屋烏の愛 おくうのあい
4
帰宅する海藤を見送り、再び車に乗った瞬間、綾辻がどうしたのと聞いてきた。
ついでに送るからと言われていたし、何より海藤のことが気になったのでマンションまで送りたいと思ったのだが、ふと気付くと2人
きりなのだという現実に突き当たった。
「ずっとおかしいと思ったんだけど」
「・・・・・」
「ジュウのことが気になるの?それとも、襲名式のことで何かあった?」
「・・・・・」
「克己、口に出してくれないと分からないわ。あなたがおかしいのは気付いたけど、その理由はあなたの口から直接聞きたい。
ねえ、克己」
この男のことだ、今自分が何を思っているかなど簡単に想像が付くだろうに、心の中を土足で入り込もうとするのではなく、自
ら開いて見せろと言う。
そんな気遣いはとても嬉しいし、今自分が感じている不安・・・・・真琴のことは、綾辻に言ってもかまわないことだと思った。
しかし、その自分の不安を全て綾辻に伝えるには、倉橋は素直な性格ではなかった。自分でもどうにか出来るのだと、いや、
あの時感じた不安は気のせいなのだと、何とか何も言わないでいい方向へと向かおうとした。
「克己」
「・・・・・何でもありません」
「・・・・・そう」
「・・・・・」
(・・・・・っ、呆れた?)
あまりにも頑なな自分に呆れてしまったかと、唐突に会話を打ち切ってしまった綾辻の横顔を不安げに見ると、しばらく前方を
見ていた男ははあっと大きな息をついた。
「言葉で頼らないくせに、そんな目で見るなんて反則」
「あ・・・・・」
「罰として、今夜付き合ってもらうわよ」
自分達2人の間に今は問題は無いはずだ。だとすれば、倉橋が抱えている不安は海藤と真琴に関係あることだろうとは容
易に想像がついた。
綾辻も、ジュウと対していた時の真琴の反応にはおやと思うことがあり、それでも今の時期不安定な気持ちになるのは仕方が
無いかもしれないと思ったが、倉橋はそう簡単に気持ちを切り替えることが出来なかったのかもしれない。
「・・・・・」
事務所近くのホテルを取ったのは、明日の倉橋のスケジュールを考えてのことだが、男2人がダブルの部屋を取ることに随分と
戸惑った様子だった。
「大丈夫よ」
そんな倉橋の気持ちは分かっていたので、綾辻はフロントへは1人で向かったし、倉橋はエレベーターを一つ遅らせて来た。
「・・・・・やっぱり・・・・・」
「だ〜め」
「・・・・・」
「ここまで来て帰さないわよ」
そう言った綾辻は入口付近で足を止めたままの倉橋の身体をわざとドアに押し付け、強引に唇を重ねた。大きな身長差が無
いので身を屈めることも無く、相手の表情もよく分かる角度でキスが出来るのが楽しい。
こんな場所でどうしてと、倉橋が自分の胸を押し返そうとする仕草さえも可愛かった。
「ふ・・・・・んっ」
クチャ
食いしばる唇を何度も舐め、甘噛みをすると、根負けしたように少しだけ唇が開く。
その瞬間を見逃さずに舌を差し入れた綾辻は倉橋の腰を支えていない右手を胸元にずらした。
「・・・・・っ」
シャツの上から、乳首を押さえつける。目立たなかったそれは直ぐに存在を主張してシャツを僅かながら押し上げ、手の感触
でそれに気づいた綾辻は、そのままキスを解くと胸元に顔を寄せた。
「・・・・・っ!」
少しだけ分かるその存在に舌を這わせていくと、直ぐに唾液で濡れてしまったシャツからそれが透けて見える。
頭上で荒い息を続ける倉橋に向かい、綾辻はクスッと笑って言った。
「アンダーシャツ着てないなんて・・・・・エッチ」
「や・・・・・っ」
「うわっ」
その突きは渾身の力を込めたものだったのかも知れない。
そして、綾辻も力に逆らわなかったのでその場に簡単に尻餅を付いてしまい、下から倉橋の顔を見上げる形になった。
「あ、あな、た・・・・・っ」
「感じちゃった?」
「・・・・・っ」
「こんな時くらい、何も考えずに流されなさい」
海藤のことも真琴のこともその頭から追い払い、ただ目の前にいる自分のことを見て欲しい。身体で感じ合うことはもちろん、先
ず心を触れ合わせたいと思っていることを、倉橋は分かってくれているのだろうか。
頭からシャワーの湯をかぶり、倉橋は唇を噛み締めていた。
本当は、あのまま部屋から逃げ出したいくらいだったが、じっと自分を見つめる綾辻の眼差しから目を逸らすことが出来ず、辛う
じてバスルームに逃げ込んだ。
「私は・・・・・何をしているんだ・・・・・っ」
こんなことをしている場合ではない。
襲名式の準備も、ジュウのことも、自分も綾辻もやらなければならないことが山ほどあるというのに、こうしてお互いを求めて心が
先走ってしまうなんて、いい歳をしたのにみっともないと思う。
それでも、こうして綾辻と2人で過ごす夜は久し振りで、他人の手の温かさを、あの男の熱さを知っている倉橋にとって、それ
は抗えない誘惑には違いなかった。
「・・・・・・」
倉橋は自身の手で肩を抱きしめる。
シャワーの湯さえも感じてしまうくらい自身が昂ぶっているのは、俯いた視線の中に映る下半身の変化でも分かった。
(・・・・・私の方が、求めているのか・・・・・?)
