熱砂の誓約








                                                          
※ここでの『』の言葉は外国語です






                                   ◆



 つつがなく式を終え、華やかな披露宴の席に出席していた悠真は、酒は口にはしていなかったものの、ふわふわとした気分で舞
を踊る踊り子達を見ていた。
普通の女性達が顔や肌の大部分を隠す中で、踊り子達はほとんど裸に近い姿で踊っているのだ。
(・・・・・し、視線の行き場が・・・・・)
 豊満な肉体を惜しみなく晒し、かなり際どい踊りを舞う女達を真っ直ぐに見れないのは悠真くらいで、周りは男達は当然、女
達も平気な表情でそれを見ている。
少し離れた場所に座っている父も、楽しそうな表情をしているのを見て、悠真は自分だけがまだ子供であることを思い知った。
 「ユーマ」
 「あ」
 その時、先程から姿を見せなかったアシュラフが、悠真の腕を持って立ち上がらせてくれた。
緊張が解けた身体には装飾品がかなり重く感じられ、思わずよろめいてしまったものの、その腰をしっかりと支えてくれたアシュラフ
が楽しそうに笑いながら言った。
 「そろそろ席を辞そう」
 「え?」
 しかし、披露宴はまだまだ続いている。アシュラフの父親である王様もまだそこにいるのに、一応主役である自分がこの席を立っ
てもいいのだろうかと心配になった。
しかし、アシュラフは大丈夫だと強く頷いてくれる。
 「皆、飲む口実が欲しいだけだ。私達には、この後もっと大切な儀式があるだろう?」
 「アシュ・・・・・」
そっと頬に唇を寄せられ、悠真の頬は熱くなった。何も知らないわけではなく、この後、自分達が何をするかは・・・・・悠真ももう、
知っている。
 「ア、アシュラフ・・・・・」
 「さあ、これからが、私達2人きりの結婚式だ」



 悠真の手を引き、アシュラフは披露宴が行われている王宮から、これから自分達が住む離宮へと向った。
車でも5分ほど掛かるぐらいに離れているものの、今日はほろ酔いを醒ますのにはいい距離かと思ったし、悠真もこうして歩いてい
る間に、自分の気持ちを落ち着かせることが出来るだろう。
 「ユーマ」
 「・・・・・何?」
 悠真が自分を見上げてくる。
重たそうにしていた装飾品は取ってやった。誰もいないこの場所ではアバヤもベールも全て外して、悠真の小さく整った顔が月明
かりの中よく見えた。
 「今日は、私の人生の中で一番素晴らしい日になった」
 「アシュラフ?」
 「お前に、会えて良かった」
 「・・・・・」
 「こんなにも愛せる相手が現れるとは思わなかった。・・・・・ユーマ」
 アシュラフは足を止め、そのまま悠真の身体を抱きしめた。
 「お前に嘘は言いたくない・・・・・私はこれまで、多くの相手と享楽を共にし、不実な生活を送っていたことも確かだが、お前と
知り合ってからは、一度も他を見なかったことは誓って言える」
 「・・・・・」
 「そして、今日こうしてお前を妃と出来た今、お前を一生愛し、守ることを誓う。ユーマ、お前は神が私に下賜て下さった、この
世で一番尊い宝石だ」
どんな言葉を言えば自分のこの気持ちが分かってもらえるのか分からなかったが、この世の全てに感謝したいこの思いを、悠真に
もどうか知って欲しいと思った。



