3時間後−


 「お〜、来たぞ、タロ」
 「ジローさん!」
(お、機嫌いいみたいだな)
 玄関先まで走って迎えに来た太朗の笑顔を見て、上杉は内心ホッとした。
本当はまるでごり押しのようにここまで来た自分を太朗は詰るのではないかとも思ったが(もちろんその時は口先で丸め込むつも
りだった)、こうして笑顔で迎えてくれればもちろん嬉しい。
 その太朗の後ろには・・・・・。
 「世話になるな」
 「・・・・・本当に来たんだ」
きつい眼差しを自分に向けてくる楓に、上杉はニヤッと笑みを向けた。
 「土産だ。お前、千疋屋のモンブラン好きだったよな。ケーキ全種類と、果物の盛り合わせ。遠慮なく受け取ってくれ」
 「・・・・・」
それは、正月の意趣返しというよりは、どちらかと言うと楓をからかう為だった。
気の強い美人というものは嫌いではないが、子供には子供の領分というものがある。
少し生意気な子供・・・・・大人相手にその生意気さを発揮するなら、これをどう切り返してくるか、太朗の友人になりそうな楓
の人となりを見極めるいい機会かと思ったのだ。
玄関先に並べられた、まるで何かの祝い事かパーティーでもあるのかと思われるほどのケーキと果物の数々。
到底食べきれる数ではないそれらを見て、楓はどうするだろうか。
(まあ、怒るだろうがな)
意外と短気な楓の反応を楽しみに待っていると・・・・・。
 「気を遣わせてすみません」
 楓は微笑んだ。
 「ありがとう、上杉さん」
 「・・・・・」
(・・・・・参った)
その笑みは、まさに艶やかといっていいものだった。
まだ17歳の子供のはずなのに、全てを圧倒するほどの完璧な美。その顔の奥にどんな感情が隠れているのかは分からないが、
それさえも構わないほどの美しさだ。
 「・・・・・」
 自分でも自覚はしていなかったが見惚れていたのだろう。
じっと楓を見つめていた上杉の頭にいきなり激しい衝撃が襲った。
 「・・・・・っつ・・・・・タロッ?」
 「ジローさんの浮気者!」
ムッと上杉を睨んでいた太朗が、我慢出来ないというように叫ぶ。
 「楓に見惚れてただろ!」
 「あ、いや、あのな」
 「タロ、それは置いておいて、向こうでマコさんが待ってる」
 「うん!」
 太朗の腕を掴んだ楓はそのまま奥に歩いていく。
 「タ、タロ!」
 「・・・・・」
太朗の代わりに振り向いた楓の顔はまだ笑っている。
しかし、その笑みは先程までの綺麗で鮮やかなものではなく、何かを企んでいる様な妖しいものになっていた。
(・・・・・やられた)



 「あれ?上杉さんと一緒じゃなかったんだ?」
茶の間に戻ってきた2人を見た真琴は、迎えに行ったはずの上杉の姿がないことに不思議そうに首を傾げた。
まさか楓に妬きもちをやいたとは言えない太朗は、少し恥ずかしそうに俯いたまま、真琴の隣にちょこんと座り込んだ。
 「楓君?」
 「・・・・・」
理由を尋ねるように真琴は楓を振り返るが、もちろん楓がその理由を言うはずがない。
 「上杉さんは兄の挨拶を受けてるところです」
 「あ、お兄さんの」
 「後で来ると思いますよ」
 そう言い終わらない内に、廊下が騒がしくなってきたかと思うと、廊下の障子に影が映る。
 「!」
すると、太朗はパッと立ち上がって、今度は真琴の向かいに座っている海藤の傍に駆け寄って真隣に座ってしまった。
 「た、太朗君?」
真琴が慌てて声を掛けたのと障子が開いたのは同時だった。
案の定、堂々とした体躯を現わした上杉は、ほとんど密着するように海藤の隣に座っている太朗を見て眉を顰める。
 「海藤」
 「どうも」
 海藤は軽く頭を下げて挨拶をするが、上杉はムッとした表情のままで太朗を見た。
 「何、海藤の傍に座ってんだ?」
 「・・・・・いいじゃん」
 「タロ」
 「か、海藤さんの傍が駄目なら、雅行さんの隣に座る!」
 「雅行?誰だ?」
 「俺の兄さん。タロの親父さんに似てるんだって」
太朗の代わりに答えた楓をチラッと見、上杉は再び太朗に尋ねる。
 「タロ、さっきは悪かった。別に俺はこいつをどうこう思ってたわけじゃない。ただ、笑った顔が美人だなって思っただけだ」
 「!」
(みんなの前で何てこと言うんだよ〜!!)



 上杉の言葉を聞いた海藤は苦笑を漏らした。
どうやら痴話喧嘩に巻き込まれてしまったようだが、ここは口を挟まずに黙っていた方がいいだろうと思う。
それよりも、あの上杉にこれ程真剣な目をさせている太朗のことを凄いなと感心して見てしまった。随分歳の差のある恋人同士
に見えるが、思っていた以上に上杉は太朗に夢中のようだ。
(それにしても・・・・・)
 この原因を作ったであろうもう一方の人物の楓の方はと見てみると、ツンとそっぽを向いた姿が歳相応で、こちらも随分可愛い
反応をするものだと思う。
 「あ、あの、太朗君」
 どうにかしてこの雰囲気を解そうとして真琴が声を掛けようとしたが、顔を真っ赤にしている太朗を見ると何と言っていいのか分
からないようだ。
どうしよう・・・・・困ったように自分に視線を向けてくる真琴に、海藤は穏やかに微笑みかけた。
 「馬に蹴られるぞ」
 「え?」
 真琴はどういう意味かと首を傾げる。
それに対して、海藤は事も無げに答えた。
 「痴話喧嘩だ」
 「あ」
 「ち、違うよ!」
太朗は慌てて否定するものの、その表情を見れば一目瞭然だった。
海藤は立ち上がると、目線で真琴を促した。
 「少し席を外そう」
 「そ、そうだね」
 真琴も慌てて立ち上がると、立っていた楓の背中をそっと押した。
 「楓君、少し他の部屋に案内してもらってもいい?」
そう言った真琴に、楓は渋々と頷いた、