「・・・・・っ」
アクションを起こしたのは綾辻なのに、手を伸ばしたのは彼の方なのに、より熱くなっているのは己の方などと倉橋は認めたく
なかった。
「・・・・・」
随分長いシャワーの後、部屋に戻ると綾辻はスーツの上着を脱いだ姿でソファに座っていた。
「さっぱりした?」
「・・・・・ええ」
なぜ、ドアの前で拒んだのか。
なぜ、こんなにもシャワーの時間が長かったのか。
綾辻は倉橋がどう説明していいのか分からないことには言及せず、目を細めてこちらを見ているだけだ。
明日も着ることになってしまったスーツを皺にしたくなくて、今はバスローブ姿になっているが、何だかこれだけを見れば自分の方
から綾辻を誘ったように見えるのではないか。
「あ、あなたも、どうぞ」
「・・・・・」
「・・・・・」
「逃げない?」
「・・・・・逃げません」
ここまで来て逃げることも、拒むことも考えていない。
今倉橋の頭の中にあるのはただ1人、目の前の男のことだけだった。
強引に持って行き過ぎたせいで倉橋がパニックになっていないか心配だったが、どうやら長いシャワーの時間にかなり気持ちを
落ち着けたようだ。
本当に嫌ならば、倉橋はスーツを着てバスルームから出てきただろうし、震える声で逃げないとは言わないはずだろう。
「・・・・・少し眠らせてやらないと」
(せめて、俺の腕の中では・・・・・)
苦笑を零しそうになるくらい、シャワーの時間は短かった。まるで倉橋が逃げることを恐れたように思えるかもしれないがそれは
違う。綾辻が一刻も早く倉橋を抱きしめたいと思ったからだ。
「・・・・・」
倉橋はぼんやりとベッドの端に腰掛けていた。
「克己」
「・・・・・・あ」
「どうした?眠い?」
「いいえ、そんなことは・・・・・」
ふと視線をテーブルの方に向けると、缶ビールが1本、蓋を空けた状態で置いてある。酒の弱い倉橋ならあれで十分酔える量
だ。
「・・・・・克己」
緊張を誤魔化すためなのだろうと思いながら、綾辻は上から覆いかぶさるように唇を合わせる。そのまま仰向きにベッドの上に
押し倒すと、首筋へと唇を移動した。
(同じ匂い・・・・・)
当たり前だが同じシャンプーの匂いがする肌にくすぐったい思いがしながら、白い肌に唇を押し当てる。
「あ、だめ・・・・・」
「分かってる」
こんな目立つ所にキスマークをつけて、平気で本部に行くほど倉橋はずうずうしい男ではない。それに、あそこには油断のならな
い者達も大勢いて、少しでも倉橋に変な視線を寄せることは避けたかった。
(克己がこんなに可愛いなんて知っているのは俺だけでいい)
綺麗だと万人が認める容貌でも、倉橋は女々しい雰囲気は持っていなかったし、身長もそれなりにある。
他人には冷淡で、辛辣な物言いも出来るこの男の本質を覗かれて、手を出そうなんて思われたらたまらない。
「最後まではしない」
「え・・・・・?」
「お前を気持ちよくさせるだけだから」
男同士のセックス。
どちらも快感を感じるほどにはお互いの身体を知っているが、攻める自分が気持ちよさだけを感じるのとは違い、受身の倉橋に
は負担も大きい。
そんな身体で激務をこなせるはずが無く、今回も綾辻は倉橋の身体を可愛がりはするが、最後まで味わうつもりは無かった。
「あ・・・・・はっ」
下半身に埋められている綾辻の髪に指を絡ませ、倉橋は必死に声を押し殺す。
自分1人だけが感じさせられるのは嫌で、何とか手を動かして綾辻のペニスを触ろうとするのに、彼の巧みな口淫で腰が痺れ
てしまって容易に動くことが出来ず、倉橋はただ、身を捩るだけだ。
「ま、ま・・・・・っ」
グチュッ ペチャ
「・・・・・んっ」
(だ、だか、らっ、このお・・・・・とっ)
この、耳に響く水音がどこから漏れてくるのか、目を逸らしたくても、霞む目はその存在を捜してしまう。
「あ、あや、つ・・・・・じ、さっ」
「・・・・・」
「あ・・・・・っ」
一気に突き上げられて、一気に攫われる。口の中で様々に嬲られるペニスに熱いものがこみ上げようとした時、
ズチュッ
「!」
ペニスのもっと奥、目の前のこの男にしか許していない双丘の狭間に、濡れた指先が少し強引に入り込んできた衝撃に、倉橋
は呆気なく精を吐き出してしまった。
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