熱砂の誓約








                                                          
※ここでの『』の言葉は外国語です






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 翌日、朝から悠真は身体が埋もれてしまうほどの布の海に戸惑っていた。
 『真珠のようなお肌をなさっておいでですので、この色がよろしいかと』
 『ああ、いいな』
(ア、アシュラフ、何だかノリノリな感じなんだけど・・・・・)
 『首飾りはどのようなものに致しましょうか?花嫁様は華奢で美しい首筋をなさっているので、出来ればお顔をお見せ出来る方
がよろしいかと思いますが』
 「・・・・・ユーマ、どうする?」
 「ど、どうって・・・・・」
(な、なんだか、最初と話が違う気がするんだけど・・・・・?)
 本当は、声を大にしてそう言いたいものの、すぐ側にいる仕立て屋や宝飾屋の姿を見れば、あまり文句を言ってはアシュラフの
立場がないだろう。
それでも、悠真は、目の前にある衣装を見つめながら、昨日のアシュラフの言葉とは違う結婚式の風景が頭の中に浮かんできて
しまった。

 「婚礼衣装は我が国のものだ。顔もほとんど隠れているし、身体の線も目立たないものだから、それほど緊張しなくてもいいぞ」

 確か、アシュラフはそう言ったはずだし、悠真もどうしようかと思っていた不安が一つ消えたと嬉しく思ったが、どう見ても目の前に
あるのは、少し派手だともいえるアラブの女の人が着る衣装だ。
 アシュラフの話によると、昔は確かにあまり花嫁の肌を露出することはいいことではなかったらしく、頭からすっぽりとベールを被り、
目しか見えないようにしていたようだ。着る服も身体の線が極力見えないようにしていて、それならば悠真の希望ともちょうど合う
のだが・・・・・。
 最近では、花嫁は華やかな衣装や飾りをつけることも多いらしく、皇太子の結婚式ならば当然華麗なものにすべきだと言われ
たアシュラフは、どうやら迷っているようだ。
 「ユーマ」
 「・・・・・」
 「ユーマ・・・・・嫌か?」
 「・・・・・」
 もちろん、正直に言えば嫌だ。そうでなくても見知らぬ人々に、次期国王になるアシュラフの花嫁として品定めをされる立場だ。
(外国人だっていうだけでも、嫌な人はいるだろうし・・・・・)
いくらアシュラフの家族が受け入れてくれたとは言っても、皆が皆、そうだとは限らないだろう。
今も多分、アシュラフに自国の娘か、外国人でも名のある姫を迎えようと思っている者もいるはずで、そんな相手に、アシュラフと
の不仲を見せるわけにはいかないような気がした。
(少しだけ・・・・・少しだけの我慢だし)
 「・・・・・いいよ、アシュラフ」
悠真は結局頷いた。



 「いいよ、アシュラフ」
 そう言ってくれる悠真の顔を、アシュラフはじっと見つめた。
愛する悠真の美しい姿を見せびらかしたいと思っているのは本当だが、それ以上に悠真が心から自分の花嫁になってくれることを
望んでいる。
 「・・・・・ユーマ」
 「な、なに?」
 「・・・・・すまなかった」
 「アシュラフ?」
 「お前を手に入れることが出来ると、私は少々浮かれてしまっていたようだ。婚礼の衣装は、始めのお前との約束通り、顔が見
えないものにしよう」
 全てを捨てて、この国に、自分のもとに来てくれるのだ。これ以上、悠真に我慢を強いることはしたくない。
 「ま、待って、アシュラフ」
 「衣装は・・・・・そうだな。悠真の肌を傷付けない、優しい手触りのこれにしよう」
 「アシュラフ!」
気持ちを切り替えたつもりのアシュラフは、いきなり腕を掴まれて揺さぶられ、いったいどうしたのかと悠真を見つめた。全てを元通
りにしようと言ったのに、いったいどうして泣きそうな顔になっているのだろうか?
 「ユーマ?」
 「アシュラフ、こんなの嫌だよっ。アシュラフが我慢して、諦めるなんて、変っ」
 「ユーマ・・・・・しかし、私は・・・・・」
 「ちょっとずつ、譲り合ったらいいよ、ね?俺の希望と、アシュラフの希望と、少しずつ近付けあって決めよう?俺達、結婚するん
だよね?だったら、我が儘だって言い合いっこしようよっ!」
 「・・・・・ユーマ・・・・・ッ」
 アシュラフは悠真の身体を強く抱きしめた。
 「アッ、アシュラフッ」
 「・・・・・っ」
嬉しくて仕方がなかった。それは、悠真が自分の希望を叶えようとしてくれたということではなく、これから生きていくうえでの大切な
ことを伝えてくれたからだ。
(確かに、どちらかが我慢していては、いずれ疲れてしまうだろう)
 想い合っていても、異文化の人間が共に暮らしていく上では、相容れない問題が必ず出てくるはずだ。そんな時、どちらかが完
全に折れて受け入れてしまっていたら、それはもう対等の立場ではなくなってしまう。
 自分達は、今からだ。今、きちんと話し合って決めて行かなければならない。この、結婚式という作業が、2人にとっての初めて
の話し合う場であっていい。
 「・・・・・分かった、お互いに、話し合おう。時間など、いくらでも掛けていい。明日の婚礼に間に合わなければ、婚礼をそのまま
延ばせばいいだけだ」
 実際にはそんなことは無理だが、それ程に言葉を尽くそうというアシュラフの気持ちは悠真に伝わったようで、悠真は先程の切羽
詰った表情から、柔らかく笑って頷いている。
そんな悠真の身体を抱きかかえ、アシュラフは先程から呆然と自分達の言い合いを見つめていた職人達に笑みを向けた。
 『さて、長くなるが、私達の最高の衣装を決めようか』



