「ジローさんは海藤さんと一緒にいて!!」

 また機嫌を損ねてしまった太朗にそう厳命され、上杉は仕方なく客間で海藤と伊崎、そして雅行と少し早い晩酌を始めてい
た。
 「全く、子供は扱いづらい。そう思わねえか、海藤」
 「・・・・・でも、可愛いんでしょう」
 「まあなあ」
太朗のつれない態度に少しは文句も言いたい上杉だったが、それでも可愛いと思う自分は既に終わっていると思う。
ただ、それさえも楽しいと思えるのが不思議だった。



 そんな上杉の表情を見ている海藤と伊崎は苦笑を零すが、雅行だけはどうしても途惑った表情でその場に座っていた。
(あの子供と上杉会長が・・・・・?)
どう聞いても、2人が恋人同士・・・・・あるいは、愛人関係にあるのは間違いがないようだった。現に雅行は2人がキスをしてい
る場面もバッチリ目撃したのだ。
 自分の弟の楓が、幼い頃からその容姿のせいで様々な男達の欲望の対象になっていたのは雅行も感じていた。
年の離れた楓は、兄の自分が見てもとても綺麗な造作をしていると思え、これ程綺麗ならば男でもいいという人間が出てきても
仕方がないと思う程だった。
しかし・・・・・。
(あの子は・・・・・まだ子供だろう・・・・・?)
 可愛い顔をしているとは思うが、けして女には見えなかった。
何より、楓よりも更に幼く見えるのだ。
そんな子供を、既に立派な大人である上杉が本気で相手をしているのだろうかと、弟を持つ兄としては太朗が心配になってい
た。
 「・・・・・上杉会長」
 「ん?」
 やがて、どうしても我慢出来なかった雅行は、思い切って上杉に声を掛けた。
 「あの子、会長の・・・・・イロ(情婦)ですか?」
 「・・・・・どう見える?」
真剣な顔の雅行に、上杉はニヤッと笑い掛けた。
 「・・・・・あんな場面を見れば、何らかの関係があるのではないかと・・・・・」
 「変な言い回しはよせ。まあ、タロが俺のもんだと言うのは確かだがな」
手を出すなよと笑う上杉がどこまで本気なのか、雅行には計り知れなかったが、このまま黙っていてもいいのかと頭の中では凄
まじい葛藤が始まっていた。
同じように1つの組を背負っているとはいえ、上杉と自分ではその規模も、経験も、実績も、何もかも違い、自分が意見を言う
のはかなり勇気が必要なことだった。
それでも、自分の事を父に似ていると言って直ぐに懐いてくれた太朗を、このまま泣かすようなことは出来ない。
 「上杉会長、もし、あの子のことを遊びだと考えているのなら・・・・・きっちりと引導を渡してやってください。あの子、まだ子供で
す。出来れば真っ当な道を与えてやってくれませんか」
 「・・・・・日向」
 「・・・・・はい」
 「お前、いい男だな。親父も安心して引退出来るだろ」
 「・・・・・っ」
 「確かに、タロはまだガキだし、俺が手を離せば真っ当な世界に戻れるだろうが・・・・・俺が手放せないんだよ」
 「会長」
 「惚れてるんだ。目を瞑ってくれ」
軽い口調ではあったが、上杉の目は真摯だった。
雅行を脅かすわけでもなく、無視をするわけでもなく、ただ分かって欲しいと訴える気持ちを強く感じ取った雅行は、少し下がっ
て深々と頭を下げた。
 「出過ぎたことを言いました。申し訳ありません」
 「いや、あいつのことを考えてくれた上でのことだ。感謝する」
そう言った上杉は、軽くだが雅行に頭を下げる。
上杉の度量の深さを、雅行は改めて感じていた。



