熱砂の誓約








                                                          
※ここでの『』の言葉は外国語です






                                   ◆



 悠真は緊張に顔を強張らせて、アシュラフの背中に隠れるようにして座っていた。
目の前にいるのは、このガッサーラ国の国王、アクラム・ナビール・イズディハールが座っている。隣に座っている、少し年配だが気
品のある女性が、アシュラフの母で王妃の、ラニア・セル・イズディハールだ。
その左右には、他にも数人綺麗な女性達がいるが、彼女達は王の妾妃達らしい。
 悠真から見れば、正妻と愛人が同じ席で、にこやかに座っているというのも不思議な光景だったが、この国ではこれがごく普通
の光景なのだろう。
(アシュラフが、王様と違う性格で良かった・・・・・)
少しくらいエッチが激しくても、自分以外の誰かを抱くと思えば我慢が出来る。悠真はそう思いながら、また少し視線を移した。

 「・・・・・」
 ウインクをして片手を振っているのは、何度か会ったことのあるアシュラフの弟、第二皇子のアミールだ。
その隣にいるのは・・・・・初めて見るが・・・・・。
 「ユーマ、下の弟だ」
 「え・・・・・じゃあ・・・・・」
(アシュラフの婚約者と駆け落ちしたっていう・・・・・)
第三皇子シャラフということだ。では、隣にいる若い女性と幼い子供が・・・・・。
 「・・・・・」
 悠真はチラッとアシュラフの顔を見つめたが、その顔は穏やかで満足そうだ。
心のどこかで少しだけ、アシュラフがまだ婚約者のことを想っているのではないかと心配していたが、この顔を見ればアシュラフの中
では、彼女の存在は既に弟の妻となっているようだ。
(良かった・・・・・)
 「ユーマ」
 「・・・・・え?」
 じっと見ていた第三王子の口から日本語が零れた。
 「しゃーせに」
 「・・・・・」
 「あに、と、しゃーせに」
幸せに・・・・・そう言ってくれているのだと分かり、悠真は不意に泣きそうになってしまった。
日本にいる家族と遠く離れてしまったと思ったが、ここにはアシュラフの家族が、新しい自分の家族がいるのだと、そのたどたどしい
日本語の中に強く感じる。
悠真はその感情のままに、自分も覚えたばかりのこちらの言葉で返事を返した。
 『ありが、と。よろしく、です』



 『アシュラフ、このたびの結婚、心から祝福する』
 『父上・・・・・』
 『本当のことを言えば、ユーマがこの国に来る間に、お前の心も変わるかもしれないと思ったが・・・・・やれやれ、どうやらお前は
私と違って甲斐性がないらしい』
 自身の妻達を振り返りながら言う父に、アシュラフは苦笑を漏らした。
確かに、自分は父とは似ていないのだろう。愛する者はただ1人で満足だし、色事よりも政の方が楽しいと思う。
それでも、よい王だと国民に慕われている父の跡を継ぐのは自分であるし、この父を超えなければならない。
 『アシュラフ、おめでとう』
 『母上、ありがとうございます』
 『可愛い花嫁を泣かすようなことのないようにね』
 『はい』
 ヨーロッパの血が混じっている母にとって、一夫多妻のこの国の常識を受け入れるのには相当な時間が掛かっただろう。それで
も父を愛しているから、多くの妾妃の存在を認めているのだ。
その母にとって、1人の相手を、それがたとえ同性だとしても、1人だけを愛していくという息子の行動は、自分と重ねても嬉しいこ
とに違いが無い。
 『ユーマ』
その母は、自分の後ろで緊張し続けている悠真の名を呼んだ。



 細く、綺麗な手が、自分の手をしっかりと握り締めてきた。
 『お、おーひ、さま』
王妃に名を呼ばれ、アシュラフに促された悠真は、恐る恐る、近くにまで歩み寄った。その悠真の手を掴んできた王妃は、静かに
頭を下げてくる。
 『アシュラフをよろしくお願いね』
 「・・・・・」
 『お願いね、ユーマ』
 言葉は分かった。悠真はアシュラフを振り返り、再び王妃を見つめて、自分も深く頭を下げる。
 『しあわせに、する』
 『ユーマ』
 『しあわせに・・・・・する・・・・・』
知っている単語の中で、これが相応しい言葉なのかどうかは分からない。ただ、王妃の真摯な言葉が嬉しくて、何とか言葉を返
したくて、悠真は何度もその言葉を繰り返した。



