熱砂の誓約








                                                          
※ここでの『』の言葉は外国語です






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 飛行機から降りた途端、身体を襲ってきた熱い風。
しかし、それは日本で感じる蒸し暑さとは違うカラッとした空気で、悠真はいよいよ自分が異国の地に、アシュラフの国へ来たのだ
と実感した。
 「・・・・・っ」
 タラップを降りるまでは張り詰めていた緊張感が、地面に足を着けた途端プッツリと途切れてしまう。
揺れた悠真の身体は、当然のようにアシュラフの力強い腕が抱きとめてくれた。
 「ご、ごめんなさい」
 「いや、飛行機の中で可愛がり過ぎた私が悪い。お前が慣れていないのは知っていたが、どうしても我慢出来なくて」
 アシュラフは謝ってくれたが、悠真はどう返事をしていいのか分からなかった。
確かに、飛行機の中で押し倒されたことは恥ずかしくてたまらなかったが、それだけ欲しがられていたという事実も嬉しく、結果的に
最後まではしていないので、全てをアシュラフの責任には出来ない。
 「あ、あの」
 「ん?」
 「・・・・・謝らなくて、いい、から」
 「ユーマ」
 勇気を振り絞った悠真の言葉に、アシュラフは嬉しそうに笑うとその頬にキスをしてきた。
 「ア、アシュラフッ、人がっ」
ここはアシュラフの国だ。
既に制服からこの国の民族衣装に着替えてはいるものの、どうしても容貌まで変えることは出来ない。
悠真は自国の皇太子が異国の男相手にキスをしているなど、見られたら大変だと思うのだが、そんな悠真の心配をアシュラフは
一笑に付した。
 「何も案じることはない、ユーマ。お前も数日後にはこの国の民、私の妃となるのだからな」



 皇太子であるアシュラフは、王族専用の通路を通って簡単に空港の外に出ることが出来る。
用意された車の前には、忠実な側近が待っていた。
 『お帰りなさいませ、アシュラフ様』
 『アリー』
 『全ての準備は恙無く』
 『他の、憂慮すべきことは?』
 『ございません』
 生粋のガッサーラ国民にしては大人しい容姿のアリーは、悠真にも威圧感を与えないだろう。
アシュラフは自分の背中に隠れるようにして立っている悠真を振り返り、これから一番係わりがあるだろうアリーの紹介をした。
 「ユーマ、この男は侍従長のアリー・ハサン。私的な雑務を一切取り仕切っているから、お前も何かあったらこの男に相談すると
いい」
 「え、で、でも・・・・・」
 「アリーは日本語も話せるぞ」
 「え?」
 「よろしく、です、ユーマ様」
 先程アシュラフとこの国の言葉で話していたアリーを見ていた悠真は、その男が日本語を話せるとはとても思わなかったのだろう。
大きな目を丸くして驚いている様が小動物のように愛らしく、アシュラフは思わず笑ってしまった。
 「お前がこれから住む屋敷に仕える者達も、今日本語を勉強させている。お前が心配することは何も無いぞ」
 「アシュラフ・・・・・」
ありがとうと、小さな声で言う奥ゆかしさに、アシュラフはその身体を抱きしめた。



