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日向組前組長であり、楓の父でもある雅治は、目の前の宴会の様子を感慨深げに見回した。
自分の代では考えられなかった上部の人間が、この家で杯を酌み交わしている。
飛ぶ鳥を落とす勢いの開成会会長海藤と、自由奔放ながらやり手の羽生会会長上杉と。
息子である雅行が海藤を師事しているのは知っていたが、まさかこうして酒を飲むほどに親しく付き合っているとは想像もしてい
なかった。
代々古くから受け継がれてきたとはいえ、傍から見れば弱小のこの組も、もしかしたらもっと大きくなるかも知れない・・・・・歳を
取った今になって、そんな楽しみさえ生まれてきた。
(・・・・・でもなあ)
それにしても、と、雅治は不思議に思っていることもあった。
それは、それぞれが連れだと言って連れてきた2人の少年(雅治から見れば真琴もまだ子供だった)。
当初は、楓の友人がやってくるという話だったが、何時の間にか2つの大きな組の会長が同行してきた。この4人の関係が、雅
治にはどうしても分からないのだ。
若くても、女ならまだ意味は分かるが・・・・・男。
特に、上杉が上機嫌で傍に置いているのは、どう見ても自分の下の息子よりも幼い。
(自分の子供ってこたあ、ないよな)
赤い顔のまま、ううむと首を捻る雅治の前に、もう1人の少年、こちらは海藤の連れの少年が座った。
「はい、どうぞ」
手にはビールのビンが握られていたので、雅治は慌ててコップを差し出した。
「すまないね」
「いいえ、今日は急に押し掛けてすみません」
「楓が楽しみにしてたんだ。友達が泊まりに来るなんて今まで無かったからなあ」
「俺も、すごく楽しみにしてました」
にっこり笑う目の前の少年は、自分の息子のような美貌の主ではないが妙に雰囲気がある。
目元のホクロが妙に艶っぽく見えてしまい、気のせいだと頭を振った雅治の耳に、もう1つの元気な声が聞こえた。
「楓の父ちゃん、今日はお世話になりまーす!」
「お、おお」
元気いっぱいに挨拶をする少年はまだまだ小学生のように見え、雅治の疑問はどんどん膨らんでいくばかりだ。
「あ、飲んでください、俺も注ぎます!」
「ああ、すまないな」
目の前の2人を交互に見ながら、雅治は一気にビールを飲み干した。
「お疲れ様です」
「あ・・・・・」
廊下に出て組員達に指図をしていた伊崎は、丁度出てきた倉橋に頭を下げた。
「こちらこそ、大人数で押し掛けるようになってしまって・・・・・申し訳ありません」
「いえ、楓さんも喜んでおられますし」
初めて誰かが泊まりにくる・・・・・表面上は何時ものようにしようとしているのが分かるが、その表情は目に見えて楽しそうで、伊
崎もそんな楓の姿を嬉しく見ていたのだ。
(少し、怒っているみたいだが・・・・・)
組長でもある楓の兄雅行と、父親の雅治の前では、どうしても楓には一線を引いた対し方をしてしまう自分に楓が苛立つの
は分かっていた。
伊崎としてはへたに2人の関係に気付かれて別れさせられるというようなことが無いようにと、十二分に気をつけているつもりなの
だが、楓にすればそんな伊崎の態度は物足りないようだ。
「大切にされているんですね」
「・・・・・ええ」
「・・・・・」
「倉橋さんも・・・・・」
「は?」
「・・・・・大切にされているのが分かりますよ」
新年会の時に気付いた事実。
本部などで何時も見かける冷たい倉橋の表情が、その人物の傍にいる時は様々な表情を見せている。倉橋がどれだけ相手
に対して心を許しているかはそれだけで分かった。
それがどういう関係からかは想像でしかないが、少なくとも負ではないことは分かる。
「・・・・・何をおっしゃられているのか分かりかねます」
「倉橋さん」
「では、私は少し席を外しますので」
真っ直ぐに前を向いて立ち去る倉橋の後ろ姿を、伊崎は黙って見送るしか出来なかった。
「じゃあ、小田切さんの犬は室内犬なんですか?」