 大げさだと、笑ってごまかすことなど出来なかった。
アシュラフの言葉は恥ずかしいくらいに直接的だったが、どれだけ自分のことを想ってくれているのかはよく分かる。
(俺だって・・・・・そうだよ・・・・・)
 男が男に一目惚れするなど、本来はほとんどありえないことなのだろうが、現に自分は一目見てアシュラフに目を奪われ、幸運
にもアシュラフも自分という存在を見付けてくれた。
今まで神様というものをきちんと考えたこともなかったが、こうして自分達を結び付けてくれたのがその神様ならば、悠真も心からそ
の神に感謝をしたいと思った。
 「アシュラフ・・・・・」
 悠真は、自分もアシュラフの身体に抱きついた。
 「アシュラフ以外に、好きな人なんて出来ないし、ずっと・・・・・側にいたいよ」
 「ユーマ・・・・・」
 「俺を見付けてくれて、選んでくれて・・・・・愛してくれて、ありがとう、アシュラフ。これからも、仲良くしようね」
 「・・・・・もちろんだ」
悠真なりの精一杯の言葉に目を細めて頷いてくれたアシュラフは、そのまま悠真にキスを仕掛けてくる。外で、絶対に誰もいない
と言いきれない場所で、こうしてキスをするのは今だに恥ずかしいものの、悠真にとってアシュラフのキスを拒むという選択肢は全く
と言ってない。
 「ふ・・・・・ぅっ」
 口腔の中を深く舌で愛撫された悠真は息が苦しくて、そのままアシュラフが頭に着けているグトラを強く握り締めて快感を絶えよ
うとするものの、意味深に背中から腰を撫でられて足からも力が抜けそうになった。
 「・・・・・んあっ」
 ようやく、アシュラフは唇を離してくれたものの、悠真は離宮までの残りの距離をとても歩くことが出来ないと思う。
 「だ・・・・・め、あ、足、力が・・・・・」
 「このまま私が抱いて行こう」
 「む、無理だ、よっ」
いくら自分が標準よりも小柄だとは言え、子供や女の人ではないのだ。直ぐ近くとはいえない距離を、抱いたまま歩くなんてとても
無理だ。
 「あ、歩くからっ」
 少しだけ休ませてと訴えると、アシュラフはしばらくその顔を見つめていたが、
 「仕方ない。もう少し2人きりがいいと思ったんだが・・・・・」
 「・・・・・?」
(な、何?)
そう言ったアシュラフが指を鳴らすと、どこからともなく1台の大きな銀の車が現れた。
 「こ、これ・・・・・」
 「長い距離を、悠真が疲れるほどに歩かせるわけにはいかない。少々狭いが、許してくれ」
 「・・・・・」
(せ、狭いって・・・・・距離だって、多分車で2、3分のはずなのに・・・・・)



 広い敷地内の移動手段に用いている車は、悠真がやってくるということで特別仕様のリムジンに変えた。
ホテルのリビングのように洒落た車内は、広く取ったシートに、映画も見れる大きなテレビ、ちょっとしたバーカウンターも装備してあ
る。
 「おまたせ、いたしました」
 アシュラフが指を鳴らして数秒で現れたとはいえ、アリーはその数秒でも待たせたことを詫び、悠真に対しても深く頭を下げた。
 「このたびは、よろこば、しいことです。おめでとーございます」
 「あ、ありがとう、ございます」
つられるように頭を下げた悠真に、アリーは車のドアを開けながら言葉を続けた。
 「おいわいに、シャンパン、ひえてますが」
 「私は貰おう。ユーマは?」
 「お、俺、お酒は・・・・・」
 「舐める程度に付き合っておくれ」
 無理に酔わせて、今夜の楽しい時間が流れてしまうのは望まないものの、せっかくアリーが祝いの為に用意してくれたものだ。
悠真にも共に味わって欲しかった。
 この車に乗るのは、納車された日以来アシュラフも二度目だが、敷地内を走るにしてはまあまあ乗り心地はいいだろう。さすがに
これで砂漠を走ろうとは思わないが、広い敷地内の移動は、少しでも快適にと思うのは当然だ。
普通の車の仕様とは違うせいか、悠真は居心地悪く視線を彷徨わせているが、いずれは悠真もこの生活に慣れてくれるだろう。



 車は思った通り、数分で離宮に着いた。
悠真はわざわざアシュラフに手を取られ、まるでお姫様のようにエスコートされて車を下りる。
 「・・・・・っ」
 入口には数十人の召使い達がずらりと並んでいて、アシュラフと悠真の姿が現れたと同時に、彼らは深く頭を下げ、声を揃えて
言った。
 「ご成婚、おめでとうございます」
 「ありがとう」
 日本語で祝いの言葉を言われた悠真は、思わずアシュラフの顔を見た。
ここに来て数日、身の回りの世話をしてくれる数人はかなり日本語を理解してくれているとは気がついていて、アシュラフの気遣い
に嬉しく思ったが、まさかこの離宮にいる全ての召使い達が日本語が話せるとは思ってもみなかった。
 「これならば、皆がお前を喜んで迎えているというのが分かるだろう?」
 「・・・・・うん」
 「では、ユーマ、言葉を返してやってくれ」
 「お、俺が?」
 「今日からお前もここの主人だ」
 「・・・・・」
 アシュラフの妻としてやってきた自分は、多分正確に言えば女主人という立場なのだろうが、アシュラフは悠真の男としての人格
を無視することなくそう言ってくれる。
(恥ずかしがってなんて・・・・・いられない、よな)
 ここにいる者達が自分の為に日本語を勉強してくれたように、悠真も、いずれアシュラフの側に行く気持ちでガッサーラの言葉を
少しずつ勉強していた。今、ここで伝えなくてどうするのだ。
 『あ、ありがとう。これから、よろしく、おねがい』
(あ、あってた?)
 アシュラフを振り向くと、彼は優しく笑いながら頷いてくれている。
召使い達の顔にも笑顔が浮かんだのが垣間見え、悠真は嬉しくなって隣に立つアシュラフの手をギュウッと握った。