                                   ◆



 「・・・・・」
 「どうだ、気に入ったか?」
 「・・・・・こ、ここ・・・・・」
 「お前のイメージにピッタリなものを建てさせたつもりだが・・・・・気に入らないか?」
 空港から1時間ほど、車を走らせて王宮へと向った悠真達。
本来は、先ず王に挨拶をするのが先決だが、王は所用で不在のため、挨拶は夕食時にすることになったと聞かされた。
 そのまま、悠真はこれから自分が住むアシュラフの住む離宮へと向ったのだが・・・・・そこは、以前悠真が見た時とはまるで様子
が違っていた。
(な、なんか、様子が違うなって思ったけど・・・・・)
 以前、数日しか滞在したことが無い離宮のイメージを鮮明に覚えているとは言い難いが、それでもなんとなく雰囲気が違うなと
思った。
まさか、建て替えたとは思わなかったが・・・・・。
 「ユーマ?」
 気に入らないかと眉を潜めたアシュラフに、悠真は慌てて首を横に振った。
ここで少しでも自分が躊躇ってしまったら、アシュラフはこの建てたばかりの宮殿をも壊して、もう一度最初から建てさせかねない。
これ以上、無駄な出費はさせたくなかった。
 「気、気に入ってるよっ」
 「・・・・・そうか?」
 「ま、前見た時とまるで印象が変わったから戸惑っただけで・・・・・で、でもっ、凄く落ち着いた雰囲気で、すっごくいい!」
 「それなら良かった」
 「ア、アシュラフ」
 「ユーマがこれを気に入らなければ、直ぐ隣に新しい宮殿を建てても良かったのだが、そうするとまた何ヶ月も待たねばならぬし、
庭の様子も変わってしまうしな。良かったな、アリー」
 「ユーマ様がおきにいって、よろし、です」
 「少し、地味かとも思ったんだが・・・・・」
 そう言いながら、宮殿の様子を話してくれるアシュラフは、悠真が受け入れたことが相当に嬉しかったらしい。
この石はどの国から、この壁の材料はと、一々説明してくれるものの、そのどれもがあまりに桁外れで、悠真は笑みを浮かべた顔
が引き攣ってしまった。
(住む所のこと、全然考えていなかった・・・・・)
 悠真とすれば、アシュラフと結婚すれば当然同じ宮殿に住むのだろうと思っていたし、出来ればあのハレムだけは入るのは嫌だ
なと簡単に思っていたのだ。
アシュラフが宮殿を建て替えるなどと聞いたら絶対に止めたと思うが、それも今となっては遅すぎる話だ。
 「アシュラフ様、ユーマ様をここでまたせては」
 「ああ、そうだったな。ユーマ、中を案内しよう。お前が喜んでくれるといいが」
 「・・・・・」
(ま、まだ、何かあるのかな・・・・・)
 建物自体を建て替えただけでも大変な衝撃だったというのに、中にもまだ驚くことが待っているのだろうか。そう考えると、悠真の
笑みはとうとう頬から消えてしまった。



 「た、畳・・・・・」
 「お前はタタミの部屋で、何時もゆっくりと寛ぐと言っていただろう?確かに、このシステムはいいな。肌触りも良いし、程よい硬さ
もあるし、なにより香りがいい」
 「・・・・・」
 「まだここには私以外誰も足を踏み入れていないぞ。ああ、職人は仕方が無いが、それ以外ではお前が初めてだ、ユーマ」
 そっと背中を押してやると、悠真はぎこちなく履物を脱いで畳の部屋へと上がった。
いくらこの国の民族衣装を身に着けているとはいえ、やはり日本人の悠真の容貌には畳の部屋はよく似合っている。
(やはり、用意させてよかった)
 『お気に召していただけたでしょうか』
 『気に入らぬわけが無いだろう』
 アリーの言葉に自信満々に頷いたアシュラフは、自分も履物を脱いで畳の上に上がった。
 「・・・・・」
(このまま、ユーマを押し倒したいくらいだが・・・・・)
しかし、飛行機の中でも我慢したのだ。
結婚式まで後2日。それくらい待てない男だと思われたくはない。
 「ユーマ」
 「・・・・・」
 アシュラフは悠真の肩を抱き、そのまま腰を屈めて顔を覗き込んだ。その表情の中には確かに戸惑いの色もあったが、拒絶し
ているようには見えない。
 「あ、ありがとう」
 「喜んでもらえて嬉しいぞ」
 いくら自分のことを想ってくれているとしても、まだ若い悠真が故郷を恋しく思わないということは無いだろう。直ぐに日本に連れ
て行くことは叶わないが、この畳の部屋で少しは郷愁の念が薄れたら・・・・・それはそれで、この部屋を造った甲斐があるという
ものだと思った。



 「まだ、あるぞ」
 外観は、多少西洋風なモダンな造りになっていたが、明らかに日本には無いもので。
その建物の中に畳の部屋があること自体ものすごい違和感を感じないわけではなかったが、アシュラフがそれ程に自分のことを考
えてくれたのだと思うと嬉しくも感じる。
(これ以上の贅沢は、俺が止めたらいいんだし)
 今までは離れていたがゆえに互いの周りにまで目が行かず、結果、こんなアシュラフの暴走を見逃す結果になってしまったが、こ
れからは側にいるのだ、悠真も意見を言うことは出来るはずだ。
(そ、それに、一部屋くらい畳の部屋があっても・・・・・)

