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「ふう〜」
まるで銭湯のように広い風呂でひとしきりはしゃいだ太朗は湯船につかると、縁に顎を乗せて尻をプカプカ浮かせながら、洗い
場で身体を洗っている真琴と楓をじーっと見つめた。
(なんか・・・・・違うんだよなあ)
真琴も楓も色白で、ほっそりとしているがどこか柔らかい身体の線をしている。
男であるのは分かりきっているものの、どこか不思議な存在に見えるのはなぜなのだろうか。
「・・・・・なんだよ、スケベな目をして見るな」
身体を洗い終わった楓は、堂々と太朗の前に立ちふさがって言い放った。
改めて見ても、楓はどこもかしこも完璧に綺麗だ。
(これで口が良かったら人形だな)
それではつまらない。人形のような人間ならば、人形で十分だ。
楓がこんなに美しく輝いているのは、生きて動いているからだ。だからこそ眩しいくらいなのかと、太朗は楓の口の悪さも仕方ない
と納得してしまった。
「人の身体見たんなら、自分のも見せろ」
「へ?・・・・・ぶはっ!」
急に身体を返された太朗は、思わずお湯を飲んでしまう。
ゴホゴホと激しく咳き込んだ太朗は、半分涙目になって楓に詰め寄った。
「いきなりなにするんだ!」
「お前さあ」
「なんだよ!」
「毛、薄くない?」
「!!」
バッとお湯の中にしゃがみこんだ太朗の全身は真っ赤になっていた。
(気、気にしてるのに〜〜!)
まだまだ子供体型から完全に抜けきらない太朗の悩みはそこにもあった。
腋毛やスネ毛が薄いのは、まだ我慢出来たが・・・・・。
「タロ、お前、まだまだ子供だなあ」
そういう関係になった上杉の笑いながらの言葉。それがどこを指しているのかは嫌と言うほど分かっていた。
たとえそれが事実だとしても口に出さないのがマナーだと思うが、豪快な上杉にはその理屈は全く通らないらしい。可愛いからい
いじゃないかと、毎回しつこく触ってくるのだ。
「なんだよ、隠すことないだろ」
「う、煩い!」
「お前らしいじゃん。そこだけボーボーだったら怖いよ」
「楓!」
「ちょっと、2人共、何変なこと話してんの」
それまで黙って聞いていた真琴が、呆れたような苦笑を浮かべながら湯船に入ってきた。
ほんのりと染まった肌が綺麗だなと思いながら見つめてくる太朗に、真琴はにっこり笑いながら言う。
「太朗君はこれからどんどん大きくなるんだから、これぐらい気にしちゃ駄目だよ。それに、楓君だって俺だってボーボーな方じゃ
じゃないしね」
「ま、真琴さん!」
ゆっくりと湯につかったせいか、それとも騒いだせいか、3人が風呂から上がったのは1時間近くも後だった。
そろそろ日も暮れかかったようで、長い廊下もだいぶ冷えてきた。
「それにしても、楓が着物着付けれるなんて」
「俺も自分じゃ着れないよ。でも、なんだか旅館に泊まってるみたいだね」
真琴が言うように、3人はそれぞれ浴衣に似た寝巻きを着ていた。上からちゃんと暖かい半纏もはおり、まるで温泉旅館に泊
まったような感じだ。
真琴と太朗が泊まりにくると決まった翌日に、楓が贔屓の呉服屋を呼んだのだ。
既製品の丈を整えるだけだったが、楓の天使の微笑みのおかげか、納品は即日に行われ、楓は名前のように紅葉に似た茜色、
真琴はホンワカしたイメージで選んだ萌黄色、そして明るく弾けるイメージの太朗には山吹色と、それぞれが華やかな色をまとっ
て宴席に向かった。
「ここ?」
「うん、ここでするって言ってた」
「よし!」
一番に障子を開けた太朗が、目を丸くして叫んだ。
「何、これ、すっげー!!」
それは、確かにそう叫んでもおかしくない様子だった。
二間続きの座敷を繋げたかなり広い空間に、所狭しと並べられた料理の数々。
それは和洋中と様々で、果物や酒類も数多くあった。
そして・・・・・。
「な、なんだ?」
部屋の隅に設けられた小さな場所。そこには様々な魚介類と、なぜか白い割烹着を着た男がいた。
「握りの職人ですよ。お腹いっぱい食べなさい」
「小田切さん!」
風呂に入っていたせいで小田切の来訪に気付かなかった太朗は嬉しそうに駈け寄った。
「来たんですか?」