                                   ◆



 「きよめましょ」
 離宮に入ると、悠真はアシュラフとは別の方向へと誘導された。
悠真にはアリーが付いてきてくれて、そのまま大きな風呂へと連れて行かれる。
 「うわ・・・・・」
 「お気に、めしました、か?」
 発音はほとんどあっているものの、言葉の区切りが少しおかしくて、妙な日本語に聞こえてしまうが・・・・・悠真はアリーの言葉
以上に、今目の前にある光景の方に驚いてしまった。
(檜風呂・・・・・)
 こんな外国に、立派な檜風呂があることが信じられない。いったい、どうしてこんなものを用意したのかアシュラフに問いただした
かったが、当のアシュラフは傍におらず、多分いたとしても、

 「ユーマが喜ぶと思ったから」

・・・・・そんな一言で終わってしまう時がする。
 「ア、アリー」
さん付けでは呼ばないでくれと懇願され、悠真はなんとかそうアリーを呼んだ。
 「こ、これ、アシュラフが・・・・・」
 「はい。ユーマ様がよろこばれ、るおもわれ、て」
 「・・・・・」
 「どうでしょ?」
 じっと自分の顔を見つめてくるアリーに、悠真は一瞬言葉に詰まってしまう。本当は、ここまでしてくれなくてもと言いたいところだ
が、その自分の感覚はこの国では違うものなのだろう。
 「・・・・・嬉しいよ、ありがとう」
既にこの場にあるものを否定しても始まらない。悠真がそう言うと、アリーは嬉しそうに微笑んだ。



 正装を脱ぎ、湯浴みをしたアシュラフは、召使い達に身体に香油を塗られるのをじっと待った。
本当は悠真と、せっかく作った特別な風呂で楽しみたいと思ったのだが、今日ばかりは別々に湯を浴び、初夜の床に入らなけれ
ばならなかった。
(風呂での営みは、また明日でもいいだろう)
 『アシュラフ様』
 『・・・・・』
 全ての準備が整った時、まるでそれを見計らったかのようにアリーが姿を現した。
 『ユーマは』
 『全ての準備は整っております』
 『分かった』
アシュラフはアリーの先導で寝室へと向う。今日は畳の部屋ではなく、ベッドで悠真を可愛がることになるが、愛しい悠真を抱ける
のならば場所などどこでも構わなかった。

 『アシュラフ様』
 部屋の前まで来ると、アリーは足を止めて深く頭を下げて言った。
 『どうか、素晴らしい夜をお過ごし下さい』
 『ああ、すまないな』
アリーに見送られたアシュラフはそのまま部屋の中へと進んでいく。広い部屋の中はアラブの皇太子妃が使う部屋にしてはシンプ
ルだが、住まうごとに悠真の色が着いて、心地良い空間になることは間違いないと思えた。
 「ユーマ」
 「ア、アシュラフ」
 中庭に面する大きな部屋の中央に置かれた大きなベッド。薄い天幕が幾重にも張られていて、大人が4、5人ゆうに横になれ
るほどに広いそこには、色とりどりの花びらがまかれてある。
(これは、新婚仕様なのか)
 きっとアリーが気を利かせて演出をしてくれたのだろう。
くすりと笑ったアシュラフは、その端に所在無げに座っていた悠真の側へとゆっくりと歩み寄っていった。悠真も直ぐに立ち上がり、そ
れでも動かずにアシュラフが近付いてくるのを待っている。
 薄い、真っ白の夜着を着た悠真は、清楚にも妖艶にも見え、アシュラフは導かれるままにその腰を抱き寄せる。花のようないい
香りが、その瞬間アシュラフの嗅覚を刺激した。
 「ようやく・・・・・お前を私のものに出来た」
 「アシュラフ・・・・・」
 「愛している、ユーマ」
(この祖国の地よりも・・・・・私の、命よりも・・・・・)
 今夜、悠真を抱くことで、結婚の儀式は全て完了する。通常ならこの天幕の外に見届け人がいるのだが、悠真の淫らな姿を
自分以外に見せることはしたくないと、抱いた後部屋の外に控えている者にアシュラフ自ら報告をする段取りになっていた。
もちろんそれは、アシュラフが満足いくまで悠真の身体を貪った後のことになるが・・・・・。
 「さあ、ゆっくりと愛し合おう」






                                      






次回から初夜ですよ。正式には違いますが(苦笑)。
どんなアイテムを使おうかなあ。