 「お風呂、先に入ってもいいですか?」
 探検をしたいと言った太朗に引っ張られるように一緒に出て行った真琴は、戻ってくるなり弾んだように海藤に言った。
 「ここのお風呂、すっごく広いんですよ!まるで銭湯みたい!ね?」
 「うん!普通の家であんなに広いなんて羨ましいよな〜」
口々に訴える2人に、楓も気分が悪いわけは無かった。
 「うちは他の組員も同居してるから。風呂は母屋にもあるけど、こっちの方が断然大きいよ。掃除もちゃんとさせてるし、今日
はまだ誰も入ってないから一番湯になるな」
 「一番!俺、入りたい!」
 「海藤さん、駄目?」
 「い〜よな、ジローさん!」
頷いてと自分を見つめてくる真琴と、先程まで怒っていたことが嘘のような太朗のテンションの高さに、海藤と上杉は顔を見合
わせて苦笑を零すしかなかった。
 「いいぞ」
 「本当っ?」
 「泳ぐんじゃねえぞ、タロ」
 「そんなに子供じゃないって!」
 「じゃあ、楓君、一緒に入ろう?」
 「背中の洗いっこしよ!」



 早々に風呂に向かったお子様達を見送った男達は、待っている間もう少し飲んでいようかとツマミの用意を追加させる。
そこへ、どこかに連絡を取る為に席を外していた倉橋が現れた。
 「もう、着くそうですが」
 「分かった」
 報告を受けた海藤が雅行に向き直った。
 「うちの者が来るので・・・・・」
 「お、綾辻か?」
 「ええ。買出しを頼んでいました」
 「あいつが来ると面白いからな」
社交的で、場の空気を盛り上げる綾辻は上杉のお気に入りだ。出来れば小田切と交換したいくらいだが、冗談でも言えば後
が怖い。
 そこへ、組員が早足にやってきた。
 「お客人です」
 「ああ」
 「お、俺も行こう」
海藤と共に上杉も立ち上がったので、結局その場にいた全員が玄関へと向かった。



 「あら〜、総出でお出迎えとは、壮観だわ」
 玄関先にいたのは、やはり予想通りの綾辻で、彼は揃って出迎えてくれてくれた面々に笑みを向けた。
 「丁度いいのが入ったらしくて。今取りに行ってもらってますから」
その言葉と前後するように、組員達が続々と手に発砲スチロールの箱や野菜、酒などを運んできた。
 「ほら、いい色でしょ?」
綾辻が蓋を開けると、中には鮮やかなマグロが、大きなブロックで入っていた。
 「本当は一匹持って来たかったんですけど、捌ける人間がいないかなと思って・・・・・」
 「それは残念」
 不意に言葉を挟まれて一同が視線を向けると、そこにはにっこりと笑っている小田切が立っていた。
 「小田切、お前昼から休むって・・・・・犬はどうした?」
 「緊急の呼び出しがありましてね。1人ではつまらないので、こちらにお邪魔することにしました。もちろん、手ぶらじゃないですよ」
そう言いながら振り返った小田切は、自分の後ろに立っていた背の高い男の腕を引いた。
 「銀座の寿司屋の若旦那です。今日は目の前で握ってくれますから」
 「河本です」
40近い男は、丁寧に頭を下げた。これだけの面々を前にして少しも動じた風が無いのは、こういった席に呼ばれるのも初めてで
はないのだろう。
男の腕に触れる小田切の手に妙な雰囲気を感じるが、小田切はそんな空気をいっさい無視して綾辻に言った。
 「職人を連れて行くのをお知らせしたらよかったですね」
 「そうね〜。でも、ちゃんとしたお寿司を食べれるなんて嬉しいわ」
 「他にはどんな食材が?」
 「アワビもヒラメも持ってきたわよ。美味しく食べさせてね」
 「はい」
普通に会話をする3人に、誰も口を挟むことが出来なかった。