                                   ◆



 その日は、晴天だった。
自らも民族衣装の正装をし、普段は持たない剣も腰に携え、アシュラフはそのまま悠真の控え室になっている部屋へと向った。
 『王子』
 ちょうど、中から数人の召使いが現れた。
 『準備は?』
 『整っております。王子』
そう言うと、召使い達はその場に跪いた。
 『このたびは、ご結婚、おめでとうございます。ユーマ様と、末永くお幸せになられますように』
 『・・・・・ああ、ありがとう』
 悠真のために集めた召使い達は、当然彼が男であることは知っている。それでもこうして言ってくれる言葉は心からのものだと思
え、アシュラフは男らしく整った顔を綻ばせた。
 『ユーマの様子は?』
 『とても、美しい花嫁様におなりです。王子、式の前のご面会は手短に。アリー様ももうじきいらっしゃいます』
 『ああ、分かった』
鷹揚に頷いたアシュラフは、
 「ユーマ、私だ、入るぞ」
そう声を掛け、部屋の中に入った。



 鏡に映っている自分は、とても見慣れた何時もの自分ではなかった。
こちらの国独特の化粧なのか、目元は赤と緑のシャドーをくっきりとつけられ、口紅も赤い。
髪も額を全開にする形にされて、短髪はアバヤで隠してあるものの、顔から首筋までは見せていて、口元に薄いベールが掛けら
れていた。
 服は、悠真が当初から望んでいた身体の線が分からないものだったが、少しだけ絞ったシルエットに、服には手刺繍が施されて
いて、控えめながらも手の込んだ衣装だと、見る者が見たら分かるだろう。
額に、イヤリング、手首に、首と、アクセサリーは金で出来ているのが多く、重いと感じるほどだった。
(はあ〜・・・・・誰だよ、これ)
 「ユーマ、私だ、入るぞ」
 「あ・・・・・」
 じっと鏡で自分の顔を見ていた悠真は、反射的に振り向いた。そこには驚きで目を見張ったアシュラフが立っている。
 「ア、アシュラフ」
(か、かっこいい・・・・・)
 正装しているアシュラフは、まさにアラブの王子様だった。悠真は一瞬自分の格好など全て忘れてしまい、ポウッとアシュラフを見
つめていた。
 「・・・・・」
 「・・・・・あ・・・・・」
 しかし、やがてアシュラフも同じように、いや、呆然とした様子で自分を見ていることに気がついた時、悠真はハッと自分の姿を見
下ろしてしまった。
 「・・・・・変、だよね」
化粧など、当然したことはなかったが、やはり男の自分がそんなものをしてもおかしな女装だと思われるだけだろう。
(う・・・・・落としたい・・・・・っ)
 化粧を落としてしまいたいが、白いこの衣装を汚すのも怖い悠真は、どうしたらいいのだと視線だけを彷徨わせる。
そんな悠真の身体を、アシュラフはそっと抱きしめた。
 「綺麗だ、ユーマ」



