屋烏の愛 おくうのあい
5
口腔に吐き出された精液を残らず嚥下した綾辻は、そのまま残滓まで吸い取りながらペニスの先端に舌を絡めていた。
(ホント・・・・・美味しい)
自分の愛撫で乱れる倉橋を見るのが楽しい。普段表情を崩さないだけに、快感に蕩けた顔はとても色っぽく、綾辻はその表
情を見るだけでも己のペニスが勃ちあがるような気がした。いや、実際にもう支えが要らないほどには勃っていて、シーツを濡らし
ているのが分かった。
「最近、シテないの?」
ペロッと舌を舐めながらそう言うと、薄赤かった倉橋の頬が一瞬で真っ赤になる。どうやら図星のようだ。
(なんていうか、ストイック過ぎなのよね)
今、目が回るほど忙しいだろうが、そういう時こそ性欲が高まってしまうのは男の性だ。そこで抜いてしまえば楽なのに、生真面
目なこの男はそんなことさえも気付かないまま仕事を続けていたのだろう。
他の人間相手に欲求を解消されるのは真っ平だが、こんなにもストイック過ぎると箍が外れた時にどうなってしまうのだろうかと
心配にさえなって、綾辻は身体を起こすと倉橋の少し濡れている髪をかき撫でてやった。
「そんな時は何時でも私を呼んで?」
「そ、そんなことっ」
「自分で出来ないだろうから私がシテあげるだけよ」
「・・・・・そんな時だけ、あなたを呼ぶなんて・・・・・したくない」
「克己?」
「・・・・・あなたとは、これだけの関係じゃ・・・・・ない、し」
それだけを言うのに、いったいどれ程の勇気を必要としたのだろうか。
顔を逸らし、声も小さくて、それでも綾辻をセフレなどとは違うのだと、恋人としてちゃんと認めていると伝えてくれる彼の気持ちが
嬉しい。
「克己・・・・・っ」
「あっ」
綾辻は強く細身の身体を抱きしめた。
「もっと、可愛がらせて!」
「え?あ、あのっ」
「ねっ?」
返事はいらない。綾辻は自分を拒めない倉橋の優しさに付け込んで、そのまま深い口付けをした。
(に、が・・・・・)
綾辻の深いキスに戸惑いながら答えた倉橋は、口の中に広がる僅かな苦味と青臭さに眉を顰めてしまう。
しかし、それが一体何なのだろうかと考えた時、少し前に綾辻が自分のペニスに与えていた愛撫のことを思い出し、倉橋は眩
暈を起こしそうになってしまった。
(私の、か・・・・・っ)
「んむっ」
思わずキスを解こうと、綾辻に委ねていた舌を押し返そうとするものの、突然の抵抗さえも愛撫の一環と取ったのか、綾辻は
さらに濃厚に舌を絡めてきた。
身体の隅々まで見られ、知られていると思っていても、恥ずかしいものは恥ずかしい。
その羞恥を分かって欲しいのに、綾辻は全く頓着しないタイプなので、どうしようも無かった。それならばと、倉橋は手を伸ばし、
綾辻の髪から項にすっと指を這わす。自分の胸に重なる彼の身体がピクッと動いたことで、綾辻も感じていることが分かった。
「ん・・・・・っ」
与えられるばかりじゃないのだと、倉橋はそのまま綾辻の背中を撫で摩る。ここに、自分と同じ竜が眠っているのだと思うと、早
く目覚めさせ、口付けしたいと思った。
「・・・・・っ、克己っ」
「私、だけじゃ、嫌です」
唇を離した綾辻が、困ったような、焦ったような表情で見下ろしてくる。主導権を奪われるかもしれないと思っているのかもし
れないが、さすがにそこまで自分が彼を興奮させるのは無理だろうと分かっていた。
それでも、同じ男として受身だけではないのだと、少しでも分かってもらえればいい。
「・・・・・やるじゃない」
「気持ちよく、してくれるんです、よね?」
「ええ、たっぷり」
「じゃあ、私も・・・・・」
あなたを気持ちよくしたい・・・・・そう囁けば、苦しいくらいの抱擁を与えられてしまった。
綾辻のペニスを身体の奥に迎えなくても、快感を与えることは出来る。
綾辻に促され、自分からも啖呵をきった手前、倉橋はお互いの下半身に顔を埋めるという、これ以上ないような羞恥を煽る格
好になっていた。
ズリュ クチュ
ベッドに仰向けになった綾辻の顔を跨ぐ。彼の目に自分の恥部が全て曝け出されていることは極力頭の中から排除して、一
心に綾辻のペニスを口に含み、舌を這わせた。
(気持ち、いいのか?)
同じ器官を持っているとはいえ、その大きさも、長さも、悔しいが綾辻の方が上で、彼に快感を与えているのかと心配でたまら
ない。
自分より経験が豊富なのは分かりきっているので、過去の彼の快感を多い尽くすほどのものを与えたくて、倉橋は懸命に奉仕
した。
(く・・・・・るしっ)
喉の奥深くまでペニスの先端を含み、上顎から喉全体をかけてペニスを扱くように動かす。
これは、綾辻が自分にしてくれた愛撫をそのまま真似ているだけだが、あの時感じる快感を、綾辻も同じように感じてくれている
のだろうか。
「んんっ」
そして、自分が愛撫するのと同時に、綾辻も自分のペニスを愛撫している。
倉橋の何時までも慣れない愛撫とは違い、綾辻のそれはあまりにも的確で、倉橋は何時の間にか自分から腰を動かしている
ことに気がつかなかった。
「んっ」
「・・・・・っ」
「はっ・・・・・あぐっ」
その快楽に身体を委ねた時、再び肛孔に何かが入ってきたのを感じた。
指だろうかと焦った倉橋だが、それがうねうねと中で動くのを感じて、別の可能性を頭に浮かべてしまった。
(ま、まさか、舌・・・・・っ?)