 上の人間を座敷に戻すと、残った倉橋は小田切に向かって丁寧に礼を言った。
 「先日はお世話になりました」
 「とても楽しかったですよ。可愛い倉橋さんを見れて、私も目の保養が出来ました」
 「ちょっと〜、克己に手を出さないでね」
 「・・・・・」
倉橋は先日の新年会の後のことを思い出し、僅かながらも頬を引き攣らせた。
まるで底の無い樽のように酒を流し込んでいた綾辻と小田切に付き合わされ、倉橋は途中から記憶を無くしてしまったのだ。
気が付くと綾辻のマンションのベットの上で・・・・・そこまで記憶を遡らせた倉橋は、それを振り切るように軽く頭を振り、綾辻が
持ち込んだ食材と、上杉が持ってきた果物に視線を向けた。
 「上杉会長も少しは限度を考えて頂いたらいいんですが」
 「倉橋さん」
 「はい」
 「あの翌日、腰が痛みませんでしたか?」
 「・・・・・っ」
 倉橋はパッと身を引いて小田切の顔を穴が開くほど見つめる。
こんな場所で言うことではないはずなのだが、小田切は面白いことを見逃すような人間ではないようだった。
 「お、小田切さん・・・・・」
 「痛くないやり方、教えて差し上げましょうか?」
 「!」
何も言えず身体を強張らせた倉橋を、背後から抱きしめる者がいた。
 「ちょっと、小田切さん。克己を苛めないでくれる?純情で真面目な子なんだから」
背中に覆い被さる綾辻を振りほどこうと身体を捩るが、綾辻の腕の拘束は少しも緩まない。
 「下ネタは私を通して、ね?」
 「・・・・・甘やかしてますね」
 「愛があるから」
 「分かりました。この話はまた近い内にゆっくり」
にっこりと笑う小田切の顔はとても綺麗なものだが、倉橋はとてもその顔をまともに見られない。
 「後はお願いします」
倉橋は何とか綾辻の拘束を解くと、少し慌てたようにその場から立ち去った。



(・・・・・ほんと、ウブなんだよ)
 とても30半ばに見えない位、倉橋の心は真っ白だった。
それは人生経験が少ないとか、汚い仕事をしていないとか、そんな目に見えた理由などではなく、生まれ持ったその心根自体
が優しく綺麗なのだ。
本来ならばこんなヤクザという世界に身をおくような人間ではないだろうが、倉橋の心を一番最初に掴んだ海藤がこの世界に居
続ける限り、倉橋は死ぬまでついていくだろう。
恋愛感情などという壊れる可能性があるものではなく、絶対に壊れない、引き離せない心の繋がり。
綾辻は、海藤に真琴という存在が現れるまで、海藤と倉橋の間に割り込むことが出来ない自分に苛立ち続けていたくらいだっ
た。
 「可愛いでしょう」
 倉橋の背中を見送っていた綾辻は、笑みを含んだ小田切の言葉に笑うしかない。
 「向こうはなかなか分かってくれないのよね〜」
 「まだモノにしていないんですか?」
 「・・・・・こっちがものにされてる」
 「それは・・・・・楽しそうだ」
小田切の言葉が何を指しているのかは多少分からないこともあるが、遊び心溢れる小田切自体は嫌いではないので、綾辻も
楽しそうな笑みを返した。
 「楽しいわ、すっごく。そっちは?ワンちゃんのご機嫌はどう?」
 「・・・・・最近、生意気になりましてね。私よりも平然と仕事を取るんですよ。まあ、何の生きる目標もない人間は見ていてつ
まらないものですが、私を二の次にするなんて・・・・・そろそろ躾が必要かもしれません」
 「面白そうっ。どんなこと?お預けとか?」
 「それじゃ私がつまらないでしょう?まあ、考えもしましたがね。あれをグルグルに拘束した上で、目の前で他の男を咥え込んだ
りしたら楽しいかなと」
 「へえ」
 「嫉妬と愛情は紙一重ですからね。ゆっくりと楽しい罰を考えますよ」
 「あなたのワンちゃん、気の毒」
 「彼だって、あなたのような人に見込まれて・・・・・可哀想ですね」
2人は顔を合わせて笑い合う。
どんなに言葉や行動に違いがあったとしても、2人が互いの想い人を深く愛しているということは共通な事実なのだ。
 「さてと、ご奉公に参りましょうか」
 「ええ」
綾辻はその場に固まっていた数人の組員達にこの後を指示すると、一同が待っているであろう部屋に案内してもらうことにした。





                                  




綾辻、小田切の最強コンビ登場です。
綾辻さんは自分が倉橋さんをからかうのはいいんだけど、他の人間は嫌・・・・・っていうほど、独占欲強い人。
新年会の夜の話、書きたいな〜。
ちなみに、小田切さんと板さんの関係は・・・・・フフ。