「監視役が必要だと思いましてね。その色、とても似合ってますよ」
「・・・・・おーだーぎーりー。それは俺が一番最初に言う言葉だろうが」
「ああ、それは失礼しました」
全然反省していないように言う小田切をジロッと睨んだ上杉は、直ぐに太朗に視線を移すと、何時の間にか陣取っていた上座
から来い来いと手招きをしてきた。
湯上りの太朗はホカホカの肉まんのように湯気をたててて美味しそうで、身にまとっている浴衣も太朗の雰囲気によく似合って
可愛いかった。
こういう格好も新鮮だと内心思いながら、来い来いと手招きをする。
「来い、タロ」
「だから、犬みたいに呼ばないでよ!」
口では文句を言いながらも、素直に傍に寄ってきて隣に座る。
見ると、真琴と楓も、それぞれ海藤と伊崎の隣に腰を下ろした。
「よし、みんな揃ったようだな。改めて乾杯するか。日向さん、音頭を」
上座には上杉と海藤が座っており、もてなす側の伊崎や楓の父、兄はそれぞれ左右に座っている。
立場的には上杉が一番上だが、上杉は年齢を考えてか楓の父、前日向組組長の雅治に音頭を促した。
雅治は軽く頭を下げてグラスを持ち上げた。
「乾杯!!」
雅治の音頭で宴会が始まった。
「海藤さん、結構飲んでる?」
「そうか?まあ、上杉さんに結構勧められたが」
真琴達が来る前に実質的な宴会は始まっていたらしく、既に部屋の隅には空き瓶が数多く置かれてある。
ただし、ここにいる男達のほとんどは酒に強いらしく、顔色も言葉も全然変わっている様子は無かった。
ただ、楓の父の雅治だけが、厳つい顔を赤く染めているのが笑みを誘うが。
「綾辻さんも来たんですね」
「面白いことが好きだからな」
「ほんと」
真琴の視線を感じた綾辻が、ウインクをして軽く手を振ってきた。その隣にいる小田切も丁寧に頭を下げてきたので、真琴も
慌ててペコッと頭を下げた。
「何だか、新年会の続きみたい」
「そうだな」
「怖い顔の人達も多いけど、みんな優しそうな人ですね」
開成会の組員達は割合とスマートな人間が多いが、日向組の人間はどちらかというと昔ながらの強面で無骨な人間が多い。
しかし、楓の世話を焼く組員達は皆一生懸命で誠実で、ここがヤクザの組だということを一瞬忘れさせるくらいだった。
(きっと、みんな楓君が大事なんだろうなあ)
伊崎の隣でぞんざいに我儘を言っている楓も、組員達に向ける目は優しい。本当に家族と同じなんだなと真琴は感心して
いた。
「あんまり飲み過ぎないでくださいね?俺じゃ、海藤さんを運べませんよ」
「真琴が運んでくれるのか?」
「だから、俺じゃ無理だから、あんまり飲まないで下さい」
「分かった」
海藤は笑いながら真琴の髪をそっと撫でる。
「それ、似合ってるな」
「本当に?楓君が着付けてくれたんですよ。帯の仕方がちょっと変わってました」
「さすがは極道の息子だな」
「見掛けを裏切ってくれるのが楽しいですよね」
飲み過ぎるなと言った海藤に酒を注ぎながら、真琴はクスクスと笑った。
「ぼっちゃん、アワビの刺身ですよ」
「大トロの炙りもあります」
「エビチリもほら、海老がプリプリで」
次から次へと楓の世話をやく為にやってくる組員達を、楓は頬を膨らませて睨みつけた。
「お前達、煩い。俺じゃなくて、もっと客人をもてなせよ」
「で、でも、皆さんオーラが有り過ぎて・・・・・」
「近付きにくいよな?」
「情けないっ。それが日向組の大紋背負ってる奴らの態度かっ?」
「楓さん」
「恭祐も何か言えよ!お前は若頭なんだから、こいつらを叱咤する立場だろ!」
実を言えば・・・・・楓は組員達の気の弱さだけに怒っているのではなく、先程から頻繁に自分の傍にやってくる組員達のせいで
伊崎とイチャイチャ出来ないことが不満だったのだ。
真面目な伊崎がこんな酒宴で、それも楓の父と兄がいるこの場で楓に何かをするわけが無いのは分かっていたが、楓としては
座っている膝頭が触れたり、酒を注ぐ手が触れたりと、些細な接触でも嬉しいのだ。
それが、組員達がいると何も出来ない。
「大物ばかりなんで、みんな気後れしてるだけですよ。羽目を外さない程度に酒を入れれば少しは気も落ち着くでしょう」
「・・・・・っ」
(それじゃ面白く無いじゃん!)
