間など・・・・・』
「・・・・・」
(な、何を言ってるんだろ・・・・・)
興奮しているのか、早口に話す女の言葉は全然聞き取れない。
しかし、自分の腕を掴んでいるアシュラフの手の力が徐々に強くなっていくのが分かり、彼の感情が昂ぶってきているのを感じた。
『外国の女など、一夜の遊びなら構わないでしょうが、未来の王を産む大切な役目の妾妃は、この地の血を受け継ぐ人間の
方が相応しいと思いますが』
不意に、女の細い指が悠真のまとっているアバヤに掛かった。
『これ程アシュラフ様の心を掴んだ者の顔、わたくし達にもぜひ見せて頂きたいわ』
「あ・・・・・っ!」
(バレる!)
顔を見られ、身体も見られれば、直ぐに自分が男だと分かってしまう。
アバヤの中で悠真が息をのんだ時、バシッと高い音がした。
『な・・・・・っ?』
女は張り裂けそうなほど大きく目を見張り、容赦なく自分を打ったアシュラフを呆然と見上げた。
『ア、アシュラフ・・・・・様・・・・・?』
『私の妻となる者を愚弄するなどもってのほか。今この場で切り捨てられなかったことを幸いだと思え』
『妻・・・・・』
女の頬は見る間に青く腫れあがってきた。それだけでもアシュラフが一切手加減をしていないことが分かる。
たとえこの女が高官の娘だとしても、富豪の娘だとしても、アシュラフにとってこの女は少しの価値もない。むしろ悠真を怯えさせ
た罪深き女としか見れなかった。
『よく聞け!私はここで宣言する!我が最初の妻はこのユーマだ!』
「?」
言葉の意味が分からない悠真は、腕の中で困惑したようにアシュラフを見上げてくる。
アバヤ越しの目が丸くなっているのが可愛らしかった。
「ま、待ってくださいっ」
その時、悠真の父親が慌てたように2人に駈け寄ってきた。
『お、皇子、それ、私、息子っ』
「日本語で話して構わない。複雑な言葉でなければ聞き取れる」
言いにくそうにこの国の言葉を単語で話していた父親は、ホッとしたように溜め息をついた後厳しい口調で言った。
「皇子、悠真は私の息子です。わけあって女性としてこの見合いに参加しましたが、男である悠真があなたの妻になれるわけ
がありませんっ。お叱りは私が受けますので、どうか息子はこの場でお放し下さいっ」
「と、父さん・・・・・」
「どうか、お許し下さい」
深々と頭を下げる男を見下ろしながら、アシュラフは先程よりも柔らかな口調になった。
「義父上」
「・・・・・っ」
「ユーマの父上ならば、私の父も同然。ご心配は分からなくもないが、私はこのユーマに一目で惹かれてしまった。もはや、この
場でユーマ以外の存在など目に入らないほどに・・・・・」
「しかし・・・・・っ」
「男だということを気にしておられるようだが、いったん私のハレムに入れば、他の人間の目に触れることは無い」
「ハ、ハレム・・・・・」
父親の顔が複雑に歪むのを、アシュラフは仕方がないと思いながら見つめていた。
(ハレムという言葉は、なかなか複雑な言葉らしい・・・・・)
外国人の友人がよく言っていた。
「お前はハレムを持っていていいな。女も抱き放題だろう」
アシュラフはその友人の言葉を正さなかったが、多分他の国の人間はほとんどそう思っているのだろう。
しかし、アシュラフにとって、いや、王族にとって、ハレムという存在は特別な意味を持っているものだった。
ただ自分の好きな女を囲うというのではなく、いずれ自分の子を産む大切な存在として、そして自分以外の誰にも触れさせたく
は無い貴重な存在として、大切に扱う特別な場所なのだ。
ただ遊びで抱くのならば、外で好きに扱えばいい。
たった1度で切り捨てることが出来ない者ばかりが、ハレムの住人になれるのだ。
(だが、そんな説明をしても分からぬであろうが・・・・・)
「ユーマ」
アシュラフは自分の腕の中の悠真に改めて視線を向ける。
小作りな顔の中の、特別に大きな瞳。その瞳には自分の姿が映っていた。
「私の妻になって欲しい」
「お、皇子」
「違う」
笑いながら指摘すると、あっという目をした悠真は素直に言い換える。
「アシュラフ様、俺は・・・・・」
「様もいらぬな。妻となる者に距離を置かれたような呼び名は面白くない」
「・・・・・」
「ユーマ」
「・・・・・アシュラフ、俺は、さっきも言った通り、身代わりで来て、こ、こんな風になるなんて思ってもみなくて・・・・・」
「お前は私が嫌いか?」
「き、嫌いなんてっ」
「嫌いでないのなら構わぬだろう。どんな宝石よりも大切に、真綿に包んで大切に愛してやろう」
「・・・・・っ」
まだ16歳だと言っていた悠真は、こんな言葉に慣れているわけではないのだろう、目元の辺りを赤く染めて俯いた。
女ならばここで身をすり寄せてくるところかもしれないが、悠真はかえって怖くなったのかアシュラフから離れようと身を捩る。
もちろん、アシュラフの腕の拘束が緩むことは無かった。
「ユーマ、私を選べ。お前に身も心も溶けるような快楽と愛を注いでやる」
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アラブ物、第3話です。意外と難産(苦・・・・・)
砂糖よりもごっそり甘いアシュラフ様の愛のお言葉(笑)。あまり慣れないので書いていて照れますね。
悠真も、初対面からカッコイイと思ったアシュラフにそこまで言われて心が動かないということは無く・・・・・。
お父さん、息子さんはお嫁に行っちゃいそうです(笑)。