「はい。外で飼うのは可哀想でしょう?」
「分かる、それ!俺だって、何時も一緒の布団で寝たいって思うくらいだもん」
お酌をして回っていた真琴は、今度は綾辻と小田切の席の隣に座っていた。
直ぐに歓迎してくれた2人は自分達の間に真琴を招き入れ、そこに太朗も加わって賑やかなペット談義が始まった。
ペットを飼っているのは太朗と小田切(?)だけだったが、真琴も動物好きなので楽しそうに話に加わった。
「でも、土佐犬って怖くないですか?闘犬でもあるんでしょう?」
「飼い主には忠実ですよ」
「あんな風に怖い顔の犬が忠実なんて・・・・・すごいなあ」
「ふふ」
小田切は笑った。
犬の正体は、ここでは上杉と綾辻しか知らない。
自分は人間のことを、周りは犬のことを、全く相反することを話しているのに意味は妙に通じている。それが可笑しくて楽しくてた
まらなかった。
「懐いたら可愛いですよ、所構わず擦り寄ってくるし」
「いいな〜。俺もおっきな犬飼いたい〜」
「太朗君も飼ってるじゃないですか」
(うっとおしい大きな犬を一匹)
しかし、もちろん太朗が小田切の言葉の裏の意味に気付くはずが無い。
「え〜、飼ってないよ!」
太朗が叫ぶと、その様子をじっと見ていたのか、離れた席から上杉が声を掛けてきた。
「小田切っ、タロに変なこと言うんじゃないぞ!」
「犬の話をしてるだけだってば!」
「お前なあ〜」
小田切の性格はここにいる誰よりも知っているはずの上杉だったが、その暴走を止めることはほとんど出来たことは無かった。
仕事面では忠実に上杉に従い、頼んだ以上のことをする小田切も、私生活に関してはどうも奔放で始末に終えない。
(全く、タロの教育に悪いだろーが)
自分とセックスまでする関係ながら、まだまだウブな太朗。そんな太朗は、なぜか小田切に懐いている。
駄目だと言う事も出来ないし(第一理由が言えない)、今のところ小田切も妙な言動は控えているが・・・・・。
(何時豹変するかわかんねえしな)
はあ〜と溜め息を付いた上杉に、海藤が酒を注いだ。
「目を離すのが怖いんですか」
「相手次第だ」
「確かに、小田切では心配ですね」
「お前もそう思うだろ?」
同意してくれた海藤に更に愚痴を零そうとした上杉だったが、
「あーーー!!雅行さん!」
弾んだような声に慌てて視線を向けると、酌をして回っている雅行にちょうど太朗が抱きついたところだった。
「タロッ?」
思い掛けない伏兵に、上杉は慌てて立ち上がった。
「あーーー!!雅行さん!」
大好きな父の面影に良く似た雅行がやってきたのに気付いた太朗は、ぴょんっと雅行の背中に抱きついた。
(おっきい背中〜〜♪)
普段の太朗なら、まだ会って数時間の相手にここまで砕けた態度を取ることは無いが、部屋の空気に溶け込んできた酒の匂
いに多少酔ってしまっていたのだ。
「太朗君、大丈夫か?」
弟がいる雅行の態度は慣れたもので、くったりとした太朗を軽く揺すって訊ねてくる。
「だいじょうぶ〜」
既に酔っている様な口調に苦笑を零した時、その身体が不意に視界から消えた。
「・・・・・上杉会長」
「面倒を掛けたな」
「離せ〜!」
まるで担ぎ上げるように太朗の身体を肩に乗せた上杉は、呆気に取られている一同に向けて憮然と言い放つ。
全く礼を言っている口調ではなく、その視線も鋭く睨んできたが、雅行は苦笑を零しながら穏やかに言った。
「そろそろ寝かせた方がいいかもしれませんね」
時刻はまだ午後9時を少し過ぎたくらいだったが、はしゃぎ過ぎた太朗にはもう元気も切れてきてしまっている様だ。
「俺もそう思っていた」
暗に、自分の方がより早く太朗の様子に気付いていたという上杉に、雅行は頬が緩むのを必死で抑えながら続ける。
「楓、そろそろ休みなさい」
「え〜、まだ早いよ!」
「今日は泊まり会がメインなんだろ。布団に入ってから話をすればいい」
「・・・・・」
「いいな」
「・・・・・うん」
楓が渋々ながら頷くと、雅行の視線は真琴に向かった。
「いいかな?」
「はい、先に休ませてもらいます」