チラッと視線を向けた先には、仲良く話をしている海藤と真琴、そして言い合いながらもじゃれているとしか思えない上杉と太
朗を見ていると、どうしても・・・・・羨ましいのだ。
「・・・・・きょーすけ」
分からないのかと、少し甘えたように言っても、伊崎は真面目な表情を崩さない。
「あまり食べ過ぎてはいけませんよ」
「・・・・・っ」
「楓さん?」
今日は接待をする側なので、出来るだけ緊張感を失わないようにしているのは分かる。
分かるが・・・・・。
「俺、太朗の隣に座る!」
「楓さんっ?」
すくっと立ち上がった楓は、ドシドシといった足取りで太朗のもとへ向かい始めた。
そんな光景をニヤニヤ笑いながら見ているのは・・・・・。
「あ、克己、ワインおかわり!小田切さんは何飲みます?」
「私はシャンパンがありましたら」
「克己〜」
「聞こえています」
倉橋を専用のソムリエにしている綾辻と小田切は、2人だけで既に1ダース近いビールを飲み干していた。
用意をする倉橋も、この2人の胃がどうなっているのか不思議でたまらない。
(見た目も口調も・・・・・全く変わらないだけに・・・・・タチが悪い)
新年会の夜と同じ失敗は繰り返さないと誓って、これまでは一滴も酒を飲まずに酌をしている倉橋だが、これでは匂いだけで
も十分酔ってしまいそうだった。
(社長の方に行くか・・・・・)
キリがいいところでこの2人から離れようと立ち上がりかけた倉橋だったが、その足を簡単に止めたのは小田切の何気ない一言
だった。
「ところで倉橋さん、あなたMですか?」
「・・・・・は?」
意味が分からないものの、何か怖いことを聞かれたような気がした。
聞き返さない方がいいと分かっているのにその意味が気になって、倉橋は少し声を落として小田切に尋ねる。
「それは、どういった意味ですか?」
「お分かりになりませんか?」
「すみません、勉強不足で」
真面目に答える倉橋に、小田切はシャンパンに濡れた唇に笑みを浮かべた。
「マゾかという意味です」
「・・・・・マゾ?」
「苛められるのがお好きなのかって。それにしては先日拝見したお身体はとても綺麗だったし、不思議だなと思ったんですよ」
「!」
「あ、もしかして、言葉でってやつですか?」
どんどん勝手に話を進める小田切に、倉橋は呆然と視線を向けて・・・・・やがて、パッと綾辻を振り返った。
「綾辻さん!!」
「私はな〜にも言ってません〜♪」
「ねえ、どうなんですか?」
「・・・・・の・・・・・」
「の?」
「ノーコメントです!」
一気に言い放った倉橋は、もう呼び止められてはたまるかと慌てて立ち上がる。
その背中を見送った2人はクスクスと笑い続けた。
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宴会が始まりました。
受け子ちゃん達は皆浴衣姿です。この後、誰かが悪戯されちゃいますが・・・・・誰でしょうか(笑)。
一方、綾辻&小田切コンビにからかわれ続けている倉橋さんはお気の毒。
小田切さんが身体を見たというのは、もちろん引っ掛けです(綾辻さんが許すはず無い)。