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子供達が休み、雅治も先に休むということで席を辞し、小田切が呼んだ職人も帰り、宴席には海藤と上杉、倉橋と綾辻と
小田切、そして伊崎と雅行の7人と、給仕役で残った数人の組員だけとなった。
「お前達も先に休め」
「しかし・・・・・」
「組長がおっしゃってくださってるんだ、ありがたくそうさせてもらったらいい。客間に皆さんの休まれる床だけは作っておけ」
「はい、それでは失礼しますっ」
「伊崎さん、私は失礼させてもらいますよ。飛び入りで参加させてもらっただけですから」
そう、小田切が言えば、
「あ、私も帰りま〜す」
綾辻もそう続いた。
「遠慮なんかされないで下さい。古いが部屋数だけはあるんです」
「でも・・・・・」
「そうして下さい」
意外に頑固な雅行が押し切り、無下に断わるのもと2人共納得をする。
座敷の中に残されたのは7人だけ・・・・・酒を傾けるピッチは少しも遅くならないままだ。
「それにしても皆さんお強い。何時もこんな感じなんですか?」
「何時もって、この面子で飲むのは2回目だしなあ」
「2回目・・・・・」
(とてもそんなふうには見えないな)
雅行は感心したように溜め息をついた。
けして馴れ馴れしいわけではないが、どこか似通った空気を纏っている一同が、共通の時間を過ごしたのがほとんど無いという
のは驚きだ。
「でも、これでお前も仲間だな」
ニヤッと笑った上杉は海藤を振り返った。
「そうだよな」
「ええ」
口元だけで笑んだ海藤だったが、ずっと師事していた相手にそう言われた雅行は嬉しくてたまらなかった。
「どうぞ」
綾辻は焼酎のビンを目の前に差し出された。
「あなた、こっちの方が好きでしょう」
「・・・・・さすが相棒、分かってるわね」
「それなりの時間を共に過ごしてきたんですから当然でしょう」
呆れたように言う倉橋の目元はほんのりとだが赤く染まっている。
(何時飲んだんだ?)
正月のことがあっただけに倉橋は始めからセーブをしていたし、綾辻もそれとなくだが様子は見ていた。
幹部とはいえ、自分よりも地位が上の面々に酌をして回り、真琴達の様子を把握して、この後の海藤の就寝する場所の確認
と、じっと座っていることがなく動いていた倉橋だったが、何時の間に酒を飲んだのだろうか?
酔うと恐ろしく無防備で色っぽくなる倉橋を知っている綾辻は、それとなく倉橋をガードするように自分の隣に座らせて言った。
「克己、先に休ませてもらう?」
「何を言ってるんですか。会長より先に休むなんて、そんなこと出来るわけないでしょう」
キッと睨みつけてくる目は既に色を変えている。
そろそろレッドゾーンのようだ。
「可愛いですねえ」
不意に、笑みを含んだ声が掛けられた。
「・・・・・小田切さん?克己に酒飲ませたの」
「また、可愛い姿を見たくて」
「・・・・・」
(性質が悪い)
あくまでも自分が楽しむ為だと言い切る小田切には呆れるが、これ以上ここで押し問答をしていても仕方が無い。
綾辻はグラスを置いて伊崎に聞いた。
「ごめんなさい。今日、お借りする床に案内してもらえるかしら」
「ええ、どうぞ」
立ち上がった伊崎に続いて綾辻も立ち上がると、そのままごく自然に倉橋の身体を抱き上げた。
「な、何するんですかっ?」
「暴れないの。会長、後で又戻ってきますから」
ほっそりとした身体付きとはいえ、自分とほぼ同じ背丈の倉橋を軽々と抱き上げている綾辻は相当な力の主だというのは分か
る。
海藤はそれに驚くことも無く言った。
「そのまま休んで構わない」
「ありがとうございます、では遠慮なく」
初めからそう言われることを予測していたようににっこりと笑った綾辻は、そのまま危なげも無く歩いて座敷を出て行った。
伊崎に先導された綾辻が倉橋を抱き上げて姿を消すと、上杉が感心したように海藤に言った。
「あんな綾辻を見たのは初めてだな」
「そうですか?」
「あいつら、まさか・・・・・」
「上杉さん」
上杉がはっきり口に出して言う前に、海藤がそれを遮るように言葉を挟んだ。
「言わない関係というものもありますよ」
「・・・・・そうか?」
「そうです」
「う〜ん」
太朗のように可愛いというわけでもなく、真琴のように癒されるというわけでもなく、楓のように類稀な美貌の主というわけでもな
く、整った顔立ちだとは認めるが、倉橋は上杉の目から見ればどう見ても男だ。
そんな相手に欲情を覚えるものなのだろうかと首を傾げていると、横から呆れたような声がした。
「あなたは何でも形にしてしまい過ぎです。少しは海藤会長のように事実をしまう箱を持ったらどうです?鍵は私が預かって差
し上げますから」
「その方が危険だろうが」
「ふふ」
話し相手のいなくなった小田切が傍に来るのを苦笑して向かえた上杉は、そのままシャンパンのビンを鷲掴んで差し出した。
「人数減ってるからな、みんな手酌だぞ」
「その方が遠慮なく飲めますよ」
残ったのは酒豪ばかりの男達。酒宴はまだまだ終わりそうに無かった。
翌朝 −
(ん〜・・・・・おも・・・・・)
太朗の腹の上には、飼っている猫達が団子のように固まって乗っていた。
重いからと身体を揺すって落とそうとするが、その重さはどんどん酷くなり、最後には大きな像のようなデブの猫になってしまった。