真琴も異存は無いようで、3人は(1人は抱っこをされて暴れているが)楓の部屋に向かった。
その時、真琴が振り向いて、海藤に小さく手を振るのが上杉の目に映った。
(・・・・・羨ましいね、海藤)
まだかなり子供の自分の恋人との違いを感じながら、上杉は自分の肩の上でまだバタバタと暴れている太朗の尻をパンッと叩
いた。
「つまらない」
楽しいオモチャ達に逃げられてしまった小田切はそう言ったが、言葉とは裏腹にその目は楽しそうに笑んでいる。
今の光景がなかなか面白いものだったようだ。
「いいわね〜、そちらのトップは楽しそうで」
「海藤会長は真面目そうですよね」
「まあね〜」
「それならうちに来ますか?出向扱いでもいいですよ」
「面白そうだけど、遠慮しとくわ。私にとっては今の場所がパラダイスだから」
「それはそれは・・・・・御馳走さまです」
急にくったりしてきた太朗になんとか歯を磨かせ、上杉は抱き上げたまま楓の部屋まで連れてきた。
古いが十分広い屋敷の中で、楓の、1人部屋にしては広い部屋の中には既に布団が敷いてあった。
「太朗は下」
楓の指図通りに太朗を下ろすと、直ぐに自分から布団に潜り込んでいった。
「もうっ、ガキだよな!」
「楽しくってはしゃいだんだよ。あの、上杉さん、ありがとうございました」
「俺の特権だからな、これは」
「そうですね」
笑いながら言う真琴は、やはり3人の中では一番年上らしい態度を見せる。
上杉はチラッと太朗を見下ろしながら言った。
「じゃあ、後は頼むな」
「はい、おやすみなさい」
ドアは静かに閉じられた。
「こいつ、一晩中起きてしゃべるって言ってたくせにっ」
既に夢の中の太朗を恨めしそうに見下ろしながら、楓はプンッと頬を膨らませた。
楓にとってはまさに今からがメインで、真琴と太朗と、3人で夜遅くまでしゃべることを楽しみにしていたのだ。
(あんな保護者まで来るのが悪いんだよ!)
大人の酒宴は、楓にとっては全くの予定外で、簡単に受け入れた兄にも文句を言いたくなってしまう。
しかし・・・・・。
「楓君、俺がベットでいいの?」
「あ、はい」
まだ起きている真琴の存在に、楓は慌てて頷いた。
「でも、淋しいから隣に寝ていい?」
「え?」
真琴は楓の隣に潜り込んできた。
楽しそうに笑う笑顔が直ぐ間近にある。
「ね?せっかくだから3人一緒にこうして寝ようよ」
「・・・・・うん」
「楽しかったね、今日は。新年会も面白かったけど、今日は楓君の家に来て、お父さんやお兄さんや組員さん達にも会えて、
本当に楽しかったよ」
真琴の言葉はお世辞を言っている様には思えなかったが、楓はどうしてそう思えるのか不思議だった。
「マコさんは怖いとか・・・・・嫌とか、思わないんですか?普通、ヤクザって嫌われるでしょ?」
「う〜ん。俺も前はそう思ってた。自分とは全然違う世界の人達だなって。でも、海藤さんと知り合って、倉橋さんや綾辻さん
を知って、こうして・・・・・楓君とも会って、怖くない人達もいるんだなって思えるようになったんだ」
「・・・・・」
「みんなをそう思えるって言えないけど・・・・・少なくとも俺が知っている人達はみんな優しい。もちろん、楓君もだよ」
「・・・・・」
楓は慌てて毛布で顔を隠す。
泣き顔を真琴に見せたくは無かった。
「太朗君だって、きっとそう思ってる。寝ちゃったのも、安心したからだよ」
「・・・・・」
「今日話せなくっても、また泊まりに来れるって安心してるんだよ。また、お邪魔してもいい?今度は保護者なしで」
トントンと布団の上から優しく叩かれ、楓はコクンと頷く。
「・・・・・また・・・・・来てください」
「うん」
全てを隠さずに受け入れてくれる友達というものを、楓はやっと手に入れたような気がしていた。
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お子様達は就寝時間です。
しかし、アダルトな面々の酒宴はもう少し・・・・・もう少し書かせてください(笑)。