 「まだ、あるぞ」
 「・・・・・え?まだ、ある?」
 「こっちだ」
 この畳の部屋以上に驚くことがあるのかと、悠真は思わずアシュラフの腕にしがみ付いてしまった。
 「な、何?」
 「見てのお楽しみだ」
 「・・・・・」
いったい、この先に何が自分を待っているのだろうか・・・・・。



 アシュラフに連れて行かれた先には、再び畳の部屋があった。まさか2部屋も畳の部屋を作っているとは思わなかった悠真も驚
きはしたものの、先程のショックよりはかなりましな気がした。
 「・・・・・」
(少し、狭い?)
 狭いといっても、部屋自体は畳にしたら20畳近くはあるかもしれないが、先程見た部屋は30畳くらいはあったと思う。
(ここって、何に・・・・・)
 「ここは、ベッドルームだ」
 「・・・・・は?」
 「もちろん、ベッドを置いた洋式の部屋も、我が国のものもあるが、たまに気分を変えたいと思うこともあるだろう。そういう時はこの
部屋に来て、アリー」
 「はい」
 アシュラフに促されたアリーも畳の部屋に上がると、そのまま横にある押入れのようなドア(襖ではなく、木の板の横開きのドア)を
開いた。
 「あ」
 「・・・・・」
 その瞬間、またも悠真は声を上げてしまう。
(ふ、布団がある・・・・・)
アリーは慣れた手つきで畳に布団を二組敷くと、恭しく頭を下げて下がる。
敷き終わった布団の上に悠真の腕を引っ張って共に横たわったアシュラフは、そのまま首筋に手を滑らせ、耳元に唇を寄せて甘く
囁いた。
 「ここで、たっぷりとお前を可愛がってやれる」
 「・・・・・っ」
 ベッドではなく、布団の上・・・・・何だかあまりに生々しい。
悠真は自然と熱くなってしまう身体をアシュラフから離そうとしたが、もちろん、アシュラフがその身体を手放すはずが無かった。



 飛行機の中で我慢をして。
先程の畳の部屋でも我慢して。
この布団の上でまで我慢することは・・・・・かなり厳しい。
 「アシュラフ様」
 しかし、今にも悠真の服の裾を捲くろうとしたアシュラフの手は、優秀な側近であるアリーの言葉によって止められてしまった。
 『衣装が皺になります』
 『着替えれば済むだろう』
 『夕食時には、ユーマ様には王に会っていただかなければならないのですよ?あなたに抱かれた後の顔を皆にお見せしてもよろ
しいのですか?』
その瞬間、アシュラフの手は止まってしまった。
(・・・・・それは、まずい)
 父は何人もの妾妃を抱え、男は一度も見向きもしていないと思うが、実際に自分が抱いた悠真の姿を見て興味を持たれても
困ってしまう。アシュラフ自身は父に反抗することも出来るものの、王である父に逆らえない何者かが悠真を・・・・・そういう危険性
も全く無いとは限らない。
(まさか、息子の花嫁にまで手を出す物好きではないと思うが・・・・・)
 「・・・・・分かった」
 アシュラフは悠真から手を離し、そのままその身体を抱き起こした。
 「ア、アシュラフ?」
少しだけ泣いたのか、黒い瞳が潤んで、目元が赤く染まっているのが目の毒で、アシュラフは強引に視線を逸らすと、そのままユー
マの手を取って立ち上がらせた。
 「まだ案内する場所があったぞ、ユーマ」
 「ま、まだあるの?」
 「湯殿だ」
 「ユドノ?」
 「風呂だ。そこも、お前が喜びそうな趣向を凝らしてみた」
そう言うと、アシュラフは更に欲望を刺激される場所へと、悠真を案内することになった。






                                      






人気投票で出たアシュラフの妄想の具現の数々(笑)。
驚くやら、嬉しいやら、悠真も大変です。