 あっという間に部屋に2人きりにさせられた太朗は、立ち上がるタイミングを逃して俯いてしまっていた。
(ど、どうすればいいんだ?)
熱い目で(太朗にはそう見えた)楓を見つめた上杉を勢いで怒ってしまったが、かえって真琴達にまで気を遣わせてしまった。
あげくに他人の家でこうして2人きりにさせられてしまうと、どうしていいのか頭の中がグルグルとしてしまう。
 「タロ」
 「!」
 太朗が色々考えている間に、何時の間にか上杉は直ぐ傍まで来て、後ろから長い腕を回して太朗を抱きしめてきた。
 「・・・・・離してよ」
 「タロが許してくれたらな」
 「お、俺は怒ってなんか・・・・・」
まさか妬きもちをやいたなどとは口が裂けても言いたくはない。
 「怒ってないなら、どうして俺の方を見ない?」
 「・・・・・」
 「さっきは、確かにあいつに見惚れはしたが、変な意味なんて少しもないぞ?誰だって綺麗な絵を見たら綺麗だと思うだろ?」
 「・・・・・絵?」
 「そ。俺にとってあいつは絵と同じ。綺麗だとは思うが抱きたいとは思わねえよ」
 太朗だけだ・・・・・耳元で囁かれた太朗は、膝の上の手をギュッと握り締めtた。
ワザと官能的に色っぽく言う上杉の言葉に、身体の奥の方がムズムズとしてしまうが、まだまだ慣れない太朗はそれが欲情して
いるのだということが分からなかった。



 抱きしめている太朗の身体が熱くなってきたのを感じた上杉は、表面上の余裕とは裏腹に内心ホッと安堵の溜め息を漏らし
ていた。
新年早々、喧嘩はしたくないというのが本音だ。
(まったく、あいつは・・・・・)
 軽い気持ちで楓をからかおうと思って来たが、思った以上にプライドの高い楓に意趣返しされてしまった。
子供をからかうにも覚悟がいると、しみじみ思ってしまう。
 「タロ」
 「・・・・・ま、まあ、楓が綺麗なのは本当のことだし」
 「・・・・・」
 「・・・・・見惚れるのは仕方ないよな」
 言葉でもどうやらお許しを貰え、上杉は腕の中の太朗の向きをひっくり返した。
 「なっ?」
 「恋人同士の仲直りはどうするんだった?」
 「こ、ここ、人んちじゃんっ」
 「誰も見てないぞ」
 「う・・・・・」
 「タロ」
催促するように抱きしめた身体を小さく揺すると、諦めたかのように太朗が上目遣いに見つめてきた。
 「大好き」
 「愛してる」
お互いそう言い合うと、チュッと唇を重ねる。

『喧嘩の後はお互い好きだと言ってキスしよう』

上杉の作った恥ずかしい決まりごとを忠実に守る太朗が可愛くて、上杉のキスは自然と重ねるだけのものから深いものに変わっ
ていく。
それに必死でついて行こうとした太朗だったが・・・・・。
 「・・・・・あっ?」
 誰かの上げた声に反射的に上杉の胸を突き飛ばして慌てて振り向いた太朗は、そこに上杉の土産を整理してきた楓の兄の
雅行が、障子に手を掛けたまま驚いたように口を開けて固まっている姿を見つけた。
 「あ、あのっ」
パニックになり掛けている太朗を抱きしめ、上杉は小さく舌打ちをした。
 「・・・・・邪魔すんな」
 「も、申し訳ありませんっ」
ここが雅行の家だということもお構いなく憮然と言い放った上杉の頭に、再び容赦ない衝撃が襲った。
 「恥ずかしいこと言うな!!」



 「・・・・・なんか、仲直りしたみたいだね」
 聞こえてくる騒ぎを耳にした真琴がホッとして言うと、海藤は苦笑したまま言葉を続ける。
 「痴話喧嘩だろ?」
 「でも、本当に良かった。せっかくのお泊り会が楽しくなくなったら嫌だったし。ね?楓君」
 「・・・・・うん」
真琴の素直な言葉に頷いて見せたが、楓の本心としてはあの2人が喧嘩をして、このまま上杉だけが帰ってくれた方が良かった
のにと思っていた。
寡黙な海藤も苦手ではあるが、それ以上に自分を子供扱いしてからかってくる上杉ははっきり言って嫌いだ。
(タロの奴、なんであんなおっさんと付き合ってるんだ?)
外見はまあ見れる方だが、口も態度も悪い、ただのスケベ親父じゃないかと思う。
(あいつ、ガキっぽいから騙されたのか?)
そう思うと、とても自分と1歳しか違わないと思えないほどに子供っぽい太朗が心配になった。
(俺がちゃんと見てやらないと・・・・・っ)
 「楓君?」
 「・・・・・」
 「楓君。どうかした?」
 「あ、いえ、なにも」
不思議そうに見つめてくる真琴に笑顔を返しながら、楓は自分が太朗の保護者のような気分になっていた。





                                  




どこでも敵を作ってしまうジロさん(笑)。でも、今度は相手が悪かった。
このまま無事お泊り会は続行するか・・・・・次には綾辻さんと小田切さんの最強コンビ登場です。