太朗はうんうん唸って・・・・・やがて、フッと意識が覚めた。
「・・・・・ゆ、め?」
確か、楓の家に泊まりに来ているはずで、ここにはペットがいないと言っていた。
それなら、夢で見たあのデブ猫の正体はなんなのだろうと身体を捩る。きっと、見掛けによらず寝相の悪い楓の足か何かが腹に
乗ったのだと思い、からかってやろうとニンマリと頬に笑みを浮かべたが・・・・・。
「かえ・・・・・?」
「ん?」
「え・・・・・」
「寝起きの寝ぼけた顔も可愛いな」
チュッと軽くキスをされた太朗は、次の瞬間大声で叫んだ。
「うわああああ!!!痴漢だーーーー!!」
凄まじいほどの大声にパッと飛び起きた真琴は、隣で眠っている楓の向こう・・・・・太朗が眠っているはずの布団の上に誰か
が圧し掛かっているのを見た。
「ひ・・・・・っ」
「おう、邪魔してるぞ」
「・・・・・う、上杉、さん?」
「おはよう」
「お、おはよう、ございます」
何事も無いように笑いながら普通に挨拶をしてくる上杉に辛うじて言葉を返すが、真琴の心臓はまだドクドクと激しく鼓動を打っ
ていた。
(び・・・・・っくり、した・・・・・)
まさか、ここに、一応楓の私室である部屋に上杉が現れるなどとは想像もしていなかった。
太朗もかなり驚いたのか目を見開いて口をパクパクさせているが、当の上杉は太朗を驚かせることが出来て上機嫌のようだ。
渋い柄の寝巻き代わりの浴衣の足元を慣れた仕草で捌くと、上杉は太朗を布団の中から引っ張り出して、胡坐をかいている
自分の膝の上に子供のように座らせた。
「目、覚めたか?」
「ちょっ・・・・・」
「大声は出すなよ?そこの姫さんはまだ眠ってる」
慌てて自分の口を塞ぐ太朗と同様に真琴も視線を走らせると、これだけ騒いでいるのに楓は少しも目が覚める様子は無かっ
た。
綺麗な顔は眠っていても綺麗で、真琴と太朗は思わず見惚れてしまうほどだったが、ここにいる約1名は全くその美貌に心を動
かされる様子は無い様で、膝の上に乗った太朗の身体を揺すりながら楽しそうに話し掛けた。
「昨夜はどうだった?楽しかったか?」
「お、面白かったけど、俺、何時の間に寝ちゃったんだろ?」
「ここに運んで直ぐだ」
「ほんと?」
上杉にではなく真琴に聞いてくることが面白く、真琴は笑いながら頷いた。
「空気に酔っちゃったみたいだよ。直ぐに布団に潜り込んじゃった」
「うわ〜っ、俺、もっといっぱい色んな話するつもりだったのに〜〜!」
「まあ、また来ればいいじゃねえか」
「いいの?」
「姫さんがいいと言えばな」
「・・・・・」
(きっと、上杉さんも付いて来るだろうなあ)
新年会の時から、上杉が太朗を可愛がっているのは感じていたが、今回は更にそれに輪をかけたように滴るような愛情を感じる。
(大事にされてるんだ、太朗君)
見た目では少し歳が離れている恋人同士に見えるがその愛情には間違いが無い様で、真琴はまるで自分の事のように嬉しく
思った。
「でも、ジローさん、勝手に部屋に入ってくるなよ。ここは楓の部屋なんだからさ〜」
「9時過ぎたしな、そろそろ起こそうかと思って」
「日曜だったら9時なんてまだ早朝じゃん!」
再び2人がまるで漫才のような言い合いを始めた時、ようやく楓の瞼が震えた。
「楓君?」
「・・・・・マコ、さん?」
ぼんやりとした目付きで真琴の存在を捉えた楓が嬉しそうに目を細める。
が・・・・・。
「お〜、お目覚めか」
「・・・・・え?」
上杉の声にゆっくりと振り向いた楓の目が、たちまち大きく見開かれたかと思うと、
「なんなんだよ、あんたはーーーーー!!」
再び部屋の中に怒声が響いた。
「まっふぁっふひんひはへはい!!(全く信じられない!!)」
歯を磨きながら、楓は鏡越しに太朗を睨んだ。
自分が悪いわけではないのだが、責任を感じているのか太朗は眉を下げて言う。
「ほへんふぁふぁい(ごめんなさい)」
「ふぁふぉうふぉへいふぁふぁいへふぉ!(太朗のせいじゃないけど!)」
あの後、枕や布団を上杉に投げつけた楓は、ドア開いて大声で叫んだ。
「誰か!ヘンタイがここにいる!!」
たちまちワラワラと組員達は集まってきたが、そこにいるのは羽生会会長の上杉で、自分達よりも遥かに上の人間に対して誰も
簡単に手出しなど出来なかった。
「何してるんだっ、お前達!」
それを見て更に頭に血が上った楓を宥めたのは、やはり伊崎だった。
「楓さん、落ち着いてください。上杉会長は少しハメを外されただけですよ」
「男が俺の部屋に勝手に入ってきたんだぞ!お前は何とも思わないのか!」
「楓さん」
興奮する楓の耳に、伊崎は素早く囁いた。
「今夜、伺います。他の人間の気配は、俺が全て消してあげますから」
伊崎の言葉に丸め込まれたわけではないが、一生懸命謝る太朗と宥める真琴に免じて(当の上杉はのほほんと成り行きを
楽しそうに見ていたのが腹が立つが)、楓はその怒りを何とか静めた。
この矛先は、今夜忍んで来る伊崎に全てぶつけてやろうと思う。
(恭祐の奴っ、一晩中離さないからな!)
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自由人、上杉さんの行動は誰にも止められませんね。
さて、ようやくお泊り会も終わりそうです。次回はさよならの場面ですが・・・・・ちょっと淋しい(笑)。