振り向くのが怖い。だが、確かめなければもっと怖くて、倉橋はそっと背後を振り向く。
「・・・・・っ」
先走りの液か、それとも綾辻の唾液なのか、ペニスが濡れて雫を滴らせているのは見えたのに、そこに綾辻の顔は無く、そのもっ
と奥、双丘を割り開くように顔が埋まっていて・・・・・。
「あ・・・・・くっ」
さらに肛孔を舐め濡らされ、倉橋は高い声を上げてしまった。
翌朝、シャワーを浴びた倉橋は、バスタオルを腰に巻いた姿のまま鏡の前に立った。
そこに映った自分の顔は、なんだかだらしなく緩んでいるような気がする。
(これから千葉に行くというのに・・・・・っ)
近付く襲名式の準備は今が佳境で、その話し合いも続けてあるというのに、こんな顔で現れて何か言われないだろうか。
「克己」
「・・・・・」
自分をこんな情けない表情にさせた張本人である男は、鏡越しに笑みを向けてきた。妙に嬉しそうで、すっきりとした様子な
のがなんだか腹立たしく感じる。
「大丈夫、何時も通り凛々しいわ」
「・・・・・」
何を考えていたのかはこの敏い男にはお見通しのようで、倉橋はますます眉間の皺を深くした。
確かに綾辻は最初に言った通り、最後まで抱くことはなかった。腰が立てなくなるほどの甘い疲労は身体には残っていないが、
それでも明らかに何かあったような雰囲気を漂わせているのではないか・・・・・倉橋はそれが心配なのだ。
(服も、昨日と同じだし・・・・・)
せめてシャツぐらいは替えたいと、途中で自宅に寄ることも考えた。
すると・・・・・。
「ルームサービス頼んだから」
「私は朝食は・・・・・」
「食べなさい、力が出ないわよ?」
「・・・・・」
「サラダだけでもいいから」
けして食が細いわけではないと自分では思っているが、綾辻からすれば倉橋の食事量は鳥が餌をつつくほどしかないと呆れた
ように言うことが多かった。
身体を心配してくれているのはよく分かる。それでも、ああいった夜を過ごした後、日の光の中で改めて相手の顔を見るというの
はとても恥ずかしいというのが理由の一つでもあるのだが、そういった感情はどうやら目の前の男にはないらしい。
「ほら」
「・・・・・分かりました」
勢いに押されてしまった倉橋はバスローブを羽織る。そう言えば下着も替えたいなと、その時ふと思ってしまった。
「・・・・・これは?」
「克己の」
「・・・・・」
リビングに向かうと、傍のソファの上にスーツとシャツ、ベルトにネクタイ、靴下までが置かれていた。どう見ても新品のそれは、今
日初めて見るものだ。
「丁度よかったわ。克己ったらプレゼントするって言ってもなかなか受け取ってくれないし」
「じゃあ、これは・・・・・」
「受け取ってね?私のサイズじゃないから、返されても困っちゃうもの」
「・・・・・」
「もちろん、下着もあるから」
さすが、と、言わなければならないのだろうか。
ただ、これが何時ここに持ち込まれたのか、倉橋はそのことがとても気になった。
バスルームに戻って着替えるかと思ったが、倉橋はその場で綾辻に背中を向けてローブを脱いだ。一糸纏わぬしなやかな背
中が目の前に表れる。
「・・・・・」
そのまま下着を身に付け、ワイシャツに腕を通しと、愛する者の着替えのシーンを堪能できた綾辻は、上着とネクタイ以外全
て身につけてこちらを向いた倉橋ににっと笑い掛けた。
「ありがと」
「え?」
「サービス満点」
「・・・・・面倒だったからです。私にはそういった趣味はありませんから」
色気のない答えだったが、それでも綾辻は構わなかった。倉橋が無防備に背中を向けるほどには、自分は許されているのだ
と実感出来るからだ。
テーブルに並べられたモーニングを精力的に食べながら、綾辻はオレンジジュースを飲んでいる倉橋に問い掛ける。
「今日はずっと千葉?」
「ええ、その予定です」
「誰か同行させましょうか?」
開成会から警備要員に数人出しているが、倉橋の事務手続きを手伝う者はいない。付けるのは誰がいいだろうかと頭の中で
考えていると、
「ありがとうございます、ですが、大丈夫ですから」
きっぱりとした断りの言葉が返って来た。
「これは、最後まで私がしたいんです」
「・・・・・」
(社長のためだから?)
倉橋にとって特別な存在である海藤のことをそこまで考えているのかと思えば、分かっているつもりでも少し妬いてしまう。
ただ、倉橋の前では理解ある男を演じたい綾辻は、頑張ってねと言って綺麗な笑みを向けてしまった。
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