 化粧を施した悠真という姿が実は想像していなかったが、こんなにも鮮やかに変貌するとは思わなかった。
普段は大人しやかで控えめで、整った容貌はしているものの目立たなかった悠真の顔は、化粧映えするというのか、エキゾチック
な美少女に見える。
(ああ、こんなに美しくなるのなら、やはり顔を見せない方が良かったか・・・・・)
 誰かに目を付けられでもしたら大変だ。皇太子の花嫁に手を出す愚かな人間はそうはいないだろうが、人を疑うことを知らない
悠真が騙される可能性だってある。
 「ユーマ、お前を私の宮殿に閉じ込めておきたい」
 「ア、アシュラフ?」
 「美しいお前の瞳には、絶対に私以外を映さないでくれ。そうでないと、私は嫉妬で狂ってしまうかもしれない」
 かき口説くようにその耳元で囁くと、悠真は戸惑ったように聞いてきた。
 「・・・・・変じゃ、ない?」
 「変であるはずがない!ユーマ、こんなにも美しい花嫁を手に入れることが出来る私は、本当にこの世界一幸せな男だ」
自分以上に幸せな人間はいない。アシュラフはそう確信した。



                                   ◆



 結婚式は、昨日のリハーサルの通りに行われた。
もちろんそこには昨日はいなかった王族の面々や、この国の重鎮の姿があったものの、まだどこか夢を見ている気分の悠真は、心
配していたよりも落ち着いて誓いの言葉を言うことが出来た。

 『ユーマ・ナガセを、我が妃とし、一生愛し、守ることを誓う』
 『ガッサーラ国皇太子、アシュラフ・ガーディブ・イズディハールを、我が夫とし、一生愛すると誓います』

 教えられた通りの言葉。もちろん、その意味だってちゃんと分かっている。
小さな声で、それでもきっぱりと言った悠真に優しく微笑みかけてくれたアシュラフは、本当に王者のように凛々しく、堂々としてい
て、悠真はこの男が自分のものになるということが今だ信じられなかった。

 続いて、国王であり、アシュラフの父であるアクラム・ナビール・イズディハールが、祝福の言葉を言った。
 『ガッサーラ国、国王であるアクラム・ナビール・イズディハールは、此度の皇太子、アシュラフ・ガーディブ・イズディハールと、ユー
マ・ナガセの結婚をここに認める』
 アラブの国では、国王の言葉はなによりも重い。
悠真はこれでアシュラフの正式な花嫁として、ガッサーラ国の王族の一員となった。



                                   ◆



 『おめでとう、アシュラフ』
 『おめでとうございます、兄上』
 家族の祝福の言葉に頷いたアシュラフは、緊張が途切れてぼうっとしている悠真の手を取り、ちゅっと額にキスをした。
さすがにその感触は分かったのか、悠真は反射的にアシュラフから離れようとしたが、もちろんアシュラフが悠真の腕を放すはずが
なかった。
 「ア、アシュラフッ、こんなところでっ」
 「めでたい席だ、誰も文句は言わないだろう」
 「で、でもっ」
 「お前の父親・・・・・ナガセがいたのは分かったか?」
 「・・・・・え?」
 どうやら、全く気がつかなかったらしい悠真は、慌てたように周りを見回している。その姿に笑ったアシュラフは、そのまま手を引い
て歩きながら言った。
 「式が終わって、控え室にきてもらっている。この後、披露宴があるが、その前に家族で話したいこともあるだろう」
 花嫁の家族ということで、本来ならもっと上の席に呼んでも良かったのだが、永瀬は遠慮して末席から悠真の花嫁姿を見てい
た。息子である悠真の花嫁姿というのは複雑な心境だったろうが、それでも受け入れてくれたことに今は感謝をするだけだ。
 「時間になれば呼びに来る」
 そう言うと、アシュラフは控え室の前で悠真から手を離した。
 「またしばらく会えないんだ。ゆっくりと」
家族だけの時間を取って欲しいと思い、アシュラフはそのまま立ち去ろうとしたのだが、
 「・・・・・」
ツンと、服を掴まれて、アシュラフは振り向いた。
 「どうした、ユーマ」
 「・・・・・アシュラフも、だよ」
 「・・・・・」
 「アシュラフも、俺の家族だよ?一緒に、入ろう」
 「ユーマ・・・・・」
 じわじわとした喜びがアシュラフの胸に染み渡る。悠真はどうしてこんな風に自分が喜ぶ言葉を言ってくれるのだろうか。
 「・・・・・では、一緒に行こうか」
離した小さな手を、再びしっかりと握り締める。そして、アシュラフは新しい自分の家族になる相手に改めて挨拶をする為に、愛し
い花嫁と共に足を踏み出した。






                                      






結婚式が終わりました。
ようやく、初夜ですね〜(笑)。