                                   ◆



 『兄上』

 夕食が始まった。
まだ、こちらの食事に慣れていないだろう悠真に配慮してくれたのか、並べられた食事は西洋風なものが多かった。
 今、悠真は母と、自分の元の婚約者で、今は弟のシャラフの妻であるシーラとその子供と楽しそうに話している。言葉はまだお
互いに不自由だろうが、それでも身振り手振りで何とか会話は進んでいるようだ。

 『どうした?』
 『兄上がユーマの為に建てた宮殿、色んな趣向を凝らしているんですって?今度遊びに伺ってもよろしいですか?』
 華やかで悪戯好きの、第二皇子である3歳下の弟、アミールは、兄である自分よりも相当女性関係は華やかだ。父よりは線
の細い容貌なのだが、後腐れが無く、気前もいいので、周りにいる女達の顔ぶれはコロコロと変わっている。
 このアミールも、アシュラフがこのたび正式に悠真と結婚することが決まり、次はと結婚を迫られているようで、まだ遊びたいらしい
弟は何時も逃げ回っていた。
 『・・・・・』
 『兄上?』
 『変な女を連れ込むな。それと、私が同席出来る時ならばいい』
 『それ以外は駄目なんですか?』
 アミールを信用しないわけではないが、自分のいないところで悠真と会うのは面白くない。自然とその様子を想像して眉を顰め
たアシュラフを見て、アミールは思わずというように笑った。
 『兄上は相当にユーマを可愛がっておられるようだ』
 『当たり前だ。ユーマは私のただ1人の宝石だ』
待って待って、ようやくと手に入れる貴重な宝石。華やかで眩しい、大きな宝石ではないが、ささやかな輝きながら、それはアシュ
ラフ1人だけを幸せにしてくれる宝石だった。



                                   ◆



 まだ、真新しい宮殿に戻ってきた悠真は、はあ〜っと大きな溜め息をついた。
アシュラフの両親とはいえ、一国の王と王妃に対面するのはやはり緊張するし、本当に自分を認めてくれているのか分からなかっ
たので怖くて仕方が無かった。
(でも・・・・・みんな、優しくて・・・・・良かった)
 男の花嫁という、本来ならば受け入れがたい存在だと思うのに、皆優しく接してくれたのでホッとした。
 「ユーマ」
そんな悠真の身体を背中から抱きしめたアシュラフは、頬にキスをしてきた。
 「疲れただろう?」
 「ううん、大丈夫」
 「そうか」
 「アシュラフの家族全員に会ったのは初めてだったけど・・・・・会えて良かった」
 「お前が素直で素晴らしい花嫁だから、皆心から受け入れてくれたんだろう」
 そのアシュラフの言葉は多分に贔屓が強いとは思うが、それでもくすぐったい思いがしてしまう。
(でも・・・・・あの女の人達のアシュラフを見る目は・・・・・ちょっと妬いたけど)

 アシュラフが父である王と話していた時、悠真の側には弟のアミールがやってきた。彼はかなり日本語が操れるので、悠真も安
心してありがとうございますと今日の礼を言った。
 「でも、ユーマはこれからも大変だよ」
 「え?」
 「いくらユーマが兄上の正妻になられても、次期王の寵愛を受けたがる者は多いからなあ。現に、ほら」
 アミールの指し示す方向にはアシュラフがいる。そして・・・・・。
 「・・・・・」
王と話している彼の側には、王の妾妃達が周りを囲っていた。まだ20代に見える女性達もいて、彼女達のアシュラフを見つめる
眼差しは熱い気がする。
 「彼女達も、歳を取っている父上よりも、若く見目麗しい兄上の妾妃になりたいと思うだろう?運がよければ、次期王となる子
供を生むことだって出来るし」
 「・・・・・」
 「ごめんね、ユーマ。でも、ちゃんと頭の中に入れておいて。国王になる兄上には、誘惑の話は必ずついてくるということを」

 いくらアシュラフのことが好きでも、男の自分に彼の子供を生むことは出来ない。
仮に、将来そんなことがあったら・・・・・自分はいったいどう思い、どんな行動をするのか分からない。
 「ユーマ?」
 「・・・・・」
それでも・・・・・今更、アシュラフのことを諦めることは出来ず、悠真は今目の前に有りもしない想像を頭の中から振り払った。
 「なんでもない」
 「・・・・・本当に?」
 「うん」
 「どんな小さな懸念でも、全て私に話してくれ、ユーマ。お前の中に一滴の不安の染みをも残しておきたくない」
 「・・・・・うん」
(その言葉だけで、なんか・・・・・すっきりした)
 これ程に自分を想ってくれているアシュラフが、自分を裏切ることは無い。
悠真は嬉しくて、その気持ちをアシュラフに何とか伝えたくて、そのまま彼の首に腕を回すと、チュッとぶつかるようにアシュラフの口に
唇を押し付けた。



 「式は明後日だが、明日、衣装合わせをするぞ」
 「衣装?あ、あの、もしかしてドレスみたいな・・・・・」
 「ははは、そのユーマの可愛らしい姿も見てみたいが、婚礼衣装は我が国のものだ。顔もほとんど隠れているし、身体の線も目
立たないものだから、それほど緊張しなくてもいいぞ」
 悠真の頭の中には、日本風な衣装や、西洋のドレスが思い浮かんだのかもしれないが、婚礼衣装はそれほど女性らしいもの
ではないので、悠真も女装するという気持ちにはならないはずだろう。
しかし、装飾品は華やかなものになる。代々の王妃が身に着けてきたものに加え、アシュラフが新たに悠真に贈るものもあるので、
一見して豪奢には見えるかもしれない。
(それは、我慢してもらわねばな)
 「1日、忙しいだろう」
 「1日中?」
 「簡単に式のリハーサルもしておかなければ、本番で困ってしまうだろう?」
 「う・・・・・うん」
 「大丈夫、私が側にいるからな」
 こんなにも式を早めたのはアシュラフの戦略だった。
この国に来て、ゆっくりと時間を与えてしまえば、もしかしたら悠真の中に迷いが生まれてしまうかもしれない。異国で暮らすこと、
男に嫁ぐこと、一国の王妃になること・・・・・。
 ごく普通の感覚を持っている悠真は、立ち止まり、振り返って考えたら、逃げ出したくなるかもしれないだろう。そうさせない為に、
アシュラフはどんどん話を先に進めることにした。悠真が、逃げる余裕などないように・・・・・。
(・・・・・卑怯者だな、私は)
 「・・・・・シュラフ?」
 「ん?どうした」
 「アシュラフも一緒にいてくれるんだよね?」
 「もちろんだ。大切な花嫁のエスコートは花婿がしなければならないだろう?」
 少しからかうように言うと、悠真の頬が目に見えて赤くなった。鮮やかな変化は見ていて楽しく、アシュラフはそのまま悠真の身体
を抱き上げた。
 「ア、アシュラフッ?」
 「出来るなら、このままフトンの寝心地を確かめたいところだが、明日と明後日はお前も大変だからな」
 「う、うん」
 「だが、お前を味わいたいという欲望も消えない」
 「・・・・・っ」
 「また少し・・・・・味見をしてもいいだろうか?」
 「・・・・・だ、だって・・・・・」
 「ん?」
 「・・・・・だって・・・・・ちょっとじゃ、ない、し」
飛行機の中でのことを思い出しているのか、悠真は顔を紅潮させたまま反論といえない反論をする。そんな顔でそんなことを言っ
ても、アシュラフからすれば誘われているとしか思えなかった。
(もっと、濃厚に可愛がる方がいいのか?)
 明日の衣装合わせの時間は、一言言えば遅らせることは十分出来る。悠真はそのことで色々想像されることを嫌がるかもしれ
ないが、皇太子である自分に苦言を呈す者などここにいるはずが・・・・・。
(・・・・・いた、な)
優秀な側近は、もしも時間を遅らせてしまえば、かなりクドクドと文句を言いそうだ。
 「・・・・・本当に、少しだけにしよう」
口付けだけでも、今は直ぐに出来る距離にいることを実感出来る、素晴らしい愛の行為だろう。






                                      






次回は結婚式です。
熱いアシュラフの言葉をたくさん書